エピローグ

 カイル×アベル最強ペアなんてちまたで噂されるようになった俺達だが、俺とカイルは別パーティーで、しかも俺のパーティーは最近、狩りをすることの方が少ない。


 しかも、冒険者ギルドや温泉宿、屋敷の建築が終わったいま、俺が立ち会う仕事も減ってきたので、俺は家の内装をしてみたり、ベランダで栽培をしてみたり。

 故郷に連絡を入れて、ワンコを注文してみたりと、のんびりとした日々を過ごしていた。


 カイルとの交流は、もっぱら夕食を一緒に食べたりとか程度。だというのに、なぜか最近、カイル×アベル最強ペアという声が大きくなってるような気がする。


「俺達が最強ペアって噂、なんでいつまでも流れてるんだろうな?」

 温泉宿にある露天風呂を貸し切った。

 広々とした湯船に浸かった俺は、空を見上げながら呟く。

 天には星々が輝き、美しい三日月が浮かんでいる。いままでは、それが当たり前のことで特になんとも思わなかったけど……こうして露天風呂から見上げる空は格別だ。


「さ、さぁ? ピンチの冒険者を救ったのが劇的だったからじゃねぇか?」

 近くで風呂に浸かっているカイルが答える。それを聞いて、俺はなるほどと思った。

 仲間とダンジョンで乱獲しても、一般人には伝わらない。

 だけど、遭難した冒険者を短期間で見つけ出して連れ帰ったという事実は、皆の記憶に鮮烈に残った。だからこそと考えれば理解できる。


 ただ、俺達にはそれぞれ別の仲間がいる。

 それなのに、俺とカイルがパーティーを組んでいると誤解しそうな評価は、シャルロットやエリカを不安にさせるんじゃないか――と、少し心配する。

 なんて、考えすぎかな。


 俺は湯船に浮かべた桶から、エールの入ったグラスを取り上げてグビッとあおる。

 これはエリカが考案した、露天風呂でのサービスだ。

 風呂で飲み過ぎると危ないとかで、飲めるのは一杯だけと決まっているのだが……この、風呂に入りながらの冷たい一杯が格別である。


「はあ……平和だなぁ~」

 こんな平和な日々がずっと続けば良いのに――と、願ったそのとき。


「ご主人様、逃げて、すぐ逃げてっ!」

 ティアが露天風呂の洗い場に飛んできた。


「ティ、ティア、なにやってるんだ!?」

 ティアは服を着ているが、こっちは素っ裸だ。


「わ、わふ。ご、ごめんなさい。でもでも、このままじゃ、ご主人様が浮気現場を押さえられて、修羅場で大ピンチなの!」

「……は? なにを言って――」

 いるのかと、最後まで口にすることは出来なかった。ティアが飛び込んできた入り口から、シャルロットとエリカが乱入してきたからだ。


「「ここが浮気現場ねっ!」」

 なんか、デジャビュを感じるセリフだが意味が分からない。


「お前ら……ここが男湯だって理解してるか?」

 男湯で浮気もなにもあったモノじゃない。そもそも、乙女のすることじゃないからと、俺は咎めるような口調で問い掛けた。


「アベルくんが女の子と混浴してるのなら、こんなに慌てたりしないよ」

「……シャルロットは、なにを言ってるんだ?」

 まったく意味が分からない。


「あたしも同感よ。そこらの女の子なら負けない自信はあるわ。でも、性別の壁を越えられたら、あたしにはどうも出来ないじゃない!」

「……エリカも、なにを言ってるんだ?」

 こっちもまったく意味が分からない。

 こうなったら、カイルに助けを求めよう。そう思った直後、再び入り口が開いて、今度はプラムが乱入してきた。

 彼女はエリカ達のように手前で止まることなく、服のまま湯船に飛び込んだ。


「あ、ちょっと、それはマナー違反よ!?」

 エリカが批難の声を上げるが、俺から見たら全員マナー違反の同罪である。

 とか思っているうちに、プラムがカイルに縋り付いた。


「カイル様。うち、カイル様が望むならって見守ってたけど、やっぱり指をくわえてるだけで負けたくないんや!」

「プ、プラム!?」

 素っ裸のカイルに、ずぶ濡れのプラムが縋り付く。


「せやから……うちとも一緒に混浴しよ!」

「え、お前とか?」

「そうやよ。カイル様とうち、二人っきりでの混浴……どうかな?」

 カイルの胸にしなだれかかって問い掛ける。

 それに対して、カイルがゴクリと生唾を呑み込んだ。

 そして――


「そ、そうだな。プラムがそこまで言うなら、お、俺は構わないぜ」

「嬉しいわぁ、カイル様。実は、家族風呂ちゅうのを貸し切ってるんや」

「そうか、じゃあいますぐ行こう」

 カイルが立ち上がり――前を隠せ、前を。服がずぶ濡れのプラムを伴って脱衣所へと消えていった。これから、二人でゆっくり混浴、なんだろうな。

 なんか、敗北感が……


「さて……邪魔者もいなくなったし」

「話を元に戻すわよ?」

 はっ!? 敗北感とか抱いてる場合じゃなかった。


 この二人をなんとか宥めないと。でも、なにをそんなに怒って……あ、そうか。俺とカイルが最強ペアなんて言われてるから、いまの仲間である二人が怒ってるんだな。


 ティアを愛人と疑われたときと状況が似てる気がしたけど、カイルは男だからそれはありえない。だから、最高の仲間は誰かって話で間違いない。

 この二人に限ってはそんな誤解を抱くはずがないって思ってたけど、今回は周囲の噂を鵜呑みに知っちゃったんだろう。


「バカだな、二人とも。俺がお前達を裏切るようなマネをするつもりがないだろ」

 俺がそう切り出すと、二人が驚くような顔をした。


「周りが色々言ってるみたいだけど、カイルとは一時的なものだ。俺の正式な相手は、お前達二人だけだ。だから、お前らが心配する必要なんてないぞ」

 カイルとコンビを組んだのは、あくまで遭難者を救うための臨時だった。

 また臨時で組むことは在るかもしれないけど、俺のいまのパーティーメンバーはエリカとシャルロットだけだ。だから、心配する必要なんてなにもないのだ。

 ――と、それを聞いたシャルロットとエリカは、なにやら困った顔をする。


 それから、ティアが「ご主人様、ご主人様、ダメだよ。それはダメだよぅ」となにやら慌てているが、いまは二人を落ち着かせるのが先だから、ちょっと待ってろと頭を撫でる。


「えっと。ま、まさか、アベルくんはお互い遊び感覚、だったの?」

「ま、まさか、そんなに堂々と浮気宣言をされるとは思わなかったわ。というか、あたしとシャルロットの二人って……どういうこと?」

「私達、二股を掛けられてるの?」


 なんだか二人の反応がおかしい。


「ちょっと待て、二股ってどういうことだ? おまえら、なにを考えてる?」

「ご主人様は、カイルさんと浮気してるって思われてるんだよ!」


 ティアが叫んだ。

 そんな馬鹿なって思って二人を見るが、全然笑ってくれない。むしろ真剣な眼差しで、その通りだとばかりに頷いた。


「……え、マジで?」


 やっぱり頷いた。マジらしい。


「カイルはただの友人だ。冒険者仲間としては以前より仲良くなったけど、それだけだぞ。なんで、そんな馬鹿な勘違いをするんだよ?」

「だって……アベルくん、いつまで経っても答えをくれないし」

「アベルは、あたし達のことどう思ってるの?」


 二人が思い詰めた顔で俺を見る。

 俺はそんな二人の、とくにエリカの言葉に混乱する。


 ――あたし達。

 二人は誓いのキスを、自分しかしてないと思い込んでいるはずだ。


「ご主人様、二人はお互いがご主人様のことを好きだって、とっくに気付いてるよ」


 ティアの耳打ちに、そうか……って合点がいった。

 二人はお互いがライバルだって気付いている。そのうえで、誓いのキスをしているにもかかわらず、答えてくれない俺に不安を抱いている。


 もし俺が彼女達の立場ならこう思うだろう。

 アベルが返事をくれないのは、もう一人の方が好きだから。誓いのキスをしている自分にその事実を打ち明けるのは可哀想だと同情されているからだ――と。


 ダメだ。そんなのはダメだ。


「俺は……俺はエリカとシャルロット、二人から誓いのキスを受けているんだ」


 俺は勇気を振り絞ってその事実を打ち明けた。


「えっと……それは、私達を助けるときに口にした方便、だよね?」

「違う。方便だっていうことにしたけど、本当は二人から誓いのキスを受けてるんだ」


 シャルロットが驚いてエリカを見て、エリカもまたシャルロットを見る。それでお互い本当だと気付いたのだろう。再び俺に視線を戻した。


「いままで隠しててごめん。あの日、俺が追放された日に二人から誓いのキスを受けたんだ。でも、俺はそんなこと知らなくて、気付いたら二股状態になってた」


 俺は更にメディア様に出会ったこと、そしてギリギリまで隠し通すようにアドバイスされたことを説明。どちらかを選ばなきゃいけないのは分かっているけど、どちらかを傷付けるのが怖くて選べないでいることを打ち明けた。


「……つまり、アベルはあたし達が好きじゃないわけじゃなくて、二人とも好きだから、どっちかを切り捨てることが出来なくて困ってるってこと?」

「えっと……まぁ、その、正直に言うとそんな感じだ」


 なんか、人から言われると凄くダメダメな気がするけど……たぶん事実なんだろうな。そう考えて唇を噛むと、シャルロットが大丈夫だよと微笑んだ。


「貴族は愛人の一人や二人、無問題だよ。だから、私を正妻にして、エリカを愛妾にすれば良いんじゃないかなぁ?」


 シャルロットが信じられない言葉を口にした。なんだか瞳が潤んでるけど……あ、いまは夜だからほろ酔いが発動したのか。……って、発動するような要素があったか?


「――ちょっとふざけないで! 聖女のあたしが愛妾とかあり得ないから。私が正妻で、シャルロットが妾に決まってるでしょ!」

「えぇ? 私が正妻だよ。アベルくんもその方がいいよね?」

「そんなことないわよ。ねぇ、アベルもそう思うでしょ!?」


 二人に詰め寄られる。

 この展開は完全に予想外で、俺はどうすれば良いか分からない。

 思わずティアに助けを求めた。


「えへへ、ご主人様、良かったね」


 いやいやいや、全然良くないよ!?

 むしろ、さっきより状況が悪化してるよ!?


「アベルくん、どっちなの?」

「アベル、どっちなのよ!」


 二人が左右から詰め寄ってくる。

 俺は視線を彷徨わせ――裸で露天風呂から逃げ出した。

 

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