浮気疑惑再び 6
カイル達がブルーレイクで活動するようになって数日経ったある日。シャルロットとエリカが示し合わせたかのようにこんなことを言った。
「アベルくん、今夜、久しぶりに」
「昔のパーティーメンバーで食事をするわよ」
――と。
「昔のパーティーメンバーって、俺達とカイルってことだよな?」
こくりと二人が頷く。
なんか、普段見せない息の投合が恐い。
「エリカはカイルと喧嘩したままだったよな? ……誤解は解けたのか?」
もしかして事情を話してくれたのかと、後半はシャルロットに問い掛ける。
「うん。誤解は解いたよ。誤解は、ね」
意味ありげな微笑みを浮かべた。
一体なにがどうしたというのか、よく分からないけど――
「アベルくん、カイルに伝えてくれるかな?」
「それは構わないけど……カイルには新しい仲間がいるから、空いてるかは分からないぞ?」
パーティーの仲間は家族同然だ。
俺がシャルロットやエリカを優先するように、カイルだっていまの仲間を優先するはずだ。このあいだ、仲間を放っておいて飲み明かしたから、今回は断られるかもしれない。
そう思ったんだけど、シャルロットは「それは平気だよ」と言い放った。
「平気って、どういうことだ?」
「プラムさんに話を通してあるってこと」
「ええっと……なら話しておく」
よく分からないけど、根回しは万全らしい。
その日の夜。
俺達は酒場に集合し、四人掛けのテーブル席を陣取っていた。
四人掛けのテーブル席に俺達は四人。なにもおかしなことはないはずなのに、なにやらおかしなことになっている。
そのせいで、俺達はいま、やたらと注目を浴びていた。
「マリー、注文をお願い」
俺の隣にいるシャルロットが、近くで給仕をしていたマリーに呼びかける。
「はーい。いま行きます――って、シャルロット様。というか……」
俺達の席を見回したマリーは、最後に俺を見る。その顔は、なんでこんな面白いことになってるの? と物語っていたので、助けてくれと心の中で訴える。
だが――
「ご注文はなんですか?」
「エールを人数分お願い。後はサラダ。そのほかはお任せにするね」
「エール人数分に、サラダは大きいのを一つ……で良いですか? あとはお任せですね」
マリーは確認を取って、「それじゃごゆっくり」と立ち去っていった。
……薄情者。
「ねぇ、カイル。あなたはいま、新しい仲間達とパーティーを組んでいるのよね? どんなメンバーなのか、教えなさいよね」
エリカが、斜め向かいに座るカイルに向かって問い掛ける。
「あ、ああ。えっと……アーチャーのプラムに、タンカー役のジーク。それに、魔術師のルナと組んでるんだ。お前らと比べるとまだまだだけど、どんどん強くなってるんだぜ」
「へぇ。プラムって、あなたを慕ってた女の子よね。付き合ってるの?」
「は? いや、えっと……そういう訳じゃない、が……」
カイルは言い淀んだ。
話しているときの距離感を見るに、かなり親密な関係だと思うんだけど……付き合ってるのなら、言い淀む理由はないよな。
なんか、込み入った事情があるのかもしれない――と、俺は向かいにいるカイルの様子を盗み見て、そんな風に判断した。
それはそうと、エリカは俺の隣で、カイルはシャルロットの斜め向かい。
俺の向かいはカイルという位置関係だ。
その条件を満たす席順は――
四人掛けのテーブル席なのに、向かいはカイルが一人。そしてこちらは俺の両隣にエリカとシャルロットが座っている。
しかも、二つの椅子に三人で座るという、ありえない状況だ。
「プラムさんと付き合ってないのなら、カイルはどういった人が好みなの? 可愛い系かしら? それとも、しっかり系? もちろん、女性が好みよね?」
シャルロットよ……なぜそこで、好みの相手が女性であることを確認した?
「は? 俺の好みなんてどうでも良いだろ?」
ほら、カイルも呆れてるじゃねぇか。
「あら、あたしも気になるわ。どんな人が好みなの? もちろん、女の子が好みよね?」
エリカまで後に続く。
だから、なぜ相手が女性であることを確認する?
「お前ら、一体なにを言ってるんだ?」
「なにって……」
「ねぇ?」
シャルロットとエリカが俺を挟んで顔を見合わせる。
「ちなみに私はアベルくんみたいな男の子が好みなの」
シャルロットが答え、さり気なく……かは分からないけど、俺の腕を軽く抱き寄せた。二の腕に豊かな胸が押し当てられる。
「あたしもアベルくんみたいな男の人が好みよ」
エリカも答えて、もはやさり気なくでもなんでもないが、俺の腕を抱き寄せる。こっちの腕にも、柔らかな感触が押し当てられる。
なぜこんなことになっているのか、さっぱり分からない。
シャルロットとエリカは、互いが俺を好きだと気付いている。だから、二人が俺の争奪戦を繰り広げるのなら理解できる。
いままで、修羅場にならなかったのが不思議なくらいだから、そういった状況なら俺は涙を呑んで心労で死ぬしかないだろう。
だけど、いまの状況は違う。
この席順で座ることを、エリカもシャルロットもさも当然のように受け入れた。互いが互いを排除する素振りすら見せていない。
お陰で、傍目には物凄く円満なハーレムに見えるのだろう。周囲の野郎共からは、嫉妬の炎が吹き荒れていた。俺が一人になったら刺されそうだ。
もう、一人でこの店には来ない。
「お前ら、なにをイチャついて……って、好みがアベルみたいな、男? まさかそういうことか!? ち、ちげぇよ。そういうんじゃねぇよ! これは……そう、憧れって奴だ!」
なにに思い至ったのか、カイルがいきなり慌て始めた。
その瞬間、酒場にいた女性客からなんか黄色い悲鳴が上がり、「カイルくん、がんばって。なんて声が聞こえてくる」
……なんだろう? カイルのファン、かな?
「エリカ、ホントだと思う?」
「いいえ。心当たりがなければ、なんのことか分からないはずよ」
「そうだよね。怪しいよね」
二人が疑いの眼差しをカイルに向ける。
「いや、だから……えっと」
カイルが困った顔で俺を見る。
助けてやりたいけど、俺の知ってるカイルの好みはエリカやシャルロットだ。
ここで、カイルの好みはお前達だぞ。二人纏めてハーレムにしたいって前に言ってたぞと暴露するのは援護射撃にならないだろう。
というか、二人とも一緒のパーティーだったんだから、気付いたって良いのにな。
「アベルくんを見てる……やっぱり怪しいわ」
「ええ、あたしも怪しいと思うわ」
「二人とも、嫌がってるんだから止めてやれよ」
「やめろバカ、お前がフォローしたら、収拾がつかなくなるだろ!」
見かねて口を挟んだのだが、なぜかカイルが声を荒げた。
そして次の瞬間、
「へぇ……アベルくんは、カイルを……庇うんだ」
「アベル、どういうつもり、なの?」
ハイライトの消えた二対の瞳が俺を見た。
俺は思わず逃げ出したい衝動に駆られる。
だけど、俺はそこで踏みとどまった。
「二人とも、なにを気にしてるのか知らないけど、それくらいにしておけ」
俺はシャルロットとエリカを交互に見て、きっぱりと言い放つ。
「お前らだって、自分の好みを根掘り葉掘り聞かれたら嫌だろ? なのに、そんな詰め寄るようなマネ、しちゃダメだろ?」
俺が諭すと、二人は驚きに目を見開いた。
そして――
「ア、アベルくんが、本気でカイルを庇って……」
「も、もしかして、あたし、負けたの?」
なにやら、二人がブツブツと呟き始めた。
でもって、二人同時に席を立ち――
「「こ、これで勝ったと思わないでよね!」」
カイルにビシッと言い放つと、二人はなぜか走り去って行く。
「……なんだあれ」
俺は呆然と二人の後ろ姿を見送った。
それからハッと我に返り、カイルへと視線を戻した。
「ええっと……なんか、すまん。こっちから誘ったのにな」
「いや、それは良いんだが……」
なにやら、言いたげな目で見られる。
「なんだよ?」
「いや、お前、ホントに苦労してるんだなって思って」
「え、そうか? 今日はなぜか比較的平和だったけど」
むしろ、今日大変だったのはカイルの方だと思う。それを伝えると、カイルはなぜか物凄く哀れむような表情を浮かべた。
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