浮気疑惑再び 5
誓いのキスのダブルブッキングがバレるかもしれない。
そんな危機的状況を切り抜け、お屋敷にあらたな部屋もゲットした。内装はこれから考えるところだけど、それは苦痛じゃなくてむしろ楽しみである。
そんなわけで、穏やかな日差しの降り注ぐ昼下がり。晴れやかな気分で冒険者ギルドに顔を出すと、なにやら周囲がざわついていた。
「……なにかあったのか?」
見習い受付嬢に問い掛けると、俺を見たその子は顔を青ざめさせた。
「も、申し訳ありません、アベル様」
いきなりの謝罪。
これがマリー相手なら、うっかり誓いのキスのダブルブッキングをバラしたのかと不安になるところだが、この見習い受付嬢はその手の危険な情報は持っていない。
俺は落ち着いて受付嬢見習の話を聞く。
「あの、私、こんなことになってしまって、どう責任を取れば良いのか。すみません、本当にすみません。せっかく受付嬢として雇ってもらったのに、こんなことになって――」
「落ち着け。まずは、落ち着いて、深呼吸だ」
「え、あの、でもっ」
「報告は必要だが、落ち着くのが先だ。ほら、息を吸って」
「は、はい……すぅ~。はぁ……」
受付嬢は深呼吸を一つ。きゅっと眉を上げて俺の顔を見据えた。
「すませんでした。実は、昨日の昼頃にダンジョンに挑んだ新人冒険者のうちの一組が、いまだに帰ってきていないんです」
「新人、冒険者?」
まさかという最悪のケースが脳裏によぎる。だが、受付嬢から告げられたメンバーは、この町に流れてきた、別の新人のことだった。
ティア達じゃなくてよかったとの想いが浮かぶが、新人が遭難しているのは事実だと気付き、きちんと意識を切り換える。
「そいつらが申告した期間予定はいつなんだ?」
「彼らは日帰りを予定していました」
「なるほど……」
帰還予定を申告するのは、遭難した冒険者を救うためのシステムだ。
遠征パーティーなんかの場合は往復で数週間、期間予定は一ヶ月後――みたいなことになるので、ほとんど意味をなさないが、新人冒険者にとっては命綱も同然だ。
ダンジョンでの遭難は一刻を争う場合が多いため、日帰りの冒険者がその日のうちに戻らなければ、即座に捜索するのが常識となっている。
そのことは、もちろん受付嬢に教え込んであったのだが、何事もなければ意味をなさないチェックがずっと続く。
この見習い受付嬢は、そんな日々で油断していたのだろう。
「昨日からダンジョンに潜ってたのなら、最悪は遭難して丸一日が過ぎているな」
遭難しただけなら、食料がなくても二、三日は生きながらえる可能性がある。
だが、ダンジョンで遭難したら、ほぼ間違いなく負傷している。そんな状態で他の魔物達に襲われたら、たちまち食い殺されてしまうだろう。
「すみません。私が、私がチェックを怠ったせいで」
「反省するのは後だ。とにかく、捜索隊を出して、その冒険者を探そう」
「ですが――」
受付嬢が諦めの言葉を口にしようとする。
それを感じ取ったから、俺は「まだ可能性はある」とその言葉を掻き消した。ギルドと冒険者には信頼関係が必要だ。
ここで簡単に諦めたら、この町にやってくる冒険者の信頼を得られない。
「そいつらは新人だって言ったな? 潜った階層は何層だ?」
「えっと……二層です」
「なら、こちらから近付かなければ襲ってこない敵がほとんどだ。そいつらが下手に動き回らずに救助を待っていれば、いまもどこかで生きてるはずだ」
もちろん、敵と戦って全滅という可能性もゼロではない……というか、わりと高確率でありそうな気はするが、それは口にしない。
「本来なら、ギルドが救出の依頼を出すところだけど……」
周囲を見回すが、居るのはいかにも駆け出しな冒険者と、町の人間やギルド職員ばかりだ。
まあ……仕方ないよな。
時間帯を考えたら、普通の冒険者はダンジョンに潜ってる頃だ。これが昨夜なら……と、それを口にすると見習い受付嬢にとどめを刺すことになるので口をつぐんだ。
「今回は、俺が捜索にいく」
「ア、アベル様が一人で、ですか?」
「シャルロットやエリカは、よそから来たお偉いさんと会議中だからな」
それに、ティア達はダンジョンだろうし、居たとしてもまだ二層の祭壇は登録していないはずなので、捜索に加わることが出来ない。
「ここは俺が一人で行くしかないだろ」
「で、でも、四人の冒険者が遭難したんですよ?」
レベルが違うから大丈夫だ――と、俺が説得するより早く、周囲からざわめきが上がった。
「そう、だよな。もしアベルの旦那になにかあった、この町がどうなるか……」
「シャルロット様とかエリカ様、怒るなんて生やさしいモノじゃないわよね……」
周囲から、次々と不安の声が聞こえてくる。
「いや、俺なら大丈夫だぞ?」
「ダメです。アベル様になにかあったら、この町が大変なことになります」
俺と他の冒険者じゃ、巨漢と赤子くらいの実力差がある。だけど、見た目的には大して変わらないから、俺が二次遭難するかもと思われてるらしい。
俺を一人で行かせるわけにはいかないという声が聞こえてくる。
エリカやシャルロット、もしくはマリー辺りが居れば、俺一人でも大丈夫だって説得してくれるはずだけど、戻ってくるのを待ってる時間はない。
「そうだ、リーンはどこだ?」
熟練の受付嬢である彼女なら、俺一人でも大丈夫だとお墨付きをくれるだろう。そう思ったのだけど、彼女もシャルロット達と一緒に会議だそうだ。
あぁ、ちくしょう。こうしてるあいだにも、貴重な時間が過ぎてるって言うのに……いっそ、ここに居る全員を気絶させて、正面からダンジョンに乗り込むか?
そんな風に思ったそのとき、不意に正面玄関が開け放たれた。
そうして姿を現したのは――カイル。まさしく、勇者に相応しい登場だった。
「カイル、ちょうどよかった、俺に力を貸してくれ」
「おう、任せろ」
カイルがさも当たり前のように快諾した。
「おいおい、まだなにも言ってないぞ」
「お前が困って、俺に助けを求めてきた。なら、友人として助けるのは当たり前じゃねぇか」
迷わず断言するカイルが男前すぎる。
思わず感動しながら、実はかくかくしかじかと、新人が二層に遭難して助けに行きたいが、俺一人だと心配されて行かせてもらえないことを打ち明けた。
「なるほど、まぁ町の連中が心配するのも無理はないな。お前は統治者だし、なにかあればシャルロットやエリカがなにをするか分からないって言うのもその通りだしな」
「そうだけど……」
そこで、周囲に同調するってどういうことだ? 俺に協力してくれるんじゃなかったのかと、俺は視線で訴えかける。
すると、カイルはニヤリと笑い、俺の肩に腕を置いて周囲を見回した。
「心配するな、お前ら。アベルが二次遭難しないよう、俺がしっかり護ってやるからよ」
「そうだな。カイルが居たら安心だ」
「おう、俺に任せておけ。アベルを護って、遭難者も捜し出してやるからよ!」
カイルの意図を理解した俺は、とっさに話を合わせる。
「という訳で、これなら文句ないよな?」
俺は見習い受付嬢に向かって問い掛ける。
「は、はい、とっても尊いです」
「……はい?」
「いえ、その、なんでもありません! ぜひ、二人一緒にがんばってください! 二人で、一緒に、仲良く!」
よく分からんが、信用してくれたらしい。
むろん、二人でも心配だという者達も居たんだけど、一部の女性達が猛烈に後押ししてくれたお陰で、俺達は二人で遭難者の救出に出掛けることが出来た。
――そして、最大の難関は乗り越えた。
俺とカイルが二人揃って二層で苦戦なんてするはずもなく、周囲の魔物を片っ端から殲滅して、無事に遭難者達を見つけ出すことが出来た。
ちなみに、予想通り魔物に襲われて負傷していたが、大人しく救出を待っていてくれたので、命に別状はなかった。
そして、俺達は遭難者を連れてギルドへと凱旋。
カイルと拳を打ち合わせる俺達を見た一部の者達が、『カイル×アベル』最強ペアというようになったらしい。
……俺とカイル、別々のパーティーなんだけどな。カイルのいまの仲間達が心配しないか、俺はちょっとだけ心配だ。
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