浮気疑惑再び 4

「ち、誓いのキスって、まさか?」

 カイルが驚いた顔で、そして興味深そうな顔で尋ねてくる。

「ああ……受けた」

「……どっちから、だ?」

 ジッと顔を見られる。

 俺は思わず視線を逸らし……そして、明後日の方を向いてぽつりと答えた。

 両方からだ――と。


「ま、マジか……」

 カイルが思わずといった感じて天を仰ぐ。

「マジもマジ、大マジだ」

「はぁ……しかし、なんだってまた二人の誓いのキスを受けたんだ? 別にアベルは、ハーレムを目指してるわけじゃねぇんだろ?」

「ないな、そんなつもりはない」

「だったら、どっちか決めてから受けるべきだったんじゃねぇか?」

「俺に選択の余地があったら、そうしただろうな」

「……なかったのか?」

 なにやら、物凄く信じられないことを聞いたという目で俺を見る。

 そんなカイルを目の当たりにして俺は衝撃を受けた。


「も、もしかして、普通は受ける側に選択の余地がある、のか?」

「……当たり前だろ?」

「な、なんだって……」

 衝撃の事実である。


「なんで驚いてるんだよ。どう考えても普通だろ。って言うか、一体どんな状況で誓いのキスをされたんだよ?」

「どんな状況って……不意打ちでキスされてから、誓いのキスだって教えられた?」

「うわお。それはまた、熱烈な告白だな」

「ホントに。せめて、先に教えて欲しいよな」

 俺は溜息を吐く。

 けど、カイルが「しゃーねぇよ。そういう告白だからな」と答えた。


「どういう意味だ?」

「誓いのキスと教えずに契約魔術を使うのは、『たとえあなたが愛してくれずとも、私はこの身をあなたに捧げます』って最高に熱烈な告白なんだよ」

「な、なるほど……」

 なんで確認しないんだって少し思ってたけど……そうか、そんな意味があったのか。

 そりゃ、普通は誓いのキスのブッキング、しかも同じ日になんて、普通は思わないもんな。


「しかし、そうか……誓いのキスを二人から、か。そりゃ大変だな」

「ああ、ホントに。二人のどっちと付き合いたいって聞かれたら、俺だって選ぼうという気にはなるんだ。けど、二人のどっちの人生を台無しにするって聞かれたら、な」

「そりゃ、選べねぇよな」

「そうなんだよ」

 俺はジョッキを傾けてエールを飲み干した。


「ねぇちゃん、こいつと俺にエールのお代わりを頼む!」

「はいよーっ!」

 俺のジョッキが空になるのを見て、カイルが気を利かせてくれる。


「そういう事情じゃ、俺に解決策は見つけられねぇ。けど……こうやって愚痴を聞いてやることくらいは出来るからよ。今日は、とことん付き合ってやるぜ!」

「カイル……お前、良い奴だな」

「ばーか、恥ずかしいこと言ってんじゃねぇよ」

 カイルは笑うが、俺は心からそう思った。

 なにより、うっかり口を滑らしたら修羅場でバッドエンドとか、そういう心配をする必要がない。心労で死んじゃうとか考えなくていい世間話……久しぶりだ。


「よし、今日は俺のおごりだ、好きなだけ飲んで食べろ!」

 俺は感謝の気持ちを込めて言い放ち、

「マリー、このテーブルにお任せで、色々料理を出してくれ!」

 俺は近くで給仕をしていたマリーを捕まえた。

「はーい、って、お兄さん。今日はお友達と飲んでるのね」

「ああ、昔の仲間だ」

「そうなんだ。じゃあ彼も冒険者なのね」

 マリーは感心した顔でカイルを見る。


「なんだよ、アベル。この綺麗なねぇちゃんも知り合いなのか?」

「あ? あぁ、彼女はマリー。町長の娘で、冒険者ギルドのマスター候補だ。いまは冒険者として、経験を積んでるはずなんだが……」

「最近、この町に来る人が増えたから、こっちも人手不足なのよ。そっちのお兄さん、褒めてくれてありがとう。唐揚げ、おまけしておくわね」

 マリーは笑顔を振りまいて、パチリとウィンクをする。

 その姿が妙に様になっている、さすが妖艶なお姉さんである。


「冒険者とウェイトレスの掛け持ちか、大変だな」

 カイルが感心するように言い放った。

「研修中の子が給仕に慣れたら、私は冒険者ギルドの方に専念するつもりよ。それより、昔の仲間ってことは、シャルロット様やエリカさんとも知り合いなのね」

「そうだぜ。ただ、現時点ではエリカと喧嘩中、かな」

 カイルが軽い口調で、だけど少し愁いを帯びた顔で言った。

「喧嘩中?」

 マリーが小首をかしげ、どういうことなのかと俺を見る。


「色々あってな。でも、誤解だから大丈夫だ。すぐに以前みたいに仲直りできるさ」

 元々は仲間として上手くいってたから大丈夫だと、俺は断言した。

 その後、マリーが厨房に消えるのを見届け、俺は再びカイルと飲み始めた。

 やっぱり、男同士で気を使わないのは良いなぁ……


     ◇◇◇


 一方その頃、ブルーレイクに作られた新しいお屋敷の食堂では――


「ティアちゃん、これ美味しいよ。あーん」

「わ、わふ?」

「ティア、こっちのお肉の方が美味しいわよ。ほら、口を開けなさい」

「わ、わふぅ……」

 ティアが夕食で餌付けをされていた。


 エリカとシャルロットは、アベルの夢が愛する奥さんやペットと、庭付きの一戸建てでのんびり暮らすことだと知っている。

 そして庭付き一戸建て……というか屋敷が用意されたいま、後は奥さんとペット。そして、ティアはアベルがペットだと断言したイヌミミ少女。

 つまり、ティアを制した者が奥さんの地位を手に入れる。そんな理論の元、二人はティアを懐柔しようとしているのだ。


 ちなみに、ティアはようやく十二歳。まだまだ子犬……じゃなかった、子供だが、ご主人様を思う賢くて忠実な女の子である。

 ゆえに、二人が自分を通して、アベル争奪戦を繰り広げていることにも気付いている。

 だから――


 ご主人様、いつもこんなに凄いプレッシャーに耐えてるんだ。ティアが、がんばってご主人様のことを支えなきゃだよ。

 だから、ここでどっちかに傾くわけにはいかないよっ。


 ――と、健気なことを考えていた。

 もっとも、その結果が――


「ティアちゃん、あーん」

「はふはふっ。ん~~~っ。シャルロット様、このグラタン、凄く美味しいです!」

 シャルロットに満面の笑みを返し――


「あ、ズルイ。ティア、こっちのお肉も食べてごらんなさい」

「もぐもぐ。……んんっ。エリカ様のくれたお肉も美味しいよぅ」

 エリカに満面の笑みを返す。


 ティアは完璧に八方美人と化していた。

 ……いや、愛玩動物的には、とても正しい行動なのだけど。


 だが、シャルロットもエリカも、優しくて思い遣りがある。アベルのことも、そしてそのために籠絡しようとしているティアのことも、ちゃんと考えてくれている。

 それが分かるから、ティアは二人に懐いていた。


 その結果、アベルが窮地に陥りそうな気はするが……残念。ティアはまだまだ子供なので、さすがにそこまでは気が回らない。

 ティア、ご主人様のためにがんばるよ~と、一生懸命にご飯を食べていた。



「ところで、アベルは酒場の方にいるみたいだけど……誰と飲んでるの?」

 ティアがもぐもぐしていると、エリカが不意にそんなことを言う。その言葉に、ちょっとどす黒いオーラを感じて、ティアは思わず喉を詰まらせた。


「ティアちゃん、大丈夫? ほら、お水」

 シャルロットが水を渡してくれたので、ティアは慌ててそれを口にする。


「こほ、こほ。ありがとうございます。……えっと、ご主人様が誰と飲んでるかは知りませんけど、さっき冒険者ギルドにお客さんが来てるって言ってました」

 やましいことはない――はず。

 ないはずだけど、アベルはときどき無自覚にフラグを立てるので、絶対にやましくないとは言い切れない。そんな風に考えたティアは控えめに弁明をした。

 どうか、また愛人と誤解されるような人と一緒じゃありませんようにと願いつつ。


「あぁ、アベルくんの相手なら、カイルのことだよ」

「え、カイル? まさか、またアベルを貶しに来たの?」

 エリカの表情が険しくなる。それに対して、シャルロットがぱたぱたと手を振った。


「違う違う、それは誤解だよ。カイルのあれは、私達と同じく、バッドステータスが原因だったみたい。だから、あのときのこと、謝罪してたよ」

「バッドステータス? それ、本当?」

「うん、しばらく一緒に行動したけど、間違いないと思うよ」

「そっか……なら、大丈夫ね」

 エリカがホッとした顔をする。

 だけど、シャルロットが今度か首を横に振った。


「それが、大丈夫じゃなさそうなんだよね」

「それってどういうこと? カイルが、なにか嘘を吐いてるってこと?」

「うぅん、そうじゃなくて。カイルが……その、ライバルになりそうな予感」

「……はい?」

 きょとんとするエリカ。


 だが、シャルロットがレスター伯爵領での出来事を語るにつれて、エリカの表情が険しくなっていく。その目には、カイルを警戒する色が滲んでいた。

 二人に挟まれていたティアは『ふええ。ご主人様、だから気を付けてって言ったのに~』と心の中で呟き、これから起きるであろうアベルの受難を思って小さな胸を痛めた。

 まあ……大体アベルの自業自得である。

 

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