浮気疑惑再び 3
お客さんが来ているらしいと聞いた俺は、アイテムボックスに預かっていた荷物をティアの部屋に置いてから、冒険者ギルドへと向かった。
そして、ギルドの受付側、近くの席に座っている連中を見つけた俺は回れ右をして――
「おいおい、どこへ行くつもりだ?」
そのまま立ち去ろうと――
「アベル、待ってくれよ」
腕を掴まれてしまった。
俺は仕方なく覚悟を決め、なんでもない風を装って振り返った。
「よ、よう、カイル。こんなところで会うなんて、き、奇遇だなっ!」
物凄く「なに言ってんだ、お前」みたいな目で見られた。
ついでに、声もそのまま聞こえてきた。
「いや、その……なんでもない」
俺は咳払いを一つ、カイルやプラム、それに新メンバーの二人と挨拶を交わす。
そのやりとりからも、新メンバーの二人は明らかにカイルを慕っているのが分かる。カイルは立派にリーダーをやってるみたいだ。
本当に変わったんだな。
俺を罵ったのはバッドステータスが原因だったみたいだけど、この様子だとバッドステータスは発動してないんだろう。解決、したのかもな。
俺はバッドステータスを抱えてないけど、修羅場の元は抱えてるのでちょっと羨ましい。
「ところで、カイルはなんでこの町にいるんだ?」
「俺は新しいダンジョンに挑戦したくてな。それに、この町で湯治をすれば、怪我の不調も早く治るって噂を聞いたからな」
「ああ、なるほど。仲間が後遺症を抱えてるって言ってたもんな。でも、傷の治りは早くなるって聞いてるけど、後遺症も早く治るのか?」
「そういう噂だぜ」
「ほう、そうだったのか」
なんでお前が知らないんだよと言うなかれ。温泉はエリカの領分だし、最近の俺は町を出ていることが多かったので、その辺りの情報が不足しているのだ。
「しかし、なんで俺がこの町にいるって分かったんだ?」
「この町を統治してるのがシャルロットだって聞いてな。もしかしてと思って聞いてみたら、予想通りの答えが返ってきたって訳だ」
「あぁ、そりゃそうだよな」
レスター伯爵から俺達のことを聞いてなかったとしても、俺とシャルロットが行動を共にしているのは知られているんだ。
シャルロットがこの町を統治してるとなれば、必然的に俺がいると思うよな。
それより、問題は――
「しかも、エリカも一緒にいるんだって?」
「がふっ」
知られると面倒だからと思うより先に突っ込まれた。
「なんだ、なにかあるのか?」
「いや、悩み事って訳じゃないんだけどな」
昔の仲間に、二股同然のことをしていると知られるのは……気まずい。
「はぁん、なにか悩んでるんだな」
カイルがふっと笑う。
「悩み事じゃないって言っただろ?」
「悩んでない奴は、なにかあるのかって聞かれて、悩み事じゃないなんて言わねぇよ」
「……もっともだな」
降参だと肩をすくめる。
「……それで、なにを悩んでるんだ? 俺でよかったら聞いてやるぜ?」
「え、カイルが……か?」
以前のカイルは、あまり人になにか言うようなことはなかった。
こんな風に言ってくれるなんて、すっごい意外だ。
「お前には迷惑を掛けたからな。なーんて、俺に的確なアドバイスが出来るかは分からねぇけどよ。それでも、誰かに聞いてもらったら、楽になることってあるだろ?」
「そ、そうだな」
どうしよう、カイルが良い奴過ぎる。
いつもは、ティアに話を聞いてもらってたんだけど、たまには同性のカイルに相談してみようかな。もしかしたら、なにかが変わってくるかもしれない。
という訳で、俺とカイルは酒場で飲むことになった。
そんなわけでやって来た酒場。片隅の席を陣取った俺達はエールを注文し、ジョッキを掲げて駆けつけの一杯を飲み始めた。
「アベル、急に誘って悪かったな」
「いや、気にしないでくれ。誘ってくれて嬉しかったよ」
俺はジョッキの中身を喉に流し込んだ。
魔導具の冷蔵庫で冷やされたエールが五臓六腑に染み渡る。
「だったら良いんだが……アベルは屋敷で暮らしてるんだろ?」
「いつもは夕食が用意されてるけどな。さっき、屋敷に連絡をしておいたから大丈夫だ。そういうカイルこそ、仲間達と別行動で大丈夫なのか?」
いまのカイルは単身で、プラム達は宿屋にある食堂に行っている。おそらくは、俺のために別行動をしたのだろう。
「こっちもたまのことだから気にするな。それにアベルが昔の仲間だって言ってあるからな」
「へぇ、仲間に俺のことを話したのか。どんな風に話したのか気になるな」
どうせ、面白可笑しく語ったんだろと指摘するが、カイルは首を横に振った。
「周囲の気配りが出来て、攻守に優れた頼もしい仲間だって言ったよ。俺がお前らに的確な指示を飛ばせるのは、アベルのマネをしてるからだってな」
「そ、そうか……」
カイルがそんな風に言ってるとは思わなくて、思わず照れてしまった。
「このあいだのカイルも、的確な指示を出してたぞ」
「お、マジか。へへ、そういってくれると嬉しいな」
照れくさそうに頬を掻く。
俺を追放した頃のカイルとはすっかり別人だ。
俺はカイルと昔を懐かしみながら食事を楽しんだ。
「アベル、お前の悩みは、シャルロットとエリカが一緒にいることと関係あるか?」
雑談からいきなりの確信。
俺は思わず咳き込んだ。
「な、なんで、そう思うんだ?」
「その反応、俺の予想は当たりってことだな。つまり、お前はいま、シャルロットとエリカの二人から言い寄られて、その答えに困ってるってことだな」
「だから……なんで分かるんだよ」
俺がその悩みを打ち明けたのは限られた、口の堅い人間だけ。
カイルが知ってるはずがない。
そう思ったのだけど――カイルはさも当然とばかりに言い放った。
「あの二人を見てたら、お前に惚れてるのはなんとなく予想がつくだろ」
「うっそだろ?」
「嘘じゃねぇよ。そりゃ、エリカがお前をパーティーから追い出したときは勘違いかとも思ったけど……あれ、バッドステータスだったんだろ?」
「まさか、そこまで気付いてるとは……お前、ホントに凄いな」
それを予想するなんて完全に予想外だ。
「エリカが脱退するときにちょっとな」
「ふぅん?」
ちょっと気になったんだけど、カイルは言葉を濁して話を切り換えてしまう。
「それより、アベル。お前はどっちに惚れてるんだよ?」
「それは……よく分からん」
「はぁ? なに言ってんだ、お前」
ものっすごい、呆れ眼を向けられる。
「正直、今は考える余裕がねぇんだよ」
「考える余裕がないって、二人に告白されたんだろ?」
「告白だけなら、考えられたと思うんだけどな……」
「どういうことだ?」
カイルが問い掛けてくる。
誓いのキスの件を話しても大丈夫かどうか。
少し考えた俺は、いまのカイルなら大丈夫だと判断した。
「良いか、これは他言無用だぞ?」
「ん? ああ、もちろん誰にも話す気はないから安心しろ」
それで、なんなんだよと続きを促してくる。そんなカイルに対して、「誓いのキスって知ってるか」と問い掛けた。
その瞬間、エールを飲んでいたカイルが壮絶に咽せた。
この反応、どうやら知っているらしい。
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