浮気疑惑再び 2
俺がブルーレイクに帰還してから数日が経った。
メディア教の神殿の建築計画を推し進め、レスター伯爵領との交易の準備を始める。そして冒険者ギルドや温泉宿は正式に稼働を始め、俺達の住む屋敷がついに完成した。
という訳で、今日は引っ越しだ。
俺は宿屋のおばさんに挨拶をして部屋を引き払う。
ここしばらく部屋を借りっぱなしだった俺達が出て行く上に、温泉宿がオープンするのでこの宿自体の経営は苦しくなるかもしれない。
だが、宿屋のおばさんには――正確にはその娘だが、温泉宿の経営に関わっているので問題はない。俺達はおばさんに温かく見送られて宿を後にした。
「はぁ……これが俺達の暮らすお屋敷か。あらためてみると大きいなぁ」
人の背丈より高い壁に囲まれたお屋敷で、ぶっちゃけ、冒険者ギルドよりも大きい。
おそらく数十人は住むことが出来るだろう。
「私達の他に、使用人なんかも住まわせるからね」
「あぁ……そうだったな」
シャルロットが実家から連れてきた使用人の他に、内政官なんかも住まわせる予定だという。なんというか、庶民の俺には規模が大きすぎて想像がつかない。
俺の夢にあった庭付き一戸建ては、もっとこう……ちんまりした感じだったんだけどな。
「それじゃ私達の部屋だけど、二階にある東側の部屋よ。三部屋並んでるからね」
「……え、俺は二人と離れたところってお願いした気がするんだけど」
「宿屋でも並んでたし、別に構わないでしょ? というか、アベルくんだけ別の区画だと、使用人達が気を使っちゃうじゃない」
「それは、そう、なんだけど……まあ、良いか」
さすがに、エリカやシャルロットが夜這いをかけてくるとは思わないけど、隣だと夜にちょっと話しに来る。なんてことはなきにしもあらず。
そして、二人が別々に、同時に来るという可能性も……なんて思ったけど、そんな危険とは既に隣り合わせの生活を送っている。
今更心配してもしょうがない気がしないでもない。
という訳で、部屋割りは奥からシャルロット、俺、エリカの順番になった。扉の間隔が妙に広いからもしかしてと思ったけど……広い。部屋が凄く広い。
扉を開けるとリビングがあり、奥には寝室がある。
俺はさっそくアイテムボックスにしまっている服や装備の一部を取り出し、クローゼットや引き出しにいそいそと片付けていく。
ちなみに、アイテムボックスにしまっていればいつでも取り出すことが出来るので、わざわざクローゼットに服をしまう必要はない。
ただ、いままでずっと野宿や宿暮らしで自分の家がなかったから、いつか自分の家が出来たら、こうやって服なんかをしまおうと思っていたのだ。
部屋に、自分の物が並んでいくのはなんだか楽しい。俺はまっさらな部屋に私物を置いて、自分の色へと染め上げていった。
「あれ? 窓側にも扉があるんだ?」
ふと気付いて開けてみると、そこにはベランダがあった。
いや、ベランダというにはずいぶんと広い。
一階の屋根部分を使っているのか、小さめの部屋くらいの奥行きがある。左右の幅も広くて、シャルロットやエリカの部屋と繋がっていた。
どちらかといえば、途中まで屋根のあるルーフバルコニーだろう。
「へぇ、ベランダまであるのね……って、アベル!?」
ベランダに顔を出したエリカが俺を見つけて素っ頓狂な声を上げた。
「よお、なんかベランダで繋がってるみたいだな」
「そ、そうみたいね。これなら、夜にコッソリ行き来も――で、出来そうだからって、夜這いに来たら許さないわよ!?」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「違うわよ、このバカっ!」
真っ赤な顔で言い放ち、自分の部屋へと帰っていった。最近、ツンデレが発動したら、状況が悪化する前に自ら立ち去るという手法を覚えたらしい。
指摘したら、そんな訳ないでしょとか言って留まるようになりそうだから言わないけど。
「なんか、怒鳴り声が聞こえたけど……って、アベルくん?」
「あぁ、シャルロットか」
「……いまの怒鳴り声って、なにか問題があった?」
「あぁいや、ベランダが繋がってることにびっくりしたエリカが、バッドステータスを発動させただけだ。問題ではないと思う」
「そっか、それなら……ええっと、良いのかな?」
小首をかしげて聞いてくるが、俺に聞かれてもよく分からない。
ひとまず、良いんじゃないかと返しておいた。
「ところで、ティアの部屋はどこになるんだ?」
「あぁ、ティアちゃんなら、一階の少し大きめの部屋を用意してあるよ。ティアちゃんみたいに可愛い子を、中庭の犬小屋になんて住ませられないからね」
「だから、それは誤解だってば……」
俺が困った顔をすると、シャルロットがクスクスと笑った。
俺が中庭でワンコを飼いたいっていった後に、ティアをペットだって宣言しちゃったから、ティアを中庭で飼うって勘違いされちゃったんだよな。
でも、俺はいまだにティアをペットだと言い張ってるから申し開きの余地はない。
だから、ペット扱いは変わりないけど……室外ペットあらため室内ペットにランクアップさせるべく、ティアを仮の家まで迎えに行こう。
「ティア、迎えに来たぞ……って、あら」
勝手知ったるなんとやら。やって来たティアの家に上がり込んだ俺は、日なたで丸くなって眠っているティアを見つけた。
……ふむ、お昼寝中か。
まだ小さいのに、見習い冒険者としてがんばってるもんな。しばらく起こさないように見守ろうと、俺はティアの隣に腰を下ろす。
「わふぅ……ご主人様ぁ~」
ティアはなにやら夢を見ているのか、幸せそうな寝顔でそんな言葉を呟いた。
モフモフなイヌミミがピクピクと揺れ、もっとモフモフなシッポを揺らしている――ので、俺は思わず寝込みを襲ってモフモフした。
「わっ、わふっ!? あ、あれ……ご、ご主人様!?」
驚いて飛び起きたティアが、俺を見てびっくりした顔をする。
「すまん、眠ってるティアを見てたら、無性にモフモフしたくなった」
……うん。言葉にすると、人として完全に終わってる気がする。なんて思ったけど、ティアは「もぅ、ご主人様は仕方ないなぁ~」と寝ぼけ眼を擦りながら笑った。
「それで、ご主人様。今日は珍しい時間に来たけど、どうかしたの?」
「あぁ、うん。今日から屋敷の方に引っ越すことになったから、ティアも呼びに来たんだ」
「わふ? ティアも、あのお屋敷に住んでも良いの?」
「ああ、もちろん。たしか前に言っただろ?」
「うん。聞いてたけど、本当に良いのかなぁって。ティア、人間じゃないよ?」
「そんなことを気にする奴は俺の仲間にはいないから心配するな」
イヌミミ族のような種族を差別する人間はたしかにいるが、少なくともシャルロットにそんな素振りはない。
エリカは『イヌミミメイドカフェ……ありね』とか呟いてたことがあるから、イヌミミ族を人間と違う種族として区別はしてそうだけど、差別的な感じはなかった。
「という訳で、引っ越しだ。荷物は、俺がアイテムボックスに入れて持っていくな」
「はーい。ありがとう、ご主人様。でも、このお家はどうするの?」
「ん? あぁ……そうだなぁ」
特に決めてないけど、誰かに使わせてあげても良いかもしれない。とはいえ、相手を慎重に選ばないと、また愛人と勘違いされそうだ。
「あのね、あのね、アッシュさんとリリアさんはどうかな?」
「あの二人か?」
「うん。ここにいるあいだ、暮らせる家を探してるんだって」
「あぁ、なるほど。宿は割高だからなぁ」
その分、部屋の清掃とかはしてもらえるんだけどな。
「なんかね、宿の壁は薄いから困るんだって~」
「…………あいつら、ティアになにを話してるんだ?」
今度会ったら、ティアの教育に悪いことは教えないように注意しよう。そのついでに、この家のことも聞いてみよう。そして速やかに爆発しろ。
という訳で、ティアを屋敷へと連れて行った――ところでマリーと出くわした。どうやら、ギルドに俺へのお客さんが来ていると呼びに来てくれたらしい。
お客さん……誰のことだろうな?
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