浮気疑惑再び 1

「アベルくん、どういうこと?」

「説明、してくれるわよね?」

 バレた。

 ついにバレた。

 俺が二人から同時に誓いのキスを受けている事実を知られてしまった。


 シャルロットとエリカが静かに、俺の返答を待っている。その二対の瞳から光が消えて見えるのも、彼女達が闇のオーラを纏って見えるのも、おそらく気のせいじゃないだろう。

 その証拠に、周囲で食事をしていた人達がテーブル席ごと退避していく。だが、その者達の面持ちが、ついにこのときが来たかと言いたげなのは気のせいだと思いたい。


「アベルくん、エリカの言ってることはホントなの?」

「アベル、シャルロットの言ってることはホントなの?」

 静まり返った宿屋の食堂に、再び二人の声が響く。その透明感がありながらも、同時に得体の知れない迫力がある声に、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「いや、えっと……これは、そう。訳があるんだ」


 とっさに弱い俺が言い訳を始めた。

 だけど……あれ? と思う。俺はずっとこのときを待っていたはずだ。二人から同時に誓いのキスを受けて、図らずも二股状態になっていた。

 時期が来るまで隠し通さなければ、自分だけでなく二人も不幸な目に遭う。逆にそのときが来て打ち明ければ、俺は心労で死ぬこともなく、明るい未来が待っていると言われた。

 そう聞いていたから、この罪悪感に耐え続けていたのだ。


 きっと、いまこそ、二人に働いた不義理を正直に打ち明けるときだ。


 もちろん、二人は怒るだろう。もしかしたら、メディア様の言葉が間違っていて、俺はこのあと血祭りに上げられるかもしれない。

 でも、俺は二人を大切に想っている。だから、二股状態であることを隠し続けているのは、二人に散々と罵られるよりも辛い。


 この後にあっているのが地獄だとしても、俺は素直に二股状態にあることを打ち明けよう。


「二人とも、聞いてくれ」

 俺は震えそうになる声を押さえ込み、擦れる声でその一言を口にした。それで堰をきったように、心の奥から言葉があふれてくる。


「俺だってホントは嘘はつきたくないし、出来れば誠実でいたいとも思ってる。だけど、とっさで考えられないこともある。二人の時がまさにそうだったんだ」

 エリカが、そしてシャルロットが、キスしようと俺に顔を寄せたとき、俺なら回避することが出来たはずなのに、俺は避けられなかった。


 相手がシャルロットやエリカだったから。


 もう一秒あれば、付き合っていないのにとか、色々なしがらみを考えて避けられたと思う。だけど、あの一瞬は本能だけで判断した。

 だから……


「こんなことになって悪いとは思ってる。二人が俺を許せないっていうのなら、どんなそしりも受け入れる。けど、もし許してくれるのなら、少しだけ待って欲しいんだ」


 二人は俺の言葉を聞き入っているのかなにも答えない。反応が分からなくて怖いけど、もし八つ裂きにされるのだとしても、その前に想いは伝えて起きたい。

 そんな感情に突き動かされて捲し立てる。


「俺にとって二人は大切な仲間でもあるんだ。だから……だから、この状況を収拾するまで、もう少し待っててくれないか?」


 俺はいまだに、この関係を終わらせる決断を下せないでいる。

 俺はたぶん、二人に友情以上の感情を抱いている。

 だけど、それでも、どちらかを選ばなければならない。このまま優柔不断でいたら、二人共が不幸になるって分かってる。

 けど、選ばれなかった方は女性としての幸せを二度と掴むことは出来ない。それを知ってなお、どちらかを選ぼうとする勇気はいまの俺にない。


 言いたいことを伝えた俺は、二人の視線を真正面から受け止めて判決を待つ。シャルロットとエリカは、そんな俺をまっすぐに見つめ……やがて、ポンと手を打った。

 ……ポン?


「アベルくんはそれで誓いのキスのことを口に出したんだね」

「アベルはそれで誓いのキスのことを口に出したのね」

 二人はそれぞれの口調で同じ内容を呟き、それなら仕方ないと締めくくった。


 ――って、二人がなんで納得したのか分からない。

 なに、この状況。意味が分からない。

 優しい言葉で俺を油断させておいて、『助かったと思った? 残念、実はバッドエンドでしたーっ!』って殺しにくるつもりか?


 なんて、混乱したのは俺だけでなかったようで、遠巻きにしていた連中も、なにがどうなってるんだとざわめいている。

 そして――


「どうやら、アベルの旦那が誓いのキス云々と言ったのは、二人を窮地から救うためにその場しのぎで言っただけだったみたいだな」

 野次馬の誰かがそう言って、なるほどという声がいくつもあがった。


 ……あ、あぁ。そうか、そういうことか。

 さっきの俺の発言、『とっさで考えられなかった』のは、エリカやシャルロットが結婚を迫られたとき、護るためには誓いのキスを受けたと嘘を吐くしか・・・・・・なかった。

 だから、こんなことになってしまったけど、状況が収拾するまで待って欲しい、と。

 俺がそう言ったと、周囲の者達は思ったわけだ。


 でも、二人は自身のことなので、自分が俺に誓いのキスをしたことを知っている。

 だから、そんな勘違いはしないはずなのにどうして――と、そんな俺の疑問に答えるように、エリカとシャルロットが左右の耳に唇を寄せてきた。

 そして――


「私が本当にアベルくんに誓いのキスをしたことは内緒にしておいてあげるね」

「あたしが本当にアベルに誓いのキスをしたことは内緒にしておいてあげるわ」


 左右の耳元で囁くように紡がれる声が綺麗でゾクリとする。

 ――って、現実逃避してる場合じゃなくて、なにそれ、どういうこと!? なんでこの状況で、自分が誓いのキスをした事実を隠すって話になるんだ!?


 待て、落ち着け。冷静に考えろ!

 二人は、自分が誓いのキスをしていることは知っているが、相手が誓いのキスをしていることは知らない。けど、さっきそれを知ったはずだ。

 なのに、どうして……


 いや、違う。野次馬達と一緒だ。

 二人は、俺が誓いのキスの話をしたのは、二人の窮地を救うためだと納得した。そして、そんな言葉が俺の口から飛び出したのは、自分とは本当に誓いのキスをしているから。

 だから、もう一人を救うときにも、とっさにその言葉が出てきたのだと誤解してる。


 ……あ、ダメ。これダメな奴。

 ここで誤解を解いておかないと、話がますますこじれちゃう奴だ。


「あ、あのさ。誓いのキスの話なんだけど、あれは――」

「アベルくん、その話はもういいじゃない」

「そうね。それより、冷めないうちにご飯を食べましょうよ」

 なんで、こんなときだけ息ぴったりなんですかねぇ!?


 ……はっ! そうか、分かったぞ!

 俺は二人を政略結婚から護るために、誓いのキスを受けていると嘘を吐いた――と相手には思わせておいて、自分は本当に誓いのキスをしている。

 その優位性を護るために、この件は誤解させたままにしておこうと、そういう訳だな。この策士どもめ。可愛い顔してやることが徹底している。

 だけど、残念でした。

 実は二人とも本当に誓いのキスをしてますから――っ!


 って、言っちゃうべきかな?

 言わなきゃ後でバレたら取り返しのつかないことになりそうな気がするけど……冷静になって考えると、さっき二股状態だって疑われたとき、二人の瞳から光が消えてたんだよな。

 あれはヤバイ。絶対にヤバイ気がする。


 いや、ダメダメ。ヤバいからってここで逃げちゃダメだ。たとえ、俺が八つ裂きにされたとしても……八つ裂き? 殺される?


『これからも生きて、ティアのことをモフモフしてね?』


 脳裏にティアの言葉が思い浮かんだ。

 ……そう、だ。

 俺は生きて、これからもティアをモフモフすると約束した。その約束を破って、ここで死ぬわけにはいかない。もう一度モフモフするまで、俺は死ねない。


 いつか破滅するのだとしても、それはいまである必要はない。というか、いま破滅したらティアをモフモフできない。

 ティアをもっともっとモフモフするために、俺はこの修羅場を乗り切らなくてはいけない。


 それに、メディア様が言ってたじゃないか。隠し通した上でバレなければ、二人が不幸になるって。この状況で強引にバラすのは、きっと隠し通した上とは分類されない。


 それになにより、二人は現在、自分が優位に立っていることを隠そうと、誓いのキスなんかについての話題を避けようとしている。

 このまま黙っておけば、その事実がバレる可能性は低くなるだろう。


 もちろん、いつかバレるのは分かってる。

 それでも、もう少しだけ。


 そんな言い訳をしながら、俺は二人に嘘を吐き続けることにした。

 みんなの幸せを護るためだから仕方ないね!

 

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