伯爵令嬢と婚約者 12
開けっぱなしの扉から、ゾロゾロと衛兵が部屋になだれ込んで来て、その後に続いてラニスさんが部屋に入ってきた。
「シエル、お前の勝手もこれまでだ」
「当主でもあるわたくしに、なんという口の利き方をするのですか!」
ラニスさんの宣告に、シエルが顔を真っ赤にして反論した。
だけど――
「黙れっ! 貴様が伯爵の地位を簒奪しようとしたことは既に調べがついている。この上は、大人しく裁きを受けよ!」
「な、なにを根拠にそのような世迷い言を。衛兵達、彼は乱心しています。いますぐ捕らえて、部屋に監禁してしまいなさい!」
シエルがラニスさんの連れてきた衛兵達に命令を出す。だが、誰一人として、その命令に従う素振りを見せる者はいなかった。
「なにをしているのですか! レスター家の当主はわたくしですよ!?」
「いいや、違う。貴様は我が父から、一時的に当主の地位を任されただけだ。しかも、その命令自体、貴様が父を操って出させたものだ」
「デタラメですわ! 誰がそのようなことを言っているんですか!」
「それは――私だ」
さらに、俺の背後から渋い声が響く。振り返ると、年の頃は三十代後半くらいで、やたらと渋い銀髪の中年男性がいた。
「あ、あなた、どうして目覚めて……っ」
「ふっ。『わたくしが呪いを掛けたのに』とでも言いたいのか?」
「い、いえまさか。わたくしはただ、あなたの心配を」
「黙れっ。お前に掛けられた呪いで操り人形にされた後も、意識があった。お前が私になにをしたのか知っている。お前の子が、私の血を引いていないこともな!」
「あ、あなた。聞いてください、これには訳が……」
「もはや、お前にあなたと呼ばれる筋合いはない! 衛兵達よ、その不届き者を引っ捕らえ、部屋に監禁しておけ!」
レスター伯爵の名により、衛兵がシエルを拘束。
わめき立てる彼女を、別室へと引っ立てていった。
衛兵達がいなくなった後、静かになった応接間で、レスター伯爵が俺達の方を向いた。
「さて、シャルロット嬢とアベルくん、だったか。キミ達には世話になったようだな」
「いえ、私達は利害の一致でラニスさんと手を組んだだけですから」
「そうか、そっちの件でも迷惑を掛けたそうだな。色々とすまなかった」
レスター伯爵が頭を下げた。
「いえ、レスター伯爵のせいではないと理解していますから」
「そう言ってくれるのはありがたいが、シエルに騙されたのは私だからな。なにか、お詫びが出来れば良いのだが……なにか、要望はあるだろうか?」
それを聞いたシャルロットが、俺に確認の視線を向けてくる。
「シャルロットの好きにしろ。俺はシャルロットのために手伝っただけだからな」
シャルロットはありがとうと微笑み、レスター伯爵へと視線を向ける。
「では、いままで通り、ユーティリア伯爵家との付き合いをお願いします」
「もちろんだ。そのようなことであれば、この場で約束しよう」
レスター伯爵が握手を求め、シャルロットがそれに応じる。こうして、レスター伯爵領での一連の問題はあっさりと解決した。
その後、ついでにブルーレイクへの木材の輸出量を増やしてもらったり、ラニスさんと交流を図ったりしてから、俺達はユーティリア伯爵領へと帰還。
シャルロットの家族にことの顛末を伝えてから、俺達はブルーレイクへと帰ってきた。
既存の建築計画に加え、メディア教神殿を作る計画に、レスター伯爵領との流通の拡大。やらなくてはいけないことはたくさんあるが――
「ティア、いま帰ったぞーっ!」
俺はティアの家へと直行した。
「あ、ご主人様、お帰りなさい――って、わふぅ。そんなにいきなりモフモフしたら、ひゃうん。……んっ。く、くすぐったいよぅ~」
ティアを抱きしめ、極上の毛並みをモフり倒す。
「うわぁ……お兄さん、噂には聞いてたけど、幼いティアのイヌミミやシッポを、そんなに激しくモフモフするなんて……」
「わ、わふぅ。マリーお姉ちゃん、恥ずかしいから見ないで~」
「はぁ、久しぶりのモフモフだぁ……」
ふわふわのイヌミミに顔を埋めて、モフモフシッポをモフる。そうしてモフモフとモフモフしまくって、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
「はぁ……満足した」
「はぁはぁ……もうもうっ、ご主人様、激しすぎだよぅ」
「あはは、久しぶりでついな……って、あれ? マリーはいつの間に?」
我に返った俺は、なにやら視線を逸らしているマリーを見つけた。
「……最初からいたわよ。お兄さんが気付かなかっただけ」
「おぉ、そうだったのか。すまんすまん」
「別に、良いけど……」
良いと言いつつ、なにやらその頬が赤い。
そして、その視線がチラチラとティアのモフモフへと向けられている。さては、モフモフを楽しむ俺を見て、自分もモフモフしたいと思ったんだな。
「その気があるのなら、努力してみろ。いつか、叶うかもしれないぞ?」
「え? わ、私はそんなこと願ってないわよ! というかお兄さん、二股は掛けないんじゃなかったの? シャルロット様とエリカさん以外っ!」
「え、なんでそんな話になるんだ? というか、以外は止めろ、以外は」
俺はシャルロットとエリカを含んでも二股は掛けていない。ただ、いつまで経っても、どっちか決められないヘタレ野郎になってるだけだ。
「ご主人様、ご主人様。いまのはティアをモフモフすること、だよね?」
「ん? 他になにがあるんだ?」
俺が聞き返すと、なぜかマリーの顔が赤くなった。
でもって、ティアが困った顔をする。
「ご主人様、そんな風に無自覚で誤解を招くようなことを言っちゃうから、ダブルブッキングとかしちゃうんだよ? そのままじゃ、トリプルブッキングとかしちゃうんだよ?」
「え、な、なんの話?」
「ご主人様が修羅場で死んじゃうかもなんだよ?」
「えぇ? ふ、不吉なことを言うなよ」
「ティア、ご主人様が心配なの。これからも生きて、ティアのことをモフモフしてね?」
「……なんだかよく分からないけど、約束するよ」
そんなこんなで、ティアをモフモフ。久々にモフモフを補充した俺は宿へと帰還した。
夜はエリカと再会し、三人で夕食を食べる。
「アベル、帰ってくるのずいぶんと遅かったわね。いつまでも帰ってこないから、わりと心配したのよ?」
「あぁ、すまん。色々あってな」
俺は前振りを一つ。レスター伯爵領での出来事をかいつまんで説明した。
「えへへ、アベルくんが私を護ってくれたんだよぅ」
シャルロットがほろ酔い状態になっている。
レスター伯爵領での出来事を思い出したのか、はたまた珍しく飲んでいるお酒に酔ったのか、半分半分くらいだろうか?
テーブルに豊かな胸を乗っけて、ゆらゆらしているシャルロットが色っぽい。
「へ、へえ、アベルがシャルロットを護ったのね。でも、メディア教の一件では、アベルはあたしのことを護ってくれたのよ?」
「ちょ、エリカ?」
やばい――と思ったときには手遅れだった。
「ふふ~。今回の一件では、アベルくん凄く格好よかったんだから。貴族に脅されても屈せずに、私のために公言してくれたんだよ」
「あら、あたしの時だって格好よかったわよ? 司教相手に啖呵を切って公言してくれたの」
「――私から誓いのキスを受けてるって」
「――あたしから誓いのキスを受けてるって」
明かされた事実に、その場の空気が凍り付いた。
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