#17 穏やかな終幕

 宴は盛大に行われた。


 羽目を外す、と言う程では無かったが、皆大いに飲み、話し、笑った。


 篤巳あつみ武流たけるが頼んだハーパーゴールドのボトルを見て、「ハーパーも美味しいけど、もっと高いお酒頼んで良かったんだよ。もう、本当に武流は奥床おくゆかしいなぁ」と表情を和ませた。


 そんな篤巳の台詞に蛍馬けいまが「ほらぁ、ね? 次のボトルは白州はくしゅうとかどう? どう!?」と豪気な提案をし、篤巳も嬉しそうに「良いね!」と同調する。武流は呆れた様に溜め息を吐いた。


 向日葵ひまわりの父親はあまり酒に強くは無い様で、水割りを数杯重ねただけでとろんとした表情になり、可笑おかしそうに笑う向日葵に「もう、情けないなぁ」なんて言われていた。




 蛍馬は、父親がまだ素面しらふの内に、嘘を詫びた。


「オネエと言うのは嘘です。お父さんに警戒されない為にそういう事にしました。すいません」


「ああ、そうでしたか」


 父親は幸いにも気を悪くした様子は無かった。


「ですが、やっぱり僕たちにとって向日葵ちゃんは妹の様な存在です。なので、お父さんさえ良ければ、今みたいなのはともかく、化粧の事を話したりさせて貰えませんか?」


 すると向日葵も「パパ、私からもお願い!」と胸元で両手を合わせた。


「私にとっても、蛍馬さんと武流さんはお兄ちゃんみたいな感じなの。本当にお世話にもなったから、そのお礼もちゃんとしたい」


 すると父親は迷う様子も無くあっさりと「良いよ」と頷いた。


「蛍馬くんと武流くんの人となりは私ももう知っているつもりだしね。このふたりなら安心だ」


「ありがとう、パパ!」


 向日葵は嬉しそうに破顔し、父親にもたれ掛かった。蛍馬と武流も「ありがとうございます」と頭を下げた。




 腰月こしに、薫子が逮捕された後の話を聞いた。


 現在留置場に収監しゅうかんされている薫子は、父親の接見以降、少しは大人しくなった様だ。だがやはりあまり反省する素振りは見られず、このままだと裁判ではかなり不利との事。


 こちら側には都合が良いが、薫子の父親である所長としては、気が気では無いだろう。何をしでかしたとしても、大切な娘なのだ。


 病院の屋上で警察官が踏み込んで来た仕掛けは、勿論腰月に寄るものだ。


 蛍馬との通話を切った後、腰月は自分の秘書の様な役割を担ってくれている警察官に連絡を取った。


「今帰国したよ。何か急な案件とかあるかい? ああ、今神室坂かむろざか病院の近くにいるんだけどね」


 そう言って、薫子の事を引き出したのだった。


「じゃあ私は念の為にその辺りを見てみるよ。そうだな、可能なら数人回して。何かあれば連絡をしよう」


 そうして蛍馬たちと合流したのだった。




 向日葵に危害を加えたのは自分の娘だったと言う事で、所長はそれこそ床に頭を付ける勢いで父親に謝罪したそうだ。


「謝罪で済む事では無い事は重々承知しています。ですが今の私にはこうする事しか出来ません。本当に申し訳ありません」


 父親はそんな所長の頭を上げさせ、薫子の事は許せない気持ちだが、所長の事は今でも尊敬していると告げた。


 それからふたりは話し合いをし、結果、父親は相模原さがみはら税理士事務所での勤務を継続する事になった。


 薫子の影がちらつくのは確かに良い気はしないが、向日葵の環境を変えたく無い事が第一だった。


 犯罪者の親が経営する事務所と言う事で、これからほとぼりが冷めるまで運営も大変だろう。だが所長の人柄ゆえか誰ひとりとして離職者は出ず、事務所はこれからも皆の頑張りで続いて行くのだ。




 さて、向日葵は自分が生霊でいた間の話を、父親に熱弁していた。


 幽霊が見える蛍馬と武流の事、霊能者、眷属けんぞくの仔カピバラとハシビロコウ、武流の身体への憑依ひょうい


「何回も聞いたんですが、やはり私には、俄かに信じられないんですよ」


 父親はそう言って苦笑した。


「本当の事だもん。蛍馬さんにも武流さんにも、鞠右衛門まりえもんさんにもハシビロコウ先輩さんにも、腰月さんにも本当にお世話になったの。蛍馬さんたちがいなかったら、私まだ生霊のままで、身体は入院してたかも知れない」


「怖い事を言うんじゃ無いよ、向日葵」


「でも本当だもん。パパが信じてくれなくても、本当にあった事なんだから。ううん、パパが信じてくれるまで何度でも話す。蛍馬さんたちに出会えたし、良い思い出だよ」


「良い思い出って……。向日葵、お前は酷い目にったんだから」


「若いから切り替えが早いんですよ。凄いね、向日葵ちゃん」


 腰月の言葉に、向日葵は「えへ」と得意げに笑みを浮かべ、父親は「そういうものなのでしょうか」と困り顔を浮かべた。


「そうですね、信じるには確かに夢みたいな話ですが、向日葵が何度もそう言うんですから、これは本当の事なんでしょう。本当に皆さまにはお世話になりました」


 そう言って深く頭を下げる父親に、蛍馬たちは「いやいや」と慌てる。


「僕たちの出来た事なんてそう多くは無かったです。素人しろうとですから限界もありましたし、後手に回る事も多かったんです。向日葵ちゃんが頑張ったんですよ」


「そう言って貰えると、気が楽になります」


 父親はそう言って、小さく笑みをこぼした。




 父親が程良く酔っ払い烏龍ウーロン茶に切り替えてからも、蛍馬たちは杯を重ねる。柚木兄弟は酒に強いが、腰月も負けず劣らずだ。


 ハーパーのボトルが空き、さて次は何を頼もうか言う時、蛍馬が「白州はくしゅう白州! 私白州飲みたい! お店の売り上げも上げたいわ!」と主張したので、篤巳は「売り上げ! それは大事だ。じゃあ白州にしよう」と笑顔で応える。


 向日葵は「私もお酒飲める様になったら飲むんだから。社会人になったら自分のお金で遊びに来るんだもん」とふくれっ面で言いながら、数杯目のジンジャーエールをストローですすっていた。


 そうして宴は、余裕で終電に間に合う時間まで続いた。しかし向日葵たちを電車で帰らすなんて、特に篤巳が許さない。


 帰りのタクシー代も勿論スポンサー持ちである。父親は固辞したが、そこを押し切るのが篤巳である。父親は「では、今度是非ご馳走させてください」と言って受け取った。




 翌日、昼過ぎに起き出した蛍馬と武流は、武流の作った焼うどんと味噌汁で昼食を摂る。ふたりに宿ふつか酔いは無縁なのである。


 片付けを終えたら家事をしつつ、部屋で幽霊の訪れを待つ。


「こんにちは」


 そう柔和にゅうわな声と表情で現れたのは、小さな老婆の幽霊だった。


「あれ、お婆ちゃん。お久しぶりです」


 蛍馬の表情に笑顔が浮かぶ。武流も「久しぶりだな、婆さん」と眼を細めた。


「今日はどうしたんですか?」


「ええ、うふふ、実はね、孫にお付き合いしている男性が出来たみたいなの」


 看護師をしている孫の花嫁姿を見る事が望みだった老婆は、そう言って嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「わぁ、それは良かったですね!」


 蛍馬も笑顔を見せる。


「何でもねぇ、同じ病院のレントゲンを撮っている男性みたい。良縁だったら嬉しいのだけど」


「だったら良いな。ま、これからだろ」


「そうだね。お孫さんの花嫁姿、綺麗になるだろうなぁ。良いなぁ」


 蛍馬がうっとりを眼を細めると、武流が「なんでお前が羨ましがるんだ」と突っ込みを入れる。


「ああ、そうだわ。その病院にいる時に、セーラー服を着たお嬢ちゃんに出会ってね。まだ生きていたみたいだから大変だわと思って、貴方たちの事を教えたのだけども、紹介して大丈夫だったかしら。無事こちらに辿り着けたかしら」


 ああ、向日葵の事だ。蛍馬と武流は顔を見合わせ、蛍馬はふんわりと微笑み、武流は「ふん」と鼻を鳴らした。


「大丈夫です。万事解決しました。そのお嬢さんは、無事身体に戻れましたよ」


「まぁ、それは良かったわ」


 老婆は良い、胸を撫で下ろした。


「じゃああのお嬢ちゃんは、もうお元気なのね」


「はい、凄く元気ですよ。今度お化粧を教えてあげる約束をしました」


「あら、それは良いわねぇ。蛍馬くんの女装、私も1度で良いから見てみたかったわぁ」


「いつでも見に来てください。今もウイッグ被るぐらいなら出来ますよ」


「あら、まぁ!」


 老婆は嬉しそうに黄色い声を上げる。向日葵と言い、女性の女装好きは年齢問わないのか。


 武流は呆れた様に溜め息を吐きながらも、生きていても死んでいても、元気なのは良い事か、と苦笑した。




 蛍馬と武流の日々は、こうして流れて行く。


 幽霊の話を聞き、時には悩みや願いを叶える為に動いたりもして。


 それは穏やかだったり、刺激を与えるものだったり。


 始まりは、部屋にたまたま迷い込んで来た幽霊の話を聞いた事だった。


 そこから不思議と口コミが広がり、今ではまるでライフワークみたいになっている。


 そんな毎日を、ふたりは結構気に入っているのだった。




 その日もまた、「こんにちは!」と元気な幽霊が現れた。

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僕たちが叶えたい極上の夢 山いい奈 @e---na

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