娘のいないクリスマス

 早くに両親を亡くし祖父母のもとで育った僕のクリスマスは、周りにいる子とは少し違っていたと思う。

 洋食屋の祖父がクリスマスに必ず作ってくれたのは何日も煮込んだビーフシチュー。祖父にとっては、これ以上ない特別なメニューだったんだろうけど僕はお店のチキンに憧れた。

 さらにこれは、思い出す度に笑ってしまうのだけれど、枕元のプレゼントに添えられたカードの文字はどこからどう読んでも祖母の字で、かなり達筆な筆ペンで『サンタクロースより』と書かれていた。


 そんなクリスマスが嫌だったなんて一度だって思ったことはないのだけど、彼女と結婚してこの子の父親になれた時、クリスマスはどのイベントよりも力を入れたいと思った。


 サンタに見立てた苺を乗せたケーキに、ローストチキン。マシュマロの雪だるまに、ポテトサラダのツリー、リース形のパイ。

 娘が喜びそうなものは全部作った。


 美味しい!と笑う姿を見て料理人で良かったと思ったし、枕元のプレゼントに驚き、興奮しながら報告してくる姿は可愛くて仕方なかった。


 サンタクロースを信じなくなってからだって僕の作ったケーキだけは嬉しそうに頬張った。 一年の疲れもそこでリセットされる。僕にとってはそれくらい大切なイベントだったんだ。それなのに――


「友達とのクリスマスかぁー」

「勝手に許可したの怒ってる?」

「そうじゃないけど」


 微笑む彼女と胸にモヤがかかったままの僕。

 高校生なんだからクリスマスパーティーくらい友達としたいだろうってことも頭では理解してる。さらに娘は、付き合い始めた彼もそのメンバーに入っていることを正直に話してくれた。


 けれど寂しい。少し悔しい。

 僕だけがあの子のサンタだったのに、もう用なしだと宣告されたみたいだ。


「はー……」


 深いため息が床に落ちてすぐ、寝たと思っていた娘がリビングのドアを開けた。


「まだ起きてたのかい?」

「うん、あのね、パパにお願いがあるんだ」

「うん?」

「みんなと食べるケーキなんだけどね」

「作ってあげようか!?」

「ううん! そうじゃなくて!」


 娘と過ごせないクリスマスは増えてしまうのだろうけど。


「今年から、私も一緒に作っていい?」

「……え!」

「よろしくお願いします、先生」


 明日から真っ直ぐ帰ってくるね、という娘の言葉は僕の溜め息を粉雪に変えた。


 クリスマス当日に娘は出掛けてしまうけど、今年から特別な12月を過ごせそう。

 

 さて、何ケーキにしようかな。

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