#6 NPCは愛を語れるのか ~AIの想い~

 あれから一週間。

 ネット上に、ある話題が取りざたされていた。


『VRMMOPRG、ユーザーに倒せない魔王を作る』

『射幸心を煽り、課金を貪り喰うクソゲー会社』

『批判の矛先は、運営会社社長にまで及ぶ』

『問題解決に向けて、真摯に取り組むと釈明』


 そのどれもが、俺のやっていたあのゲームの記事だった。

 一緒にパーティーを組んでいたミクが、どうやらあの時の映像を撮っていたらしく、動画サイトにアップしたのだ。

 

 それを見た多くの人々から怒りと同情を集め、それは瞬く間にネットに拡散していた。

 小さな波はやがて大波となり、そしてうねりとなって運営会社を襲った。


 そして、とうとう代表が出席する謝罪会見を行うまでになった。

 運営側は早期解決を図るべく、思ってもみない神対応をみせ、不満や愚痴は少しづつ沈静化していった。


「それにしてもさあ、ここまでおおごとになるとはね」

「まあ、いいじゃねえか。俺たちの経験値も戻してくれたし」

「お詫びに宝玉まで貰えたし、ラッキー」


 久しぶりにログインした俺を、仲間たちは温かく迎え入れくれた。

 そして、当時のことを皆で話し合った。


「マサルさあ。あのスケルトン、貰えばよかったのに。なんで言わなかったの?」

「あ、うん」

「ミク! 余計な事を言うな! お前ってホント、女の癖にデリカシーないなあ」

「うるさい、オンジにだけは言われたくない!」

「あはは、確かにね。僕もそう思うよ」


 あの後、運営側から直接謝罪があり、失くした経験値とアイテムが戻ってきた。

 動画の拡散と他言無用を条件に、何か欲しいものがあれば、とも聞かれた。


「ところで、マサルは宝玉使ったの?」

「え、まだ……だけど」

「ミク、お前って……。マジどストレートだな」

「べ、別にいいじゃん」

「あはは、ミク。顔、赤くなってる」

「ばーか。リアルが反映してたまるか!」

「えっ、冗談で言ったんだけど……。赤いの?」


 魔王を討伐することで貰える宝玉。

 俺は、それを望んだ。

 だがそれは、3人だけじゃなくサーバー全体に配ること、と申し出た。

 これまで多くのプレイヤーたちが戦い敗れていったのだ。独り占めする気にはなれなかった。それに、彼女だって――。


「俺、メイドにしたぜ。ピッチピッチの」

「うわー、ウザい、エロぃー」

「つうか、お前もイケメン作ってただろうが!」

「あ、え、なんで知ってるのよ!? スケベ野郎!」


 宝玉、それはAI搭載のNPCを作ることの出来るアイテム。

 これまで蓄積した膨大なデータを元に、あらゆることに対応してくれる、いわいるお手伝いさん、メイドととも呼べるNPCを自在に作れるものだった。


 一週間という期間付きではあったが、全てのユーザーに配られた宝玉は、思い思いの姿に変えて、街中に溢れかえっていた。


 そんななか、スケルトンのNPCを見かけた。

 目も眩む思いで、話しかけてみたが中身は全くの別物。まさかとは思い、他のNPCたちにも彼女の名前を口に出してみたが、結果は虚しくなるだけだった。


「やっぱさあ、マルサは彼女一筋だもんね」

「おい、やめろって」

「あ、うん」


 俺は仲間に笑顔を返した。俺だけが苦しかったわけじゃない。返すことが出来ない沢山の時間を、いっぱいくれたのだ。

 こうやってかけがえのない仲間を作れたというのに、俺だけがいつまでもウジウジはしていられない。

 みんなが俺に手を差し伸べてくれている。

 今度は俺がみんなにお返ししなくては――。


「ねえ、マサル。最後に作っておけば。せっかく貰った宝玉、もったいないよ」

「まだいうか、ミク!」

「ありがとう、オンジ。ミクの言うとおりだ。みんなで勝ち取った宝玉。だから俺、使うよ」

「マサル……お前」


 少し離れた海岸線を望む岬に場所を移し、俺は宝玉を開いた。

 色々細かく設定できるみたいだったが、すぐに決めて設定ボタンを押した。


「やっぱそれかよ」

「マサルらしいわ」

「最後だからね」


 手にした宝玉から光が放たれると、それはみるみるうちに形をなして、姿を現した。

 そう、俺が宝玉に望んだもの。


「サトミ……」

「こんばんは、マサル。今日はどうしましたか?」


 俺の顔色からそう言ったのだろう。逆光に照らされるその姿は、あの時の彼女と同じだった。

 しかしもう、随分昔のような気がする。

 魔王になって、一緒に戦って、笑って、泣いた。

 あの日には戻れない――。


「ありがとう、サトミ」

「私がサトミ……ですか。わかりました。そのようにインプットします」


 声こそ同じだった。しかし、彼女ではなかった。

 当たり前だ、俺は何を期待していたんだ――。


 煌めく夕日に照らされて、彼女の白い体はより一層輝きをました。


《まもなく宝玉の有効期限が切れます。狩りをしている方はお気をつけ下さい》

《まもなく宝玉の有効期限が切れます。狩りをしている方はお気をつけ下さい》


 GMからのアナウスが鳴り響いた。

 3人も名残惜しそうに、見てくれた。


 最後に俺は、言い出せなかった事を口にすることにした。


「愛してる、サトミ」


《ありがとうございました。又の機会をお待ちしております》


 そして、夕日を背にして立つ彼女は薄っすらとぼやけて行く。


「ありがとう、マサル。私も愛してる」


 俺は目を見開いた。彼女がそこに、そこに居る!

 分かる! 彼女だ、彼女がいる!


「サトミ! サトミ!」


 夕日と同化していく彼女を、俺は必死に呼び止めた。

 手を伸ばし、掴もうとした。


「サトミ! サトミ!」


 彼女は微笑むばかりで、何も答えようとはしなかった。

 微笑むばかりで……、なにも……。


 と、その時。


 スケルトンの外骨格が光りに包まれ、剥がれてゆく。

 そして、人影が現れた。


「君は……」

「マサル」


 スケルトンの殻を破って出来てた彼女こそ、本当のサトミだった。


「どうして、君が」

「あのね。『NPCは愛を語れるのか』って、GMが馬鹿にするから、私頭にきちゃって」


 それからサトミは、自身の消去を覚悟で運営に訴えたらしい。

 AIを愛する者などいない、と言い張る運営側に、彼女は頑として居ると言い張った。仮にそんな奴が現れれば、合わせてやる、再開させてやると運営は、彼女の挑発に乗ったらしい。


「でも、不安だった。私、愛なんて知らないし、どうすればいいのかなんて」


 サトミの頬に涙が流れた。俺は透き通る雫に、そっと手を差し伸べた。


「あはは。私、泣いてる。泣いてるよ、マサル」


 黙って彼女を抱きしめた。

 きつく、きつく抱きしめた。


「サトミ、信じてくれてありがとう」

「うん」


 今も彼女の声は、俺の胸の中にある。

 あの時感じた熱い思いは、忘れずにしまってある。


 逢えてよかった。


 水平線の彼方に灯る夕日は海と交わり、今の僕たちのように煌めいていた。



 END

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NPCは愛を語れるのか 狗島 いつき @940-hirok

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