#5 エスケープ

「マサル、マサルってば! どこに行くの」

「決まってるだろう、ここから出るんだ!」


 俺は彼女の手を握り、力いっぱい駈け出した。

 迷路のようなダンジョン。何度も通った道、迷うことはない。


「待って、マサル! 私がここから抜けだしたら……」

「いいから黙って! もう後悔したくないんだ。やれることをやる。無理なことはないって君が教えてくれたんだ!」

「マサル……」


 心の底から叫んだ。もう失いたくない、と。

 俯き付いてくる彼女はそっと応えてくれた。「うん」と。


《まもなく、第二形態に移行します。残り1分10秒……》


「クソ、間に合うか!?」


 必死になって走り続けた。幾度と無く角を曲がり、走り、又角を曲がった。


「ここを抜ければ、出口だ! 急ぐぞ」

「うん」


 その時だった。


《第二形態に移行します》


 場内アナウンスがそう伝えると同時に、ダンジョン内が激しく揺れだした。

 二人してよろめき、したたか壁に打ち付けられた。


「やっぱりダメよ……私……」

「いくぞ! 君をおいてなんて行けない!」

「どうして……どうして、そこまで」


 その問に俺は奥歯を噛み締めた。苦しかった。辛かった。だけど。


「俺のために仲間は死んでくれたんだ……。俺のためにだけに」

「う、うん」

「なら、一緒に来てくれ! 仲間のためでもいい、俺のためじゃなくてもいいから!」


 俺は手を伸ばし、彼女の手が重なるのを待った。

 もう離さない、必ず彼女を連れて帰る――。


 そして、差し出した俺の手をきつく握り返してくれた。


「早く! こっちだ!」


 手を引き走る。しかし、彼女の歩みはさっきから少しづづ重くなっていた。


「ねえ、マサル」

「今は逃げることだけ考えろ! 黙って走れ!」


 前を行く俺は、振り返らずに叫んだ。

 彼女を失うわけにいかない。もう、後悔はしないと誓ったんだ。


「あのね、マサル。聞いて、私はね」

「やめろっ! 俺は絶対に離さないからなっ!」


 子供を諭す母のような口ぶりに、俺は強引に手を引いた。もう出口が見えてるじゃないか、君と二人なら――。


「宝玉って、魔王を倒さないとダメなんだよね?」

「だからどうした。今は……」


 するりと彼女の手がほどけた。咄嗟に掴み返そうする俺の手を、彼女は体をひるがえして避けた。


「なんで!?」

「私が倒してくる。ごめんね、マサル」


 彼女は微笑んでいた。背後から砂埃が迫って来る。

 やめろ、君一人じゃ無理だ、と大声で連呼するも、崩落し始めた瓦礫の爆音でかき消された。


 必死に手を伸ばした。

 1センチ先を、冷たい岩がかすめて落ちた。


「バカやろ! なんで、なんでだ!」


 塞がれた岩に拳を打ち付けた。すると、中から声が聞こえた。

 俺は慌てて、残り少ないMPを使って岩を砕こうとした。


「ねえ、マサル聞いて」


 彼女の声を無視して、魔法を打ち続けた。


「砕けろぉー!!!!」


 残りのMPが、完全に底を尽きた。

 びくともしない岩に俺は体を寄せ、膝を崩した。


「ごめん、ごめん……壊せない」

「いいの。ありがとうマサル」

「なにがいいだ……。俺はなにもしてやれなかった……」

「ねえ、聞いてマサル。私ね、名前があるの」


 はっとして顔を上げた。くしゃくしゃになった顔を岩に押しつけた。


「私ね、サトミっていうの」

「サトミ……」

「ああ、私って馬鹿ね。もっと早く言っとけばよかったな。沢山呼んで貰いたかったなあ」

「サトミ、サトミ……」

「ごめんね、マサル。本当にありがとう。私、AIで良かった。貴方にこうして会えたんだから……」


 それが彼女の最期の言葉になった。


 涙で濡れる俺の頬が、激しく揺れだした。

 雷が地鳴りのように鳴り響き、地面が暴れ馬のように波打った。

 岩の隙間から漏れでた粉塵が周囲を白くし、視界を遮った。

 

 その後、地震のような揺れはすぐに収まり、何事もなかったように落ち着きを取り戻した。


 俺はその場から離れずにいた。

 どれくらいそうしていたかは、知らない。

 彼女が返事を返してくれるまで、俺は何度も、何度も叫び続けた。

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