第2章『般若』

 テレビや資料でしか怪人を見た事の無かった空は、その異形な姿を目にするだけで委縮してしまう。

 怪人がぶち破った壁の先からは複数人の叫び声が聞こえる。


「おっと。のんびりしている場合じゃねぇな」


 余韻に浸っていた怪人が振り返り、空と目が合う。


「なんだお前は……?」


 今まで空の存在に気がついていなかった怪人は空をまじまじと見つめる。

 怪人の顔は紫色に染まり、覗かせた歯は全ての歯が鋭く尖っていた。


「学生か? 何でガキがこんな所にいやがる?」

「え……。いや……」


 問われた空はだったが、始めてまじかで見た怪人の迫力に圧倒されて言葉に詰まる。


「まぁんなことはいいか。邪魔だ」


 怪人がそういうと空を蹴り飛ばした。


「――ッ?!」


 突然蹴り飛ばされた空は近くに積まれていたダンボールへと突っ込む。

 衝撃で幾つかのダンボールは飛び散り、その中から発泡スチロール製の容器が飛び出た。

 突っ込んだダンボールの上で空は苦しそうに蹴られた腹部を抑える。


「ッア……! オァッ……!?」


 上手く呼吸が出来ない空は口を大きく開けて喘いだ。


「おもしれぇ! やっぱりこの力は最高だな!」


 怪人は笑みを浮かべて空へと元で腰を下ろし、空の髪を引っ張って無理やり頭を持ち上げる。


「お前気持ち悪い顔してんな?」


 空の顔を見た怪人は顔を歪めて貶す。


「けど、このクラッシュランナー様の手に掛かれば、少しはまともになるかもな?」


 クラッシュランナーと名乗った怪人は口角を釣り上げ、無邪気な笑みを見せた。玩具を手に入れた子供のような笑みを見た空は血の気が引いていく。

 空は咄嗟に怪人の手から逃れようとするが、無防備になっていた喉元を掴まれて軽々と持ち上げられた。


「――ッァ」


足が浮き上がり、息がつまる。

 気道を確保しようと必死にクラッシュランナーの太い腕を掴み、つま先立ちをする。


「いいかガキ。このクラッシュランナー様の恐ろしさをお友達に広げろよ?」


 そう言うとクラッシュランナーは拳を振り上げる。

 意識が薄れそうになる中、凛とした声が聞こえた。


「いた」

「あ?」


 クラッシュランナーが声に釣られて振り向いた。その瞬間、掴む力が弱まって空は地面に倒れ込む。

 突然離されたため、尻を強打してしまう。しかし、痛みを感じるよりも酸素を求めて大きく呼吸をする。


「ぐっ?! がはっ!」


 苦しさが徐々に無くなり、意識がはっきりし始めるが未だに喉に異物のような物を感じる。

喉を潰されてしまったのかと思ったが、喉だけでなく首元を触れている手に違和感を抱く。

 空は首元を抑えていた手を見ると、その手は紫色の液体で濡れていた。


「ぎぃやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 何の液体か疑問に思っていると、突然クラッシュランナーの悲痛な叫と共に、レジが地面に落ちる。驚いた空が顔を上げる。


「――え?」


空が目にしたのは、クラッシュランナーの手首から先が切り落とされている光景だった。

何がどうなっているのか分からなかったが、先ほどから感じている喉の違和感を思い出す。空はまさかと思いながらゆっくり視線を下ろすと、本来何も見えないはずの首元に何かがあった。

 それが何か察した咄嗟空はは首からそれを取り外して投げ捨てた。

 地面に転がったそれはクラッシュランナーの手だった。

 空が解放されたのはクラッシュランナーが力を弱めたのではなく、手首を切り落とされたからだったのだ。


「い、一体何が……!?」


空が怖気付いていると、クラッシュランナーが咆哮を上げた。


「よ、よくも俺様の腕をおおおぉぉぉぉぉ!」


 咆哮を上げたクラッシュランナーは足元に落ちたレジを、針が生えた靴裏で力まかせに何度も踏む潰す。レジのパーツや小銭が飛び散り、危険を感じた空は地面を這いながら慌てて怪人から距離を取った。

 踏み潰されること無く無事距離を取れた空が、怒り狂うクラッシュランナーの姿を見ていると、声を掛けられる。


「大丈夫?」

「――え? うわっ!?」


 横を振り向くと、目の前に白い般若のような恐ろしい顔が現れた。


「人の顔を見て驚くなんて酷いな。折角助けたのに」


 仮面の口から溜息が洩れる。

 その声を聞いて改めて見ると般若のような顔は木彫りのお面だった。、

 つま先座りをしている般若のような仮面をつけた者は、和服を連想させるような白い衣装を身に纏い、肩の部分から裾が分かれ、フィットした黒いインナーが見えた。また、艶のある黒髪で短いポイーテールを作っていた。スカートから伸びる足は太ももの中間まで白く、そこから足先まで黒で分かれているタイツを履いていた。

 見た目や声から女性だと思われる人物は、空の体をまじまじと見つめる。


「着替えに手こずっていたんだけど、間に合って良かった」


怪我をしていないことを確認したようで、般若のような仮面は頷く。

 般若のような仮面は口元で上下に分かれており、顎を動かすと連動して動いていた。

 空は蹴られ、危うく意識が途絶えるところを含めると間に合ったか疑問を抱くが、口にするのは止めた。


「てめぇらぁ! 俺を無視して何を無視してやがる!」


 手首から大量の血を流す、クラッシュランナーの目は血走り、今にでも襲いかかってきそうであった。


「無視? 痛そうにしていたからそっとしといたんだけど?」


 火に油を注ぎながら、彼女は立ちあがった。

 彼女が立ち上がるとスカートから延びた白い綺麗な足が現れ、服の上からでもスタイルの良さが伺えた。そして、先程までは気がつかなかったが、彼女の手には白い鞘に納められた刀が握られていた。


「不意打ちで俺様の腕を斬ったぐらいでいい気になんじゃねぇぞ!」


 クラッシュランナーは原型を留めていないレジを蹴り飛ばした。彼女を狙ったであろうレジは彼女の側を素通りして壁に激突した。打つかった衝撃でレジからは数枚の札が空中に散らばる。

彼女はレジが迫ったのにも関わらず、落ち着いた様子で舞い落ちる札を見つめる。

 話を聞いていた空は華奢な体の彼女が怪人の手首を切り落としたとは信じ難かった。そもそも、一体いつ切り落としたのか分からなかった。

そんな事を思いながら彼女を見ていると、散らばる千円札を見上げながら、仮面の口は動く。


「確かにいい気になってるかな。あれぐらいの不意打ちも避けれないようじゃ底が知れてるから」


それを聞いた空は顔を青ざめた。

 ゆっくりと振り向くと、クラッシュランナーは体を小刻みに震わせた。

明らかに怒りに満ち溢れているのが見てとれたが、ただそれだけでは無かった。クラッシュランナーの服から刺が生え始めたのだ。

 肩や背中、ヘルメットをも突き破って幾つもの太い針が生える。

 更に人離れした怪人の姿に空は顔を引き攣らせるが、一方で般若のような仮面の彼女は未だに空を見上げていた。

 呑気に空を見上げている彼女に急いで危険を知らせようと、しゃがみごんだままの空は彼女の足を突く。


「ち、ちょっと!? やばいですって!」


 ふくらはぎを触られた仮面の彼女は空の方に振り返ると否や、空の頬を強くつねる。


「いだだだだだだだだ!?」


予想外の行動に空は困惑する。

 白い革手袋をはめた手でつねる彼女は、子供をあやすかのように語りかける。


「いい? 女の子の足を気安く触ると痛い目に遭うよ?」

「既に痛たたたたたたたたた?!」


 より一層つねる力が強くなり、空は手袋ごしに爪が食い込まれていくのが分かる。

 般若の仮面越しに睨まれた空は必死に了承の意を伝えて解放される。

 解放された頬を擦ってちぎれていないことを確認して安堵する。


「いい加減にしやがれぇぇぇ!」


 怒りの咆哮に咄嗟に振り返ると我慢出来なくなったクラッシュランナーは、刺が生えた右肩を突き出して向かってきていた。

 巨体な体なのにも関わらず、凄まじい速さで迫ってくる怪人に空は咄嗟に声を上げる。


「に、逃げて!」

「逃げて……?」


 仮面をつけた彼女はクラッシュランナーが迫る中、退くこともせずに刀の柄に触れる。


「なにやって……!?」


 予想外の行動に空は驚きの声を上げる。

「串刺しになれやぁ!!」


 彼女を守ろうと手を伸ばすも、クラッシュランナーはもうすでに目と鼻の先まで迫っていた。

クラッシュランナーとぶつかると思われた瞬間、彼女仮面の額からら一本の角が伸びる。

白く薄っすらと光る角を伸ばした彼女は刀の柄に触れる。


「ヒーローの私がどうして逃げる」


 空がその言葉を聞いた瞬間、凄まじい音と共に壁に土煙が舞い上がる。それとともに、コンクリートの破片が飛び交い、空は腕で顔を覆う。


「くっ!」


 一体何が起きたのか分からなかったが、暫くして土煙が収まってから目を開けて唖然とする。

 目の前にいたはずの彼女の姿が無く、変わりに新たに壁に穴が出来ていたのだ。

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誰が為ノ英雄か 兎二本 角煮 @kakuni9

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