第1章『日常』④

 校舎を出るまで空は先ほど苛めをしていた上級生達が待ち伏せしていないか怯えていた。

 周囲を見渡しながらやっとの思いで校舎から抜けられた空は、ほっと溜息を吐く。


「疲れた……」


 厄介ごとに首を突っ込んでしまった空は身も心も重く感じる。

 空は中学生の頃も同じような場面に遭遇したことがあった。その時も虐めを止めに入ったが、その結果標的は空へと移った。

 標的が映った翌日、虐めはクラス全体で行われた。その日から物が無くなったり、机に落書きなどされた。また、一部の生徒からは暴力に遭うようになった。

教師は虐めがあることを知っていただろうが、一切その事に触れることは無かった。空の両親が仕事で家を空けていることが多かったのもその要因の一つなのかもしれい。また、空自身も家族に心配をかけまいと家では何事もなかったかのように振舞っていた。


――また中学の時に後戻りか……。


過去受けて来た記憶を思い返し、気持ちが暗くなる。しかし、いつまでもその場に留まっていても仕方がなかったので、空は家に帰ることにした。

 空は登校した時と同様に電車に乗る。

 仕事終りのサラリーマンや学生で混雑する電車に乗り込んだ空は、スマートフォンを取り出してアプリを開く。


 ――今日は何を作ろうかな。


 両親が家にいないことが多かったため、自炊をするようになっていた。空は料理アプリを使って三日分の作る料理を決めていた。動画で調理法を分かりやすく見れて、調理時間や食材費を一目で分かるので重宝していた。

 いくつか候補を決めた所で電車は最寄りの駅へと到着する。

 自転車を拾った空は駅の近くにあるスーパーへと立ち寄る。

 スーパーでは駅の近くということもあって賑わいを見えていた。

カゴを持った空は料理アプリであらかじめ決めといた食材を手に取っていく。

今日の夕食である生姜焼きを作るために痛んでいなさそうな玉ねぎを選んでいると、突然足を突かれる。

 振り向くと小学生ぐらいの少女がいつの間にか隣に立っていた。

 少女は白色の小さなリボンがついた髪留めで小さなサイドテールを作っていた。

 空は周りを見渡したが、保護者らしき人物は見つからなかった。

空は膝をついて少女に声をかける。


「どうしたんだい? 迷子になった?」


 少女は頭を振って否定した後、口を開く。


「ねぇねぇ。お兄ちゃんなんでほっぺが赤いの?」

「え、えぇっと……」


 少女は空の頬の痣を不思議そうに見つめている。

 いきなりの質問に驚くも分かりやすいように空は説明を試みた。


「これは生まれつきなんだ」

「どうして?」

「えっとね。それは血管がちょっと異常を起こしちゃったからだよ」


 空の痣は血管が異常を起こして出来てしまったもので、生まれつき出来る事が多い。

 現在ではレーザー治療などで治すことが多く、空も同様の治療を受けて来たが痣の部位が多く、治療せねばならない個所が多くて治し切れていなかったのだ。


「どうして?」

「う、うーん……」


 少女は興味深そうに質問してくる。空もどうして出来たのかまでは詳しくは理解しておらず、答えあぐねていた。


「ちよ!」


 そこに一人の女性が小走りで近付いてくる。空は一目でその人が子供の親であろうと思った。

女性は白のT シャツの上にカーキ色のカーディガンを羽織り、ジーパンを履いていた。緩やかな長い髪は少女と同じ髪留めでサイドテールを作っていた。


「ごめんなさいウチの子が!」


 ちよと呼ばれた少女は嬉しそうに母親に近寄った。

 母親の方は何処か行かないように小さな手を握る。


「いえ」


 空が立って振り向くと、母親は少しだけ目を見開いた。

 母親が来た方角とは反対側に痣があったため、空が立ちあがって振り返るまで痣があること分からなかったのだろう。。


「大丈夫ですよ。この痣は移ったりしませんから」


 空は日ごろから不安にされていることだったため、平然と答えた。

 空も親の立場になれば、移るのではと我が子を心配するだろうと思うので、クラスメイト達とは違って傷つきはしなかった。


「あっ!? 別にそういうこと思ったんじゃなくて!? た、ただ驚いたもので……。ごめんんさい……」


 申し訳なさそうに頭を下げる母親に、空も申し訳なさそうにする。


「い、いや気にしてないので大丈夫ですよ」

「私人の顔見て驚くなんて最低ですよね……。本当にごめんなさい!」

「い、いや本当に気にしてないので!」


 それからお互い低い姿勢で言い続けて一向に埒が明かなかった。

 そんな様子を見たちよは面白おかしそうに笑った。2人も互いに見合ってつられるように笑った。

笑う親子は八重歯が鋭く尖り、特徴的だった。


「娘の面倒を見て頂きありがとうございます。迷惑おかけしませんでしたか?」

「全然。ね?」

「うん!」


 空が促すと、ちよは元気よく頷く。

 母親は去る前にもう一度感謝の言葉を述べて、ちよと共にレジの方へと向かった。


「バイバイお兄ちゃん!」

「バイバイ」


 ちよは手を振り、空も手を振って見送った。

 ちよと母親は楽しそうに話し合いながら歩いて行った。空が微笑ましい光景に和んでいると、周りにいた人から怪訝そうに睨まれて緩んだ顔を引き締めた。

 一通り食材をカゴに入れた空は会計を済ませて家へと向かう。

 スーパーを出ると外はすっかり日が傾き始めていた。

 暗くなる前に帰りたかった空は買った食材を自転車カゴに入れ、少し強くペダルを漕いた。

 道路は帰宅する車で未だに混雑しており、時折クラクションが鳴り響いていた。

 道路沿いを走っていると信号が赤になったため空はブレーキを掛けた。信号が変わるのを待っていると、対向の歩道に見覚えのある姿があった。


「あれは……」


 空が目にしたのはトイレでの騒ぎを聞きつけてやってきた女子生徒の姿だった。

予期しない人物との遭遇に空は驚くが、それよりも彼女が凄まじい速さで駆け抜けていることに驚愕した。


「早ッ!?」


細い足に関わらず、どこからそんなに早く走れるのか空は不思議でしかたがなかった。

手提げカバンと竹刀袋を肩にかけ、縫うように人ごみを上手く避けて行く女子生徒は空が進む道へと曲がった所で、信号が青に変わる。


――何であんなに慌てたんだろ……?


女子生徒があそこまで全力で走っているのか気になっていると、彼女が走って行った方向からサイレンの音が鳴り響く。

異変を感じ取った空はサドルから尻を浮かせてペダルを漕いだ。

空が全力で追いかけた結果、彼女の背中を捕えることが出来た。

見失わずに済んだことに安堵するも、彼女の後を追ってどうするのか疑問が浮かんだ。


 ――そもそも何て声をかけるんだ……?


 咄嗟に行動したため、何も考えていなかった空はどうするか悩んでいると、前を走っていた女子生徒が突然曲がったため、咄嗟にブレーキを掛ける。立ち漕ぎしていたこともあり、危うく前方に飛んでいきそうになりながらも、空はなんとか留まる。

 空は彼女が曲がった道を見ると、そこは建物に挟まれて、ひと一人が通るのがやっとな路地で、夕方頃ということもあり、うす暗く不気味な道だった。

 最初女子生徒がこの道に向かったのか疑ったが、うす暗い道の先に彼女の後ろ姿が目に映る。


「なんでこんな所を……」


 空は女子高生が危険を伴いそうな道を帰り道として使うとは思えなかった。

 後を追うか躊躇していると彼女は路地を曲がってしまった。

悩んでいる間にも先ほどから聞こえるサイレンの音が大きくなる。


「迷っている場合か……!!」


 空は自転車を路肩に止め、姿が見えなくなった女子高生の後を急いで追いかける。

 道が暗くて足元が見づらかったが、思ったよりも路地は小綺麗で、物など落ちていなかった。

 空が女子高生と同じ場所を曲がると少し道幅が広くなる。

 表の店の裏口になっているようで、各扉の前にはダストボックスなどが幾つも置かれていた。扉の付近には電灯が設置され、疎らながら明かりが灯っていた。

 足元が明るくなるも、女子生徒の姿は見当たらなかった。入り組んで先が見えない道に空は怖気づきそうになるも、空は彼女の姿を見つけるために走る。

 湿気ぽい路地は表の店が流している音楽が漏れ聞こえたり、換気扇から漂うスパイスの香りなどが漂っていたりしていた。

 様々な情報が詰まった路地で何度も枝分かれする道を悩みながらも勘を頼りに進む。

 代り映えしない道で何度も曲がり続けたため、同じ場所を回り続けているような錯覚に陥る。


「もしかして早い段階で路地を抜けたのか?」


空が一向に彼女の姿を見つけられず、諦めかけたその時だった。

 何処からか騒音と共に悲鳴が上がった。


「なん――」


 空が歩みを止めた瞬間、左側の壁が轟音と共にバラバラになって目の前を通過した。


「――ッ?!」


 いきなりの出来事に空は飛び跳ねるように体を震わせた。

 壁だったコンクリートは狭い路地であちこちに跳弾し、その一部が空の頭の横を通り過ぎる。

 幸いにも直撃は免れた空だったが、あと一歩進んでいたらただでは済まなかったであろう状況に肝を冷やす。。

 空が呆然とその光景を見ていると 舞い上がった土煙に人影が映る。


「がはっははははは! 俺を止める事なんて誰にもできねぇぞ!」


 土煙が収まると、笑い声を上げた人の姿が見える。

 空よりも一回り大きく、腕や太もも、肩が異常に膨れ上がっていた。元々白かったであろうヘルメットや服が赤黒く汚れ、顔を覆うようにヘルメットに装着されたフェイスガードには格子状広がり、鋭いドケが点在した。露出した肌は紫色に染まり、その手にはボールの代わりにレジを抱えていた。

 そんな異常な姿を見た空は、それが何なのか察する。


「か、怪人……!」


 始めて目の当たりにする怪人に空は息を飲む。

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