第1章『日常』③
その光景を見た空は彼らが何をしているのか悟った。そして、目の前にいる男子生徒の役割が見張りを担っていたことも。
その場を去ろうとしない空に苛立ちを覚えた男子生徒は鬱陶しそうに言う。
「おい。目障りだから早くどっか行けよ」
「……やっぱり我慢出来ないので、使ってもいいですか?」
空はへらへらしながら踵を返して男子生徒に振り向く。
「はぁ? 何言ってるんだお前?」
眉間に皺を寄せて先ほどよりも怒りを露わにしていた。
「い、いやその……。 ほ、本当すぐそこまで来てるんで!」
「あっ!? おい!」
男子生徒を押しのけて空はトレイへと入る。
思わぬ訪問者にその場にいた者達は驚きをみせる。それは空の要旨をも見たのもあった。
トイレには先ほど見た眼鏡をかけた男子生徒に、彼を囲むように三人の男子生徒達がいた。
「な、なんだこいつ?」
「何やってんだよ。誰も入れんなよ」
「わりぃ……。でもこいつがいきなり入って行きやがって……」
外で見張りをしていた男子生徒は、退路を塞ぐかのように空の後ろに立つ。
上級生達は睨みを効かせながら見つめてくる。全員空よりも慎重が低かったため、見上げる形になっていた。
上級生達は制服を着崩して、アクセサリーなどを身に着けていたところからやんちゃそうなのが見て取れる。
自らライオンが居る檻の中に入ってしまったような事をした空は、喉を鳴らした。
「こいつ一年かよ。でかいから三年かと思ったわ」
「――わっ!?」
眼鏡をかけた生徒は上級生の内の一人にいきなり押し倒された。
「ち、ちょっと!?」
空が近寄ろうとした途端、目の前に上級生が立ちはだかる。
「で? 気持ち悪い痣のお前はなんの用?」
悪意あるその言い方だったが、空は気にせずに答える。
「が、我慢が出来なかったので……」
「は? 今取込み中だか余所に行ってくれない?」
「いや、それは……」
「何? 文句あんの?」
空の言葉を遮って上級生の一人が空の胸倉を掴む。
今すぐその場から逃げだしたかった空だったが、眼鏡をかけた男子生徒を見て思いとどまる。
緊張で口は渇きを訴える中、空は何とかして言葉をひねり出した。
「ほ、本当に我慢出来ないんですよ!」
「はぁ? そんなに漏らされたいのか?」
必死に訴え掛ける空に、他の上級生達は笑
い出した。
上級生達は空が完全に委縮している姿を見て、見下し始めた。
「てかお前、何へらへらしてるの?」
胸倉を掴んでいる上級生は空が笑っている事が気に食わないず、掴む力を強める。
「お前もシメられたい?」
その言葉に眼鏡をかけた生徒はびくりと震わす。
胸倉に引っ張られたために前かがみになっている空は唇を震わせながらも、口を動かした。
「――ばい……」
「あ?」
声が小さすぎて何を言っているのか分からなかった上級生達が聞き返そうとした途端、空は大声を上げた。
「――も、もう限界ですぅ! トイレさせて下さい!」
「こ、こいつ!?」
いきなり大声を出し始めた空に上級生達は困惑する。
「やばいんですって!」
「――ッ!? 静かにしろ!」
空の声は響き渡り、廊下にへと伝わって行く。
廊下では空の声を聞いた者達が何事かと騒ぎ出した。
「お、おい! ずらかろうぜ!」
「くそっ!」
上級生達はこの状況を誰かに見られたら面倒事になると焦り出した。
胸倉を掴んでいた手を離して、人が集まりだす前に上級生達はその場を後にすることにした。
「覚えとけよ痣野郎……!」
捨て台詞を吐いて上級生達は足早に去ってった。
「はぁー……」
その場をやり過ごせた空は安堵する。そして、その場に残っていた生徒に声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……」
声を掛けられた眼鏡をかけた生徒は空におびえた様子だった。
眼鏡をかけた生徒の前髪は目元が隠れるまで延び、体つきは細く、元々低い身長が猫背のためにより一層低くなっていた。
眼鏡をかけた生徒は先ほどの上級生と同じ色のネクタイをつけていた。
痣でそこまで怖がらなくてもいいのではと思いながらも、空は倒れている上級生に手を差し出す。
「っ……!?」
眼鏡をかけた生徒は咄嗟に腕で顔を隠し始めた。
――ふ、触れられたくもないのか……。
空は慣れていたとはいえ、こうも露骨に嫌がれると傷は大きい。
怖がられたままではいけないので手を引っ込めようとすると、背後から声を掛けられる。
「何をやっている?」
驚きながら振り返るとそこには、一人の女子生徒がトイレの入口で立っていた。
肩にかかるぐらいに伸びた髪の彼女は身長は高く、細身だった。
まるで人形のような女子生徒は眉間を寄せて腕を組み、威圧的な態度を取っていた。
「騒いでいたのは君たちでしょ?」
どうやら空が大声を上げたのを聞きつけたらしい。
「え、えっと……」
どう説明するか空は悩んだ。
仮にここで起きた事を正直に話せば、お咎めなくその場を去れるかもしれないが、眼鏡をかけた生徒のその後が何事も無いとは思えなかった。
教師に話が渡ったとしても、虐めをしていた上級生達がそれを認めるとは思えないし、ばらされた事によってより虐めが悪化する可能性すら考えられる。
答えあぐねていると、上級生が自ずと立ち上がって女子生徒を避けて逃げるかのように出て行ってしまった。
「え?」
女子生徒が声を掛ける間もなく、眼鏡をかけた生徒は階段を下りて行った。
彼が何故突然出て行ったのか困惑しながら、女子生徒は空へと向き直す。
「君虐めとかしてた?」
「し、してない!? してない!?」
あらぬ疑いをかけられた空は首を振って必死に否定した。
「……っそ」
それを聞いた女子生徒は空の顔を見つめた後に、その場から去って行った。
その場に一人だけになった空は、大きく溜息を吐いた。
ーーまた、やってしまった……。
幼い頃から厄介ごとに首を突っ込み、その度に手酷くやられていた。
高校を入学してから間もなくして、上級生達に目をつけられてしまった空は今後の高校生活に不安を抱く。
胃の痛みを感じながら、空はトイレを後にした。
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