第1章『日常』②
電車に乗って幾つもの駅を通る。その度に人々が入れ替わった。
そんな中、空がスマートフォンを操作していると、車内にアナウンスが目的の駅に着くことを告げる。学校の最寄り駅に着いた空は乗客たちの隙間を縫って電車を降りた。
電車から降りると周りには同じ学生服を着た生徒たちが同様に下車していた。
入学して四日経ったが、未だに通学路が朧げな空は記憶を辿りながら歩いていく。
歩いていくと、連なるビルの間に空が通っている学校が現れた。
レンガ造りのような外見をしている学校はまるで英国の建物ようだった。学校では珍しい作りなこともあって、校舎の雰囲気に憧れて入学する生徒もいる程だった。
そんな学校に辿り着くことが出来た空は、自分のクラスに向かう。
内装も外見を崩さないように凝られており、。窓や柱一本にしても細かく模様が描かれていた。 海外にいるような錯覚を起こしてしまいそうになる校舎を歩いて、空は自分のクラスへと着く。
クラスに入るなり、クラスメイトは電車の乗客と同様に様々な感情を向けてくる。空はそれらの視線を無視して自分の席に座った。
空が席に座るなり、クラスメイト達は小声で話し始めた。
「……土方だ」
「眼つき怖いよな……」
「てかアイツ絶対俺らとタメじゃないだろ」
「何か高校受験で失敗し過ぎてこじらして五浪もしたって聞いたよ」
空に聞こえてないつもりで話しているようであったが、空の耳には怪訝そうに話す声が届く。
クラスメイトと同い年なのにも関わらず、老け顔の空は二十代と思われていた。長が高く、細く垂れ下がった眼には厳つさがあった空はクラスメイトにとっては近寄りがたい存在となっていた。そして何よりも首から左頬に掛けて続く赤い痣のような痕がその思いを強くさせていた。
生まれつきある痣は、常に周りの人間から弄られてきた。
「あの痣って病気か何かかな……?」
「うつったりしそうで嫌だな……」
入学当初から仲良くなっていた女子二人は自分達に害がないのか、不安そうに様子を伺っていた。
ーーやっぱりここでも言われるか……。
分かっていた事だとはいえ、露骨に嫌な顔をされて空は少し落ち込む。
小さく溜息を吐くと、それを掻き消すかのようにチャイムが鳴り響く。
暫くして教師が入って来るや、生徒たちはそれぞれの席に戻って行った。
「出席取るぞー」
次々と生徒達の名前が呼ばれていき、空の番が回ってきた。
「土方」
名前を読み上げながら空を見た教師は、ほんの一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
「……はい」
返事を済ませた空は再び小さく溜息を吐いた。
朝のホームルームが終わった後、歴史の授業が始まった。
生徒たちは黙々と教師の話に耳を傾けながら、黒板に書かれていくことをノートに書き留めていた。
眼鏡をかけた教師は無精ひげに髪は乱れ、服装はくたびれていてずぼらな様子だったが、話し方は穏やかで面倒見のいい教師で、空にも気兼ねなく声を掛けてくれる。
歴史の教師である平剛(へいごう)は見た目と性格のギャップもあってか、入学してからまだ日が浅いのにも関わらず、クラスでは人気の教師だった。
そんな平剛が黒板一杯に文字が埋まった所で授業と関係ない話題を振った。
「さて時間も余った事だし、皆が好きそうな授業をしよう」
その言葉を聞いて皆喜びの声を漏らす。
平剛が好かれる要因の一つが、ヒーローについて語ってくれることだ。
ノートに書き留める必要はないと先に断ってから平剛は話し始めた。
「私達を守ってくれるヒーローが誕生されたのは1933年のアメリカ合衆国のとある町で人類初のヒーロー『ピースマン』が現れた」
平剛は紙を掲げて皆に見せる。紙にはモノクロ写真がプリントされ、そこには胸元にVと書かれたタイツを着た男がいた。
背にはマントを羽織り、目元を隠したマスクをはめていた男は笑みを浮かべていた。周りには一般人と思われる人々が囲むようにして立っていた。
囲んでいる人々の表情には憧憬を含んだ笑みを浮かべていた。
「これがピースマンと呼ばれたヒーローだ。彼の体は鋼の如く固く、銃弾をも弾いていたと言われている」
漫画のような話だったが、それこそがヒーローと言われる所以の能力だった。
ヒーローの多くが何かしらの特別な力を持っている。
何故、彼らが能力を手に入れられたのかは判明されていないが、一説によると精神の変化による影響が原因とされている。
「ピースマンは当時あった禁酒法などによる暴動や、ギャングによる銀行強盗などの犯罪を阻止していた。そんな彼の行いは、世界恐慌によって極貧を強いられていた市民達に勇気を与えていたんだ」
他にもピースマンは時にギャングから巻き上げた金で食べ物を買っては、子供たちに配っていたなどの逸話を聞いていた生徒達は皆食い入るように聞いていた。
「それから暫くして国内経済の恐慌は回復し始めていた頃、突如最悪は現れた……」
最悪という言葉に皆、息を縫む。
「それは怪人だ」
怪人は自然、化学、精神の異常に影響を受けた者が、人ならざる姿になった者のことを指している。ヒーローと同じように何故怪人になってしまうのかは定かで無かった。
「初めて現れた怪人は周囲の人間を襲い、街を無茶苦茶にした。悲鳴が湧き上がる中、市民を守るためにピースマンは現れて怪人と対峙する。これがヒーローと怪人が始めて戦った『悪と交わり日』と言われる日だ」
世界恐慌から脱却する間近で起きた出来事。それはまるで意思を持った何かが人類を助けまいと生み出したのではないかとされている。怪人は恐慌の産み子とも呼ばれる。
世界恐慌から完全に回復した後にも、怪人はどことなく現れ続けた。その結果、世界恐慌が最後に残した恐怖として『恐慌の遺産』と呼ばれるようになった。
「頑丈な体でも苦戦を強いられるピースマンだったが、見事怪人を倒すことが出来た。そして、これがその……」
平剛が新しい新しい紙を取り出そうとした時、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、もうこんな時間か。それじゃ続きはまた今度」
続きが気になる生徒達からブーイングが起こるも、授業は終わる。
平剛が何を取り出そうとしていたのか聞きに行く生徒がいたが、教卓の近くに座っていた空は平剛が取り出そうとしていた紙が見えていた。
そこに映っていたのは傷を負いながらも笑みを浮かべるピースマンと、その傍らに首に縄を吊るされた怪人であろう姿があった。
ーーどうして……。
空が思いにふけていると、平剛を囲った生徒達が騒がしくなる。
「うわっ! これが最初の怪人なんだ!」
「こんな強そうな化け物に勝つなんてすげぇな」
「手に鉄砲みたいのも付けてるじゃん!」
クラスメイト達が怪人の姿を見て喜んでいる姿を見て、空の心に更なる思いが強くなる。
ーーどうして皆何も思わないんだろう……?
そんな疑問を抱いたまま空はその日の授業を終えた。
帰りのホームルームが終わると、殆どの生徒が部活へと向かった。そんな中、終始誰とも話さなかった空は荷物を纏めて帰ることにした。
空が立ち上がると教室に残っていた者達が驚き、無言になる。誰にも気が付かれない程度の溜息をしながら、空は教室を後にした。
廊下にいた生徒達は空が現れた途端、道を譲るかのように廊下の端へとより始めた。
視線に囲まれる空が開いた道を通ると、背後は活気を戻したように再び会話を始めた。
空は人がいない場所で溜息を吐く。
「今日も誰とも話せなかった……」
空は自身の痣が怖がられていることを知っているため、怖がらせまいと自身から近寄れずにいた。痣以外にも要因があるとも知らずに。
空は項垂れながら階段を下りていると、何処からか争っているような声が聞こえた。
周囲を見渡したが数人の生徒が他愛のない会話で盛り上がっていたり、部活に向かって急いでいる者がいたものの、争っているような光景は見当たらなかった。
始めは気のせいかとも思っていた空だったが、改めて周囲に意識を向けると、微かではあったが何処かで争っているような声がした。
声がした方角を調べてみると、どうやら空が丁度降り立った2階の廊下にある隅のトイレからのようだった。
生徒達がトイレにたむろして話しているだけかと思ったが、悲痛な声と共に時に下劣な笑い声が響き、空は異様に思った。
「……」
空はいつの間にか声がする方に向かっていた。
トイレに近づくと声はより明細に聞こえた。それは相手を罵る言葉の数々がだった。そんなトイレの前には一人の男子生徒が立っていた。
学生服の中にフードを着た男子生徒は何かを噛み続けながら、スマートフォンを弄っていた。
その男子生徒が空に気が付くと、一瞬戸惑った様子だったが、すぐさま威圧的な態度に出た。
「おい、何見てんだ」
男子生徒が空の容姿を見ても威圧的な態度を取ったのは、空が身に着けているネクタイが原因だった。この学園では学年ごとにネクタイの色を変えており、一年は青、二年が緑、三年が赤と分かれていた。空が一年だということを知って強気に出たのであった。
逆に空は緑のネクタイを着けた男子生徒が上級生だと知ってたじろう。
「い、いや……」
へらへらしながら物怖じする空の様子を見て、ギャップに手を払って追い返す。
「今トイレ使用禁止中だから別のとこ行け」
「は、はい……」
入学早々に上級生に絡まれるのは避けたかった空は、足早にその場を去ろうとした時、トイレの前に立っていた男子生徒の後ろで、眼鏡を掛けた男子生徒が髪を引っ張られているのが見えた。
痛みに耐えるように歯を食いしばった眼鏡の生徒を見て、空は足を止めた。
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