第8話初めての遠征(前編)
「国王様、ガストン伯爵がお見えになっています」
「通せ」
国王は机に広げた資料を手早く片付け客人を迎える準備をする。
今回は謁見の間ではなく、執務室での話だ。それほどまでに重要で秘密にしなければならない。
「お久しぶりです、国王様」
「ああ、元気であったか?」
今国王と向かい合っているのは、ガストン伯爵。
聖王国ホーロレンの南に領地を与えられてから二度目の訪問となる。
国王にとっては全員等しく人であって、それは国王においても適用される。
「そう固くなるな」
故に国王はあまり格式というものに拘らない。
「では、早速本題に移らせていただきます」
ガストンはそう前置きをすると話し始めた。
今日話されるのは次回の貴族議会の内容についてだ。半年に一度だけ開かれる貴族議会。
各自の領地位で起こった出来事の報告、それに対しての措置及び法の制定、後はギルドの成果報告が目的だ。
各領地にある街にはそれぞれギルドがあり、そこには毎日いくつもの依頼が寄せられる。それによる収益の一部は国へと還元されるためとても重要な事なのだ。
国の収益だけでなく魔物の目撃情報なども大事だ。今まではいなかった魔物が近くに住み着けば領民たちには不安が広がる。それを迅速に対処することも国の仕事なのだ。
「ここに来る道中、砦後に魔物の大軍を発見致しました」
「何?」
国王は思っていた話と内容が違うことに少し驚いた。だがそれでも少しだ。
砦後があるのは街を出て南にある山の中腹。そこには強い魔物はあまり生息していない。それに、山から急いで向かったとしても二日はかかる。
「魔物の規模は?」
「只今調査中です。何分規模が大きすぎて近づくこともままならず」
「では動きは?」
「今のところはありません」
「そうか、では緊急討伐依頼の準備を。魔物の規模と種類が分かったら即刻出せ。それから街の南門を封鎖しろ」
「承知しました」
国王はガストンに指示を出すと再び資料を開く。
今度は全く何も書いていない紙だ。それにすらすらと文字を書き並べていく。
「これをギルドまで届けろ」
「はい」
ガストンはもう既に部屋にはいない。部屋のどこからか返事が聞こえると音も立てずに闇が立つ。
その表現が正しいかは定かではないが、その人物の特徴は捉えられない。それほどまでの隠密能力。闇と表現する他ない服装は黒一色。
その人物は国王から紙を受け取るとまた闇に溶けるように消えていった。
国王専属部隊〈闇〉
その名の通り国王の命に従い、諜報等暗部の仕事をこなす。
その部隊の人数は国王しか把握していないほどの徹底ぶり。仲間内ですら詳しい事情は知らされていない。
「全く、厄介な事が重なりおる」
誰もいない執務室に国王の独り言だけが零れる。
「この依頼とかどうだ?」
俺達は今ギルド内で掲示板を眺めていた。
「報酬が割に合わないわよ」
リークが指しているのは街の南にある街までの護衛任務。
「私たちの拠点はこの街よ、そんな往復に十日もかかる依頼なんで時間の無駄よ」
隣町までは馬車で五日。つまり往復で十日もかかる。俺達は駆け出し冒険者だ。少しでも多く依頼をこなしたいというリゼットの言い分も分かる。
「じゃあ、依頼を複数受けて帰りの五日でその依頼を消化しながら帰ってくるっていうのは?」
俺はリークをフォローするように助言を出す。
「ほら、ここら辺の依頼だったら期限も一ヶ月以上あるから失敗のリスクも少ないでしょ?」
「ウト〜!」
リークが何やら涙目で俺に飛びかかってくるがそれは無視だ。
「...そうね。それならいいわよ」
「あのリゼットが折れた!?」
リークはリゼットがリークの意見に反対しなかったのが余程驚いたようだ。
「なっ、私だって合理的な判断くらい出来るわよ!」
リゼットは心外だとでも言いたげに頬を膨らませる。
「いや、ウトがいなかった頃は男が俺一人だったから肩身が狭くてな」
ハーレム自慢ですか?と、少しイラッと来なくもないがここは大目に見てやろう。俺は優しいからな。
「まぁ、この二人と一緒だと肩身が狭くなるよな」
「何でこの二人、なんだ?」
「え?」
「え??」
俺が言いたいことをリークは理解出来ていないようだ。
リークが言っているのは男女比で負けているから肩身が狭いということ。でも俺が言いたいのは、
「お前、ホントに主人公みたいだな!」
「はぁ?」
リークはわけがわからないと言ったふうに「?」を浮かべる。
リークは鈍感すぎる。この数日間ずっと一緒に依頼をこなしたり夕食を共にしたが、リゼットは少なからずリークに恋心を抱いている。それに全く気付かないとは、どんだけ主人公やってんだよ。
「そんな調子だといつか大事なことを見落とすぞ?」
人生の先輩として助言をあげる。俺は前世ではリーク程ではないが、大事な事を見落とした経験者だからな。
ああ、あの時なんで他の女の子に告白したんだろ...
そんなことはどうでもいいんだ。今は依頼のことだ。今後の方針が定まったのなら準備に取り掛からなければいけない。
依頼の出発日の前に確認と打ち合わせで集まる日がある。それが明日。
こんな所でのんびり話している暇はない。
「今日は保存食とかの買い出し、後は野営道具も準備しないとな」
「それじゃあまずは野営道具だな」
リーク達の後ろをついて行くと大きな店が見えてくる。
今いるのは商業区。その中でも特に大きい通りだ。
「ウト、あまり小道には逸れない方がいいよ、怪しい店もいっぱいあるから」
リゼットが建物の隙間を見ながら言う。先輩としての助言というやつだろうか。
大きな通りに面しているのはギルドや国から認められた優良店だ。大きくなくても通りに面している店に対しては商品に一定の保証がつく。この立地というのはその店の価値そのものと言っても過言ではない。
俺達が入ったのは万事屋だ。野営に必要な物の基本的な物から虫除けアイテムのような便利グッズ等、多種多様な品物が売られている。
その中から一番機能性を重視したテントを買う。一番安いものと比べると4000シルも差があるが、このテントは出し入れが簡単で準備にかかる時間が大幅に短縮される。実際に万事屋で使い方を教えて貰い使ってみると予想以上の速さだった。
さらに収納時間だけでなく軽さ、丈夫さ持ち運びやすさ、広さ。四人で使うには十分な性能だと言える。頑張れば五人でも使えるらしい。
それから買ったのはランプだ。油を燃料に半径3m程までなら照らせる。松明もいいが荷物が嵩張るため長旅にはランプが重宝されている。
「後は保存食か」
万事屋で買った荷物を一度整理し身軽になった俺達は街の中央広場にいた。
堅パン、干し肉、燻製肉などなど。保存食として売られている食べ物はいくらでもある。
「後、人数分の水袋も用意しないと」
今回の依頼では途中で給水ポイントがない。川なんかがあればそこで休憩を取るなど対策はあるが、南の街までの道のりに川はない。ちなみに湖のようなものもない。水は貴重なためしっかりと準備して行かなければならない。
「意外と高いわよねこれ」
リゼットは手に持った水袋を指して言う。一つ一リットルほどの容積で、それが一人二つ。つまり二リットルだ。
「荷物、保存食準備完了!」
明後日の出発日に向けての準備が完了し俺達はその日は解散となった。
明日は事前打ち合わせがあるため依頼を受けることは出来ない。他のパーテイとの兼ね合いや自分たちの担当する店の割り振り等、やらなければいけないことが沢山ある。労働者組合の方で段取りは組んでくれるため俺達はいるだけでいい。
「明日は集合時間に遅れないように。では解散」
「じゃ!」
「さよなら」
リークの掛け声により今日のところは解散となった。俺はどうしようか。今日は特に依頼を受けていない為暇がある。お爺さんのところに遊びに行くか。
久々に初めて依頼を受けた時のお爺さんの家に行く。細い路地に身を隠し一瞬で移動する。便利な力だ。
「お爺さーん!」
「ヤッバ!また失敗じゃ!」
慌てた様子のお爺さんの声の後に破裂音が響く。
「またか」
久々に来てみたが何一つ変わっていないようだ。まさか登場シーンまで変わらないとは思わなかったが。
「ウトか、どうしたんじゃ?」
「暇が出来たので遊びに来ました」
「そうか、なら儂の研究所の掃除を手伝ってくれんか?」
そう言って中に戻っていくお爺さんの後をついて行く。
「また派手にやりましたね」
「まぁの。今回は空気を圧縮する魔道具を発明したんだがな。まさか圧縮した空気が爆発するとは思わんかった」
お爺さんは常に突拍子もない発明をする。その内化学を発明してこの世界にも地球のような文明社会が、それよりももっと進化した文明が出来るかもしれないな。
「そうだ、折角手伝ってもらうんだしこれをお前さんにやろう」
そう言ってお爺さんが取り出したのはクリムゾンロックボムだ。閃紅石と呼ばれるお爺さん特製の爆弾だ。
「火気厳禁だが最初の試作よりも威力は抑えてある。使い方によっては役に立つと思うぞ」
正直使う機会など滅多に来ないだろうが有難く受け取る。
「とりあえず掃除しますか」
あまり来ないうちにすっかり散らかった研究室をテキパキ隅々まで片付けていく。例に漏れず掃除が終わったあとにはお爺さん専属メイド、フリアちゃんの手作り晩御飯をご馳走になった。
「それじゃあ、僕はこれで」
「またの、いつでも遊びに来ていいからの」
「はい」
お爺さんと別れギルドの宿へと帰る。明日からは本格的に遠征の準備が始まる。今日はしっかりと休まなければ。
────────────────
〈ステータス〉
宇都光太郎 15歳 男 Lv6
職業:冒険者
体力57
敏捷57
筋力56
耐久50
魔法50
〈スキル〉
・バク修正...任意の対象に干渉する
・異世界言語...異世界の言語が話せる
・ステータス...自分の能力を視覚化する
変化なし
元ゲームプログラマーの俺は異世界で何とか生きてます。 小豆餅 @azukimoti
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