第8章 天涯の皇帝天子エンペラ

      1


 女の人の声がする。

 真檀弓マユミ様よりも、もっとずっと。

 高くて低い。

の声が届くか」

 カズラキよ。

 カズラキ?それは。

 俺じゃない。

「吾はカムナガラ。はカズラキではないのかえ」

 違う。ちがう、て。

 ゆいたいんだけど。

 声が。

 喉を奮わせようとすると已む。

 風が、

 凪い。

 身体が、ばらばらになる感覚。

 腕が、

 指先までが。軽い、やけに。

 ない。

 なくなってる。左を。

 見ないと。見てもし、

 なかったら。

「其は誰じゃ? 吾はカズラキに逢うためこうして参ったと申すのに」

 声が、

 聞こえてくる場所がわかった。左の、

 腕の。

 神験カミシルシ。そこから、

 声がする。

 女の人の。

「吾は其が欲しいのじゃ。其も吾が欲しいのじゃろ。こうして」

 ぞわぞわと。

 拡がる。腕を振ろうにも、

 重くて。やけに。

 さっきはなかった感覚が。

 湧き上がる。

 ぐつぐつと。

 熱い。あつい。

 やめろ。

 やめて。

「吾を解き放て。カズラキの血を引く者よ」

 腕が。

 腕が勝手に。

「射るがよい。吾はそもそも其の制御下にはおらぬ」

 駄目だ。

 そんなことをしたら。

が心配かえ? 輩等また探せばよい。其は吾と共にあるのじゃ。幾星霜を吾と共に生き、吾と共にカズラキを」

 カズラキって誰?

「知らぬのか? 最も古く、最も長く吾と共にあった、其の祖先。弓杜封界ゆみもりふうかい宮シンが南遊封海みゆもりふうかい神シンと呼ばれておった遥か昔じゃ。其は祖国の興りを習わぬのか?」

 習ったかもしれないけど。

 右から左に抜けた。

「おかしな奴じゃな。祖国を護るには必要な知識であろう? なぜ憶えておらぬのだ?」

 いや、それは。

「まあ、よい。吾を解き放て。簡単じゃ、その左腕」

 あつい。

 熱い。

 おもい。

 重い。

「切り落とせば済む話だ」




     2


 第二射が上に向かって放たれたため、天子廟の天井が落ちて来た。

 丸くくり抜いた青空が見える。

 妖族エルフ魔女ウィッチの防壁で怪我ひとつないが、ヨイッチの左腕の紋様――神験カミシルシが心配だ。

 アレが指先まで達したが最後、ヨイッチの自我は神随カムナガラに乗っ取られるらしい。

「ああ、よかった。無事でしたね」祓魔師エクソシストが空間を割って現れる。「だいじなことをお伝えに来ました」

 祓魔師がいままでどこにいただとか、どこから出て来たのかとか、ひたすらにどうでもよかった。

 瓦礫上を滑りながらやってくる。禍々しい闇を帯びた姿が視界に入る。

 屍術師ネクロマンサ。

「また会えて光栄です、唯一の錬金術師」

 鎖骨の間に4の刺青。

 武世来メンバの証。

「アレはお前の仕業なん?」ヨイッチの暴走。

「リマさん、ご説明は?」屍術師が魔女に尋ねる。

「した。けど、止めるのは別」魔女はヨイッチの第三射に警戒しているようだった。

 何らかの動きがあればすぐに、防御防壁を展開してくれる。

 心の限り頼もしいが、根本的解決になっていない。あんなもの無尽蔵に撃たれてみろ。

 天子廟の大破だけじゃない。

 天子廟香カラ自体が滅んでしまう。

「エネルギィ切れを待つゆうても、その前に俺らがもつかどうかやな」

 ヨイッチの周りを六宮リキュウの内の5つの武器が取り囲んでいる。

 降動関槌フドウセキツイ≪普然施アマネシ≫

 天候仙ウォロックは、返すつもりは微塵もなさそうな素振りで構える。いや、むしろその他の武具が暴走しないように見張っているような節も感じられる。

 神随カムナガラの防御は、魔女が。

 六宮リキュウの相手は、天候仙が。

 とすると、やはり、消去法でヨイッチを止めるのは俺がやらなければいけないのか。

「時間をかけるのは得策ではありません。ご存じの通り、神随カムナガラは神術カムスベに属します」祓魔師が解説する。「魔素や要素エレメントより高次でかつ、無限に近い神の力を根源に持つのです。よって、エネルギィ切れというのは理論上起こり得ません。神術カムスベを止めるのは、神を殺すことに等しい」

「は、無茶なことさせようとしとんな。俺はただの自称錬金術師にすぎんゆうとるのに」

「あなたならできる」魔女が呟く。

 できるできないではなくて、方法論を知りたいと言っているのだが。

「神随カムナガラの正体は太古の神具などではない。神そのものです」祓魔師が言う。俺を説得しているのだろう。「神験カミシルシというのは、神実カムザネの肉体を現界の寄り代とするいわば増幅器です。あれさえなければ、武闘士ファイタの命は助かります。早く、手遅れになる前に」

「俺に左腕、切り落とせゆうこと? んな」

「無茶でもなんでも。あなたは彼を助けたくはないのですか? いまなら彼ごと世界を守れます。選択の余地はない」祓魔師の手に鎌が握られる。「わたしがフォローします。精霊召喚は、神術カムスベと相性が悪い。純粋な錬金術のみが効力を持ちます。さあ、術を練って」

「ほんまかいな。そげな、けったいな」

「学長を信じましょう。彼の言うことは真実ですよ」屍術師の口元が裂ける。

「さあ、迷っている間にも彼の命は」祓魔師は必死そうだった。

 なんだろう。

 なにかが、

 ひっかかる。

「錬金術師! この期に及んでまだ彼の腕一本如きと全世界とを天秤にかけるというのですか?」

「なあ、学長サン。お前を信用してへんわけやないんやけど、なんやおかしない?」

「どういうことですか」

 あまり話をしたくないが仕方がない。この場で一番知識がありそうな奴に鎌を掛ける。

「屍術師。ちょおええかな」

「はい、なんなりと」屍術師が不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。

「弓守キュウシュゆうんは、神験カミシルシが出た時点でこうなる運命やったん? それとも神随カムナガラを射る回数で侵蝕度合いが進むんかな」

「さすがは唯一の錬金術師」屍術師の声が上擦る。「ご明察。両者ともご想像の通り。ですからリマさんがそうならないように六宮リキュウを強奪して手元に置いていたのです。しかし、弓守キュウシュ様、いいえ、カムナガラは覚醒まであと一歩のところまで来てしまった。こうなれば六宮リキュウを壊そうがどうしようが意味がない」

「手遅れゆうこと? ほんまのほんまに、他に方法はあらへんの?」

「と、言いますと?」

「俺はヨイッチの腕ごと世界を救う方法があらへんのかな、て思うとる」

「それはそれは」屍術師が口元に手を添えて笑う。「何とも都合のよい」

「ありません。ないんです」祓魔師が言う。「ですから、早く」

「来る」魔女の声。

 こんな短いインターバルで最大威力を撃ち放題とか、神術カムスベの規格外を思い知る。

「下がって」魔女が防御壁を展開する。

 ヨイッチの周りがホワイトアウトする。

 気のせいでなければ、撃つたびに威力が上がっていやしないか。

「おやおや、これはこれは」屍術師が見遣った先。

 そっちは。

 海。

「あかん! ケイちゃんたちが」

「戻ってください」祓魔師が呼び止めた気がしたが。

 神随カムナガラの目標が、海の上で戦っているケイちゃんを目指しているのなら。

 行かなければ。

 防御壁の外に出る。

「だめ」魔女が言う。

「錬金術師!!!!」祓魔師の悲痛な声。

 神随カムナガラは光の矢ではない。

 広範囲消滅光線に近い。

 守るというより、報せたかった。

 逃げろと。

 ただ、それだけを伝えたかった。

 視界が白く染まる。



     3


 いっそ相手を交換したほうがいいと思うけど、そうすると僕が圧倒的に不利になる。

 化石竜フォシルダイナソアは、もともと骨だったところに要素エレメントで肉体を与えているだけなので、竜祝尊リュウホフリの言うとおり、食べるところがない。が、それは化石竜に限った話だ。

 余さず滅ぼした竜だけど、たった一体だけ残っている。

 僕だ。

「クウ、テメェがオニをやれっつってんだよ。わかんねぇの?俺は、譲ってやってんだよ」

「邪魔するなら全員殺す」

「だ、か、ら、オニだけ狙ってりゃいいだろうが。なんで俺の獲物まで」

 竜祝尊と暗殺士アサシンはこれ以上ないほどに相性が悪い。まさに犬猿の仲。

 傭兵ウォリアを竜祝尊を追い、竜祝尊が僕を追い、僕が暗殺士を追い、暗殺士が傭兵を追う。

 効率が悪すぎる。

「傭兵。提案なんだけど」

「なんだ」暗殺士の撃った見えない弾をはじいて、傭兵が振り返る。

「暗殺士はたぶん」

 足場にしてた天竜プテラが鳴いた。

 なにか、くる。

「たぶん?」

「まずい。後ろに」乗って、と言おうとしたけど。

 天竜プテラの機動力で間に合うのか。

 かと言ってアレを防ぐ術を僕は持っていない。迎撃するにしても要素エレメントは下位概念だ。

「オニ。余所見しないでよ」暗殺士の声がすぐ近くで聞こえる。

「一旦退避だ。神随カムナガラだ」なんで敵に注意喚起しなきゃならないんだ。

 竜祝尊の姿がない。

 気づいてたんならお仲間くらい連れていけ。

「羽撃たけ、天竜プテラ!!」傭兵の腕をつかんで天空へ。

 行こうとしたが。

「クウは?」傭兵が周囲を見回す。

「逃げたんだろ? そんなことより早く」この一秒が命の明暗を分ける。

「お前だけ逃げろ」傭兵が振り切って海に落ちた。

 海の中なら逆に安全か?

 いや、海ごと消される未来しか見えない。

「傭兵!!つかまれ」仕方ない。「水竜プレシオ!」

 傭兵が水竜プレシオの背によじ登った。

 神随カムナガラの高出力エネルギィ光線がもし、竜祝尊を狙っているとしたら。

 いや、竜祝尊の正体を考えたらまったくもって得策じゃない。

 なぜ神随カムナガラの照準がこちらを向いているのか。

「ごちゃごちゃ考えてねえでとっとと逃げたらどうよ」竜祝尊の声。頭の中に。「テメェと神術カムスベの相性は最悪だろうがよ」

 そんなことはわかってる。でも、ここで傭兵を見捨てて、傭兵が存在ごと消滅したら錬金術師に合わせる顔が。

 存在ごと消滅?

 待てよ。

「鬼は、神の眷族だろう? だったら神術カムスベは」

「オニがガチに鬼ならな」竜祝尊の声。「テメェ、正体知ってんだろ?」

 里離叢地サトリソウチ爐ヨミの鬼が云っていた。

 艮ツノナシ。

「俺は、テメェだけ無事ならそれでいんだがな。喰えるし。なんなら助けてやろうか?」

 嫌な予感がする。

 僕も詳しくは知らない。艮ツノナシが何なのか。

 角のない鬼。

 それだけではないはず。

 なんだろう、この。

 絶対に誤まってはいけない局面なのに、何を間違っているのか絶対にわからない嫌味な状況は。

「助けてやったらあとで喰わせてくれんの?」

「うるさい」天竜プテラを上空に向かわせている。とにかく上に。

「安全圏まで逃げてくれたご褒美にいいこと教えてやんぜ」竜祝尊が雲間に浮いていた。

 水竜プレシオが顕現している限り、傭兵の命は無事とみていい。

「お、その前に」竜祝尊が下を指さす。

 音というよりは光。

 雲の下が白で浄化された。

 水竜プレシオは、

 化石に戻った。

「傭兵!!!!!」天竜プテラで急降下しようとしたが。

「テメェは俺の餌だっつてんだろうが」

 道を遮られた。

「退け! お前なんか相手にしてる場合じゃないんだ」

「オニなら平気だっての。ああ、俺の説明途中だったな。悪ィ悪ィ」竜祝尊が首の後ろに手をやる。

 刀身の湾曲した刀が出てきた。

「忠告しといてやっけど、ここで俺と戦っといた方が幾分かマシだったて思っちまうぜ?」

「いいから退けよ。傭兵は」

 安否を確かめないと。

「生きてる。これでいいか」

「信じられない」

「信じたらどうよ。お仲間の安否ぐれぇ」

 そういう意味じゃない。そりゃ、生きてることを信じたい。だけど。

 神随カムナガラをまともに食らって、生きてる方がおかしい。

 まともに食らってないとしても、周囲にいたら風圧だけで身体がばらばらになる。

「さすがの神随カムナガラも海まで届いてねぇっての」竜祝尊は刀身を指で撫でる。「城から海まで何十キロあると思ってんだよ。どうだ? 安心したか? 安心したんなら」

 風が空気を断裂させる。

 頬を切った。傷の具合を確かめるよりもとにかく。

 急降下。

「逃げたって無駄だぜぇ?」視界に逆さに飛び込んできた。

 空中でもこの機動力。

 勝ち目は本当にあるのか。

「テメェの心配だけしてりゃあ、まだなんとかなったかもしんねぇがなぁ。オニはあんな程度でくたばらねえよ。元仲間の俺が云ってんだから信じとけよ」

 どうすればいい。どうすれば生き残れる?

 嗤える。

 勝つよりも、生き残ることを考えている。

 竜覇王ドラグナの僕が?

 生き残る??

「あ? 絶体絶命すぎて頭かしくなっちゃったかぁ?」

 刀身のリーチの外に後退する。

 海面が見えた。

 水竜プレシオの化石を回収。

「凍てつけ、氷竜ステゴ!!!」一応傭兵が海の中にいないことを確認してから呼んだ。

 足場を作る。

 傭兵は、どこに?



     4


 神随カムナガラが狙ったのは、スサでもクウでも、況してや竜覇王ドラグナでもない。

 俺だ。

(なんか言っとくことがないか)

 ≫なんのことだ?

 ≫後ろに気をつけたほうがいい。

「なんで助けたの?」クウが俺の後頭部に銃口を突きつける。「僕が納得する答えを言わなかったら殺すから」

「俺を殺す前に死ぬのは嫌だろ」

「それは」

 いまのところ神随カムナガラの射程距離は、天子廟から海岸線すれすれまで。

 もし次の照射で威力が上がったら海も安全とは言えない。かといって交戦中なのでこの場を放り出すわけにもいかない。

 一度狙った獲物をスサは見逃すとは思えない。竜覇王は確実に殺される。俺が手を貸したところで生存率が上がるかといえばそうでもないが、見捨てるのは気分的によろしくない。

 竜覇王が貸してくれた水竜は、クウが撃ち抜いて化石に戻った。海に落ちたので拾いに行けなかったのが心苦しいが、奴なら何とでもするだろう。もともと奴の使い魔みたいなものだ。

 言い淀んだクウが銃を手の中から消した。

「いいのか」

「あれなに?」

 無の道と化したメインロード。それを造ったというかむしろ壊した原因。

「神の矢らしい」

「邪魔なんだけど」クウが鋭く吐き捨てる。

「それはそうだが」

 撃った張本人が弓取りだとするとそうも言っていられない。

 俺を狙う理由はきっと。

(いい加減に明かしたらどうだ)

 九九九ココノクキュウを地面に突き立てる。

 無鬼ナキがこちらを見た気がした。

「何してんの?」クウが手元をのぞき込む。

「ちょっと待っとけ」

 九九九と無鬼の声はクウには聞こえない。

 ≫鬼になる覚悟ができたか。

(なったらどうなる?)

 ≫強くなるぞ。

(いまよりずっとか)

 ≫弓取りの小僧は神随カムナガラに操られとるんだ。

 ≫早く止めないと小僧が死ぬぞ。

(鬼になったら弓取りを助けられるのか)

 ≫無論。

 ≫その為に我らがいる。

「ねえ、なにやってるの?」クウが腕を引っ張る。

「お前は俺を殺したいんだろ?」

「うんそう」

「あとで幾らでも付き合ってやるから、ちっと協力しろ」九九九の柄を握り締める。

 弓取りは天子廟か。

「俺があいつを引きつける。その隙にお前が」

「殺していいの?」

「いや、気絶の方向で」

 何もなくなったメインロードを駆ける。奇襲なら上からがいいだろう。

 ≫我らに神術カムスベを防ぐことは出来ぬ。しかし、お前さんなら。

 ≫お前さんに神随カムナガラは効かぬ。

(初耳なんだが)

 ≫言わなかったからな。

 ≫お前さんごと我らを神随カムナガラに曝せ。

(そんなことしたら)

 九九九と無鬼は。

 ≫お前さんの覚悟が本物だとわかった。我らにはそれで充分だ。

 ≫迷うでないぞ。

(いや、俺の武器がなくなるから困るんだが)

 天子廟の屋根によじ登る。

 ≫もう少し北だ。

(北ってどっちだ)

 ≫右手方向だ。色が変わっとる屋根があるだろう。

「うまくいくの?」クウが眉を寄せる。

「いかせないと俺もお前も死ぬぞ」

「それはヤダ」クウが銃を顕現させる。「一発でやるから」

「わーってるじゃねえか」

 武世来アームエイジドダンで一緒に行動していたときのことを思い出した。

 クウと息を合わせるのが一番楽だった。

 真っ青な空。

 ≫来るぞ。

「やれるか」

「誰に云ってんの?」クウが頷く。

(いろいろ世話ンなったが)

 ≫別れにはまだ早いぞ。

 屋根ごと突き破って降りなくても。

 白い光が屋根を消し飛ばした。

 いま気づいた。

 俺が無事でもクウが。

「クウ!!!」

 一時撤退。

 ≫無事だ。

 ≫危機回避能力はお前さんより優れとる。

 しくじった。

「何やってるの?」クウは屋根から降りていた。「射線上にいるわけないじゃん」

「すまん」

 言われてみればそうだ。

 天子廟の屋根が丸くくり抜かれた。

 上からの奇襲は望めない。

「こっち」クウが北側に走る。「奇襲なら僕に任せればいいのに」

「そいやあ、そうだったな」

 餅は餅屋だ。

「どうすりゃいい?」



     5


 錬金術師が魔女の防御壁の外に出た。

 そのあと間を置かず神随カムナガラが放たれた。

 魔天瞳マテンドウを発動する。

 生体反応1、2、3、4体。

 一人足りない。

「錬金術師!?」

 生きているなら何かサインを。

「こんなところで死なれては困るでしょう」屍術師が言う。「気にせず対策を考えたほうがよろしいかと」

 魔天瞳を解いても姿が確認できない。

 目視できる範囲にいないのに、無事だと思ってよいのだろうか。

「大丈夫。いい眼を持ってる」魔女が言う。「神随カムナガラの侵蝕度が見える?」

 白い霧は光の粒子の残滓。

 武闘士ファイタの左腕を魔天瞳で視る。

「どう?」魔女が言う。

「完全に侵蝕が進んだ場合、武闘士は」

「それはもはや神ですね」屍術師がくっくと喉を鳴らす。「間に合いませんでしたか?」

 指先まで回路がつながっている。

 遅かったか。

「アルソルマルヘル、エーテル融解」錬金術師の声が下から聞こえた。「時間稼ぎおおきに! いまや!!」

 武闘士の輪郭がおぼろげに見えたところで。

 前方に倒れた。

 床への衝突音はなかった。

「やるならもうちっと手加減しろよ」傭兵が武闘士を受け止めた。

「一発でやるって言ったじゃん」暗殺士が銃を手の中に消した。「僕が外すと思う?」

 なるほど。

 第3射のゴタゴタの間に、共闘作戦が組まれていたのか。

 傭兵が、気を失った武闘士を壁にもたらせて座らせる。床の下から錬金術師を腕一本で引き上げる。

「俺ここ詳しいさかいにな。どこ踏み抜いたら地下につながっとるんか、ぜんぶここに入っとるん」錬金術師がこめかみをつつく。「これで無力化成功やな。んで? どないしたったらええの?」

 武闘士は暗殺士の銃で眠らされているだけだ。六宮リキュウも可視化できなくなった。

 魔天瞳で視ながら指先に触れる。左腕だけ異様に熱を持っている。

「いける?」錬金術師がのぞき込む。

「魔導師ウィザードがいないのが悔やまれます。彼は神術カムスベにも造詣が深い。わたし程度の知識では、構造を解析するのが精々です」

「其らに吾は止められぬ」武闘士の口が動いて、武闘士でない声がした。

 一瞬で空気に亀裂が入る。

「下がって」魔女が防御壁を展開する。

「其は妖アヤカシかえ?」武闘士が項垂れたまま、左腕だけがゆっくりと持ち上がる。「已めよ。其に吾の術スベは届かぬ」

 武闘士の意識を眠らせることで、かえって神随カムナガラの覚醒を促したのか。

 本末転倒じゃないか。

 全身に強力な神術カムスベの波動を帯びる。魔天瞳を用いずともわかる。

 魔女では神に敵わない。

 傭兵が前に出た。

「ケイちゃん!」「オニ!」錬金術師と暗殺士が同時に声を上げる。

「やってみろ」傭兵が九九九を構える。

「其は」神随カムナガラが一瞬面食らったようだったが。「そうか。生きておったのか」

 武闘士の左腕にエネルギィが集中する。

 また、

 アレを撃つのか。

「ダメ」魔女が傭兵に後ろに下がるように言う。

「リマ。他の奴を頼む」

「何しよるん?」錬金術師は下がろうとしない。「ヨイッチは助かったんと違うん?」

「オニ。僕が殺す前に死んだら殺すよ」暗殺士が意味不明なことを言う。

 魔天瞳の限界が来たので解いた。

 長時間発動すると、一定時間視力が奪われる。

「無茶をなさらぬよう」屍術師の声がすぐ耳の後ろで聞こえた。肩を支えてくれている。「貴方の眼は替えが利かない。いわば奥の手です」

「わかっています」

 傭兵は何をしようとしているのだ。

「我らが元首領に秘策ありと云ったところでしょうか」屍術師が言う。「ご安心を。彼は進んで命を捨てるようなことはしません。本当に何か策があるのでしょう。我々の考えの及ばないところで」

 視界に靄がかかっている。視力がまだ戻らない。

 勝ち目は、本当にあるのか。

「弓取りに身体を返せ」

「カズラキがおらぬ世界に吾は用を持たぬ。ひと思いに滅ぼしてしまおうぞ」

 カズラキ。

 弓杜封界宮シンの初代弓守キュウシュの名だ。

 神随カムナガラが神の名とするなら、二人の仲は。

「射て。それで気が済むなら」傭兵が言う。

「其にだけは射てぬ。退け」

 傭兵の正体は艮ツノナシだ。

 艮ツノナシに神術カムスベの一切は無効となる。

 そういうことか?

 いや、わたしはだいじなことを見落としてはいまいか。

「ケイちゃん!」錬金術師が声を張り上げる。

「下がるがよい。裏切りの術者スベモノよ」神随カムナガラが言う。「まずは其から射抜いてやろうぞ。二千年前の怨みは未だ燻って消えぬ。吾は忘れぬ。其さえ裏切らねば、吾は、カズラキは」

 天艮角大戦の記憶か。

 二千年前、神と鬼の総力戦があった。

 長年虐げられてきた鬼が、神に宣戦布告した。

 一人の錬金術師が神を裏切って鬼の味方をした。

 お陰で神側は苦戦を強いられた。

 裏切り者が出たことで、自らの手の内がすべて筒抜けになったのだから。

 文献は根こそぎ改竄封印されているが、口承伝承で残っている伝説。

 結果だけ見れば勝利した神だが、裏切りの代名詞となった錬金術のすべてを封じ、インチキのラベルまで貼り付けた。

 二度と錬金術を使わせないため。

 二度と裏切り者を出さないため。

 傭兵が錬金術師の前に立つ。盾代わりになろうとしているのか。

「二度は言わぬ。退け」

「ケイちゃん!」

「俺ごと吹っ飛ばせばいいだけのことじゃねえのか」傭兵は明らかに挑発している。

 なぜ?

 本当に無効化できるのか?

 光の粒子が武闘士の腕に集まる。

 来る。

 魔女が防御壁を固定させた。

 傭兵と錬金術師以外その内側にいる。

「オニ!!!」暗殺士が叫ぶ。

 傭兵が九九九ココノクキュウを構える。

「其を射るわけにはゆかぬ。退け。吾はその術者を何としても葬らねば気が済まぬ」

「目的変わってんじゃねえの? カズラキってのがいない世界ごと滅ぼすんじゃねえのか?」

 光が鳴動する。

 照射のたびに出力が上がる。神術カムスベは理論上底なしだ。

 しかし、こう何度も最大出力を発揮していたら武闘士の肉体がもたない。

 靄が晴れない。

 早く。

 腕の状態を再度確認しなければ。

「なに笑ってんの?モロちゃん」天候仙ウォロックの声で我に返る。

 屍術師が。

 笑いを堪えている。

「なんか面白ことでもあんの?」

「いえ、いいえ、面白いなどと。滅相もない」屍術師が手を翳して距離を保つ。

「やれよ!」傭兵が吼える。

「やれぬ。やれぬのだ。其を射れば、吾は、カズラキは。退け。退かぬか」

「ねえねえ、ほんとにオニちゃん大丈夫なの?」天候仙が聞く。

「大丈夫といいますと?」屍術師の肩はまだ震えている。

「確かに艮ツノナシに神術は効かないよ。だけどさ、鬼ちゃんまだ」

「天テンの貴方に、騙し討ちは通じそうにありませんね」屍術師がローブから腕を露出させる。

 腕?

 いや、それは。

 骨だ。

 腐りかけの皮膚。

 刹那、床が真っ黒に染まった。

「モロギリ」魔女が根源を定位する。

 いない。

 防御壁の内側には。

「さあ、神随カムナガラ。射るのです。躊躇うことはありません」屍術師が武闘士の左腕に語りかける。

 いつの間に。

 闇の中を移動したのか。

 屍術師は武闘士のすぐ後ろでにやりと微笑む。

「神術カムスベの無効? 知ったことではありませんよ。あなたは神術カムスベ最高峰ともいえる最高の輝きを誇る、あの、神随カムナガラなんですよ? 何を恐れますか? 何に遠慮しますか? 構いません。貴女がだいじな神弓師カミユミシを失った原因は、すべて、そこに、のうのうと生きている、錬金術師のせいに他ならないのですから!!!!!」

 光が膨張する。

 びりびりと雷鳴のごとく空間に拡がって。

「なーる。モロちゃんの狙いわかっちったかも」天候仙が呟く。「オニちゃん!! 早く!こっち」

「来ても防げない」魔女が言う。「オニ、九九九を持って逃げて」

 間に合わない。声は空気の振動だ。

 光が空気を支配している。

 神術カムスベはキャンセルを司る。

 魔素を滅却する。

 厳密にはあの光は、破壊光線とは性質を異にする。

 霊魂の浄化。

 死の封印。

 わたしたちは、存在ごと消される。

 魔素を体内で練ることができる妖族エルフでさえこの光の中では無力と化す。

「さあ!! さあ、さあ!!! 見えますでしょう? 憎い、憎く、怨みの根源がそこにいるのです! 神弓師の弔いの機会がいまここに!! さあ、さあ、さあ!!!!!!!」

 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 絶叫なのか悲鳴なのか震動なのか。

 わたしも。

 消えるのか。

 いや、死ねない。

 みすみす死んでしまっては、この眼をくれた天使に報いることができない。

 処理速度の遅さが悔やまれる。

 魔導師ならば、きっと最適解を出してくれただろうに。

 あらゆる事象が後手に回った。

 我々の、敗北だ。




     6


 空が白く染まったように見えたが。

「いい加減、余所見はほどほどにしてくれねえかな」7の攻撃は間髪入れずに僕に襲いかかってくる。

 出血も怪我も大したことはないし、治癒が間に合ってるからいいけど。

 いつまで続くのだ。

「だから、遠慮せずにでっかいのぶちこんでくれりゃいいからよ。俺じゃなくて、こいつに」

 アルムエイダ。

 対魔導師ウィザード用強制戦闘兵器。

「僕を殺す前に君が限界を迎えるってことはないの?」木の上で体勢を立て直してから尋ねる。

「いんや、そんな単純な話だったらいんだがよ。こいつから絶え間なくエネルギィみたいなのが流れ込んできやがんだ。俺自体も強化されてるってわけでよ」7が大剣を振り上げる。

 木ごと吹き飛ばした。

 検索詠唱。

 切りがない。

「でっかいのをぶち込むにしても、詠唱時間てのがあるんだよ」着地の衝撃をキャンセルする。「強力な術にはそれ相応の準備ってのが必要になるんだ。もし君の足を切り落としたら何分くらい稼げるのかな?」

「んなことしたって、新しい足が生えるだけだな。人間の形をしてりゃいいが」

 思っていたよりやばい代物かもしれない。

 アルムエイダ。

 ただの人族ヒュムにこれをバラまいたら、魔導師は相当に数を減らせるだろう。

 こんなものを、正気で量産できる人族ヒュムの気がしれない。

 それが、戦争か。

「こいつを発動させた時点で俺はこいつと一体化したようなもんだからな。発動を拒めば俺ごとエネルギィにして取り込みやがる。どっちにせよ、助かる見込みは低かったわけよ」

 いよいよ立つ場所に難儀してきた。地面が抉れているだけならまだしも、倒木で足場が滅茶苦茶に荒れている。

 宙空に浮くのは魔素の消費が激しいのであまりやりたくはないが、贅沢も言っていられないか。

「あなたを殺したら、そいつは止まるの?」

 魔素がある限り、僕は無敵だ。

「こいつをぶん回す肉体がありゃ、心臓だの臓器だの、なんとでもするだろうな」

「じゃあ、あなたを欠片も残さないほどの高出力での術をぶつけないといけないんだね」

「今更悲しい報せってのをしといてやるよ」7が刀身を地面に突き立てた。「アルムエイダが機能停止する条件は、起動時に登録した対象の生命活動の停止を確認したときだけだ。ガチにそれしかねえ。それ以外にアルムエイダが止まった前例を、少なくともこいつを造った俺は知らねえ」

「どうやって造ったのか、聞いてもいいかな」

「設計図があったんだ。だからゼロから俺が造ったわけじゃねえ。俺はその設計図を基に」

「設計図は今どこにあるんだろう」

「姉貴のとこか。もしくは、破棄か」

 いや、待てよ。

 設計図。

 文献検索。

 防御壁を張る。

 3回はもつだろう。

「どうした? なんか思い当たったか」

 あった。

 これか。

 僕ら魔導師に武器の一切は馴染まないから深く解読する興が乗っていなかった。

 これを書いたのは。

 まさか。

「こんなところで錬金術が絡んでくるとはね」

 二千年前、封じられ貶められた禁術。

 これの、人族ヒュム側の大成者。

 知らぬ者などいない。

 天艮角大戦の神側の裏切り者。

 出日臨君いずるひりんくん央ヨウを興した初代スイ。

 錬金顯博師アルケマスタ。

 通称ユリウス。

「どう足掻いても、貴方の手の上というわけですか」

 師匠。

「安心して下さい。僕側にも、あなたのその武器を止める理由ができました」

 これを造ったのは、師匠の兄だ。

 アルムエイダに勝つということは、師匠に勝つということ。

 なんて運命。なんて皮肉。

 死しても尚、僕はまだあなたを越えられていないというのか。

「なんだ? やる気になってくれたんなら俺も」

 検索詠唱。

 師匠ならどうするか。

 いや、逆だ。

 師匠を倒すならどうするか。そう考えるべきだ。

 アルムエイダの動力源。

 魔素を操る能力のあるものを標的にする。

 魔素を操る僕らに共通する何か。

 駄目だ。

 魔素を操ることがごく当たり前のことすぎて。

 思考反転。

 魔素を操れない人族ヒュムになくて、我々魔導師が持っているもの。

 なんだ?

 むしろ、どうして差がある?

 僕は人族ヒュムだ。

 魔素を操れない人族ヒュムと何が違う。

 列島ヒムカシに、その傾向が強い。

 あの島国に何かあるのか。

 いけない。脱線している。

 しかし、これがわからなければ、アルムエイダ打倒のヒントは得られない気がする。

 師匠の兄には魔素が馴染まなかったと聞く。

 しかし、師匠は魔導師の中でも最高峰の術者だった。

 兄弟でも差が現れるのか。

 いや、違う。

 師匠が特殊なのか。

 ちり、と脳の端が弾けた。

 検索不可。

 検索不能。

 ソノ でーた は ソンザイ シマセン。

 そんなわけはない。僕に知らないことなんか。

 不明。

 なんだ?この欠落部分は。

 ぽっかりとそこだけ真っ黒に。

 穴が空いている。

 淵に立つ。

 覗きこむ。

 水?

 深い深い青。

 淡い泡。

 光はここまで届かない。

 下は底闇。

 手を。

 手?

 なんで手が。

 鱗になっている??

 これは一体。

 痛み。

「よけろ、つったろうが」7の声がすぐ近くで響いた。

 アルムエイダの刀身がなぜか、僕の身体から生えている。

 違う。

 刺さった。貫いた。

 引き抜いて。

 赤が飛び散る。

 検索詠唱。

 血はすぐに止まるし治癒も問題ない。

 水。

 塩からい水。

 原始の記憶、太古の海のイメージか。

 いや、そうじゃない。これはもっと個人的な。

 鉄の味がする。

 口の中が切れたか。

「おい、大丈夫か?」7が顔をのぞきこんでいた。

「アルムエイダは?」咄嗟に防御壁を張った。

「このとーり」7が刀身の血を拭って布で覆う。「お前さんのお陰で沈黙だ。さっすが、生き残りの魔導師は違ぇな」

「本当か? 見せてくれ」

 肉眼で確認しなくたってわかる。

 あの禍々しいほどの渦はぱったりと効力を失っている。

「でも一時的なものなんだろう? また魔導師を見つけたら同じことに」

「いんや、完全に止まった。こりゃすげぇ。感服だ。俺にはわかる。こいつはただの骨董品でしかない。いやぁ、お前さんならやってくれるって、俺は信じてたよ」7がばしばしと僕の肩やら背中やらを叩く。

「本当なのか? 僕はこれと言って何も」

 むしろ僕の身体を貫いた。

 貫いた?

 自分で治癒した痕はもうない。痕なんか残すのは三流だ。

 血か。

「アルムエイダは、魔導師の血に反応するんじゃないのか? ある一定量の血を浴びると機能が停止するとか」

「細けぇこたわかんねえよ。でもこれで、現存するアルムエイダはなくなった。俺もようやく」

 白が。

 空を裂いた。

 あんな光を放てるのは。

「ヨイッチ!!」

 神随カムナガラだ。

「おいおい、ちっと休ませてくれ。アルムエイダにこき使われてくたくたなんだ」

「付いてこなくて構いません」

 検索詠唱。

 建物内の生体反応。

 落ち着いて数えろ。

 1、2、3、4、5、6、7

 海上の生体反応。

 1、2

 僕らが7人。武世来が7人。

 僕と7を抜いて、12人。

 7プラス2は、9人。

 すでに3人死んでいる。

 誰だ。僕ら側でないことを願うが、さすがに距離が遠くてここからでは特定できない。

 急げ。

 7の個人的な事情に付き合っている場合じゃなかった。

 天子廟の屋根が吹き飛んでいる。

 壁も崩れかかって、瓦礫がこんなところまで落ちている。

 僕がいた森は天子廟の西側。

 天子廟から南にまっすぐ伸びるメインロードに、高出力の光が走った生々しい痕。

「ツネア! ケイ! ヨイッチ! いるなら返答を」肉声と別に魔素にも声を乗せようとしたが。

 魔素?

 なんでここだけこんなに魔素濃度が低い?

 僕には問題ないが、魔素の扱いに慣れていない初心者では術が練られない。

 何が、あったのか。

 神随カムナガラだ。

 神術カムスベによる魔素の滅却。

「魔導師ウィザード?」学長の声。「来ないほうがいいです」

「状況説明を求めます。僕はこの通り無傷です。いま、加勢に」

「傭兵が」

 土煙で何も見えない。

「学長? どうしたんです?学長? 返答を」

 天子廟に駆ける。

 検索詠唱。

 何が起こってもコンマ数秒で反応できる。

 金の髪が瓦礫に埋もれていた。

「学長!?」術で瓦礫を消滅させる。「大丈夫ですか?」

 早く治癒を。

 学長が自己治癒を施せない?

 異常事態でなくてなんだ。

「わたしは、大丈夫です。傭兵を」学長が指し示す。

 ケイ?

 なのか。

 髪が真っ白に染まって。

 ぼろぼろの腕で。

 何かを掴んで。

 床に叩きつける。

 それは。

「ヨイッチ」

 意識がない。

 左腕も。

 ない。

 血が出ていないので認識が遅れた。

「ヨイッチ!! 大丈夫ですか?」真っ先に治癒すべきはこっちだ。

 ここで、

 再度生体反応を探る。

 もちろん治癒も同時並行で。

 建物内は、

 1、2、3

 嘘だろう。

 魔素が少なくて僕の術式が遠くまで及んでいないだけだ。

 半径3キロまで拡大。

 1、2、3、4

 一人増えただけ。

 やめてくれ。

 神随カムナガラで3人死んだということか。

「ノトく、ん?」ツネアの声がした。「むっちゃええとこに来はったね」

 崩れかけの柱にもたれかかっている。土煙が視界を遮っていた。

「ツネア! 大丈夫なのか? 一体、何が」

「説明しとる暇あらへんよ」ツネアは額の血を乱暴に拭う。「ケイちゃんが、あかん」

「ヒャハハハハハッハハハハハッハハッハッハハ!!!! 最高です!!! 傑作ですよ!!!!! オニ! 私はこのときを、このときをずっと待っていたんです。ずっと、ずっと。あなたが艮ツノナシに覚醒するのを!!!!!!」

 艮ツノナシ?

 いまの声は。

「説明おおきにな。やっぱお前が黒幕ゆうわけなん?」ツネアが顎をしゃくった先に。

 闇が。

 お辞儀した。

「どうも、はじめまして。悲劇の島ヴェスヴィの生き残り、現存する最高峰の魔導師ウィザードのお方。お会いできて光栄です。私は屍術師ネクロマンサのモロギリと申します。いやぁ、間に合って何よりです。メインステージの準備がたったいま、整ったところです。ヴェスヴィの悲劇を肌で体感したあなたには是非、最前列の特等席で観戦していただきたいのですよ。世界が滅びゆく様を!!!」屍術師とやらが拡げた両手の向こうに。

 白く染まった髪のケイが、九九九ココノクキュウを構えた姿がのぞいた。

 九九九?

 嘘だろう。

 嵌まっていた無鬼ナキが。

 白く変色している。

 白く変化した無鬼ナキは、無鬼ナキとはいわない。

 それは。

「亡鬼白ナキシロじゃないか。じゃあ、九九九は。そうか、そういうことか」

「なんやわからはったんか?」ツネアが言う。

「さっすがは魔導師です。一を言えば百を知る。千に届く。万に達する。そうです。霊剣九九九の正体。二千年前、天艮角大戦で散った鬼の魂を九九九封じた、この数が肝です、九九九という数。千に一足りない。意味がわかりますか? 千個目は」

「ケイ、かな」

 屍術師の高笑いが土埃を撒き上げる。

「千やとなんや起こるん?」ツネアが聞く。

「いや、そうじゃない。千に一足りないっていう状況の保存がだいじなんだ。それに九九九ていうのは、鬼と縁の深い数字だからね。そんなことより」

 ケイが艮ツノナシに覚醒した。

 艮ツノナシへの覚醒方法。

 神術カムスベにて一度命を落とすこと。

 そうか。

 ケイは、死んだのか。

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AURUM FLAVUS 伏潮朱遺 @fushiwo41

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