夜の帳に出会う犬


 夜の闇が深くなる頃。


 昼間の暑熱が冷めず、眠りにつけぬ私は家の外へ飛び出した。


 空気が澄み、静けさに虫の声が響く。


 月明かりが仄かに辺りを照らしているが、それだけでは余りに心許ない。


 点々と繋がる街灯の明るさを頼りに道を選ぶ。


 規則正しく点滅する信号と静まりかえり町。それはまるで異世界に迷い混んだ感覚にさせる。


 誰もいない町に一人立つのは、悪いことをしている気分だ。


 軽くなる足取りで歩を進め、ふと遠くを見ると、道の先に黒い影が動く。


 こちらをじっと見つめるは、野犬であろう。


 先ほどまでの高揚感が嘘のように、緊張感が走る。


 痩せ細った体躯だが、鋭い牙と爪を持つ犬に対し私は丸腰である。足の速さなど叶うはずもない。


 嫌な汗が背中を伝い、私はジリジリと後退する。


 さりとてあちらは動く気配を見せない。


 一歩、また一歩。決して背を見せることなく、警戒しながら離れていく。


 今考えれば、それは本当に僅かな時間だったのかもしれない。


 ただひたすら見つめ合っていたが、興味を失ったのか、あちらはスタスタと立ち去り姿を消す。


 緊張の糸が切れ、安堵した私は踵を返した。


 家につき、汗を流して布団にくるまると、電源が切れるかのように眠りにつく。


 翌朝、目を覚ますと、何事もなかったかのように始まる町の一日。


 これは真か否か、真夏の夜の不思議な体験であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日々是好日 シグマ @320-sigma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ