第44話 時折備忘録 映画『架空OL日記』


 向田邦子賞を受賞した、バカリズムさんの原作・脚本・主演の『架空OL日記』が映画化されると聞いて、「これは見に行かないと!」と真っ先に思った。

 私はバカリズムさんの大ファンであり、原作の文庫本も買い、ドラマ版も地元で放送されていなかったけれど、全部見た。映画に向けて、最近までのTVer配信ももう一度復習した。


 ちなみに、別のエッセイでバカリズムさんとドラマの『架空OL日記』についてちょっと触れているので、よろしければこちらも

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890042435/episodes/1177354054890290689


 そしてつい先日、映画を見た。大満足だった。

 女性銀行員に扮したバカリズムさんが描く、どこまでも普通の日常がスクリーンに映し出されていて、「ああ、私が見たかったのはこれなんだ」と妙にしみじみした。


 主人公はバカリズムさんが演じる「私(名札やロッカーの名前によると苗字は升野)」は、ずぼらで三日坊主だけど、妙なところは細かい性格。

 同期のマキちゃん(夏帆)は、「私」と同じ駅で降りるので、よく一緒に出社する。ジムで上級者向けのトレーニングをするほどの猛者。


 後輩のサエちゃん(佐藤玲)は、天然で失礼な発言もあるけれど、憎めない存在。

 先輩の小峰様(臼井あさ美)は竹を割ったような性格で、みんなのピンチを救ってくれる。

 同じく先輩の酒木さん(山田真歩)は、きっちりしているため、女子行員たちのルールブックでもある。


 そんな彼女たちが織り成す、仕事の愚痴、あるある、ハプニング。

 映画の中で起きる事件といえば、防犯訓練や新しい社員のことくらい。場面の割合は、銀行内と女子更衣室で多くが占められている。


 映画の冒頭も、月曜日に淡々と「私」の起床の様子から出勤するまでの様子を事細かに描かれている。六時にアラームをセットして、起きるのはその三十分後というのが「あるある!」と笑ってしまう。

 電車を待つ列の中で、前日に来ていたコートの中にリップクリームを忘れていたことに気付く。また買わないといけないのかとがっかりしている時に、ふと思い出して鞄の中を確認すると、リップクリームが三個入っていて、それを使う。


 「日記」と銘打たれているのだから、明日には忘れてしまいそうな出来事や会話を、逐一丁寧に描き出している。

 トイレで歯を磨きながら会話をしているシーンなんて、あんまり映画とかでは描かないと思う。そんな、伏線にも何にもならないシーンを積み重ねているのが、誰かの毎日を覗き見しているような気持ちになってくる。


 だけど、映画自体が退屈なんてことは全くない。会話に対して「私」が心の中で強めに突っ込んで、メリハリをつけている所とかもある。

 人間関係の難しさというのも、ふいに出てくるから油断できない。男性社員の愚痴を言い合うシーンが多いのだが、その時は「怒りの矛先を求めている」と言っているのには爆笑した。


 好きな場面を上げたらきりのないのだが、個人的にドラマで描かれていなかったけれど、原作ブログには載っていて好きだった、カラオケのエピソードが再現されていたのが嬉しかった。

 あと、映画で登場した坂井真紀さん演じる課長のキャラクターもまた面白かった。女性の上司はドラマではいなかったので、その距離感がまた絶妙だった。


 さて、この先は、どうしてもどうしても書きたかったので、オチまでのネタバレ注意。

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 映画の佳境で、小峰様が結婚することを発表する。ここでちょっと一悶着があるのだが、それは割愛、というか文章では表せない。

 実のところ、映画では小峰様の恋人は登場していない(ドラマでは存在がほのめかされていたけれど)のに、結婚の話はなんだか嬉しくなった。小峰様と彼氏との出会いから結婚までがどうなっているのかは分からないけれど、映画を通して同じ日常を過ごしてきた気持ちになっていたから、友人の結婚を知ったかのような気持ちになった。


 そうして迎えた、小峰様の結婚式当日。「私」はもちろん、同僚たちも一緒に参列する。

 小峰様がウエディングドレスを着て、父親とバージンロードを歩いている場面だけで、胸がいっぱいになってしまった。それを見て号泣している酒木さんの気持ちにも共感できる。


 式が終わった後、小峰様と「私」たちは教会の外で写真を撮る。

 その時ふと、「私」は、道を歩いている「バカリズム」を見かけてしまう。出会ってしまう。


 ……暗転の後、確認された写真の中に、「私」はいない。そもそも「私」が存在していなかったかのように、小峰様もマキちゃんもやり取りしている。

 その様子を、バカリズムさんは教会の敷地外から無言で眺めて、そのまま去っていく。


 ここにきて、タイトルにはっきりと明記されていた「架空」の意味に、観客である私は殴られたようだった。

 そのままキャストのエンドロールが流れるのだが、そののちにまたもう一展開あった。


 銀行で、マキちゃんの接客を受けるバカリズムさん。彼が外に出た後で、周りの女子行員たちは集まって、「あれって芸能人じゃない?」という話で盛り上がっている。

 一方、バカリズムさんの方は、銀行のすぐ近くで立ち止まり、三つもあるリップクリームを取り出して、その内の一本を使った。


 それを見た瞬間、私はなんだか救われたような気持ちでいっぱいになった。

 ああ、「私」は、バカリズムさんの中にちゃんといるんだな、と。


 『架空OL日記』がドラマ化されるずっと前のテレビで、バカリズムさんは自身がOLに扮して書いていたブログについて話していた。

 だんだんと、マキちゃんや小峰様が存在しているんじゃないかという気持ちになってきたと語っていたと思う。うろ覚えで申し訳ないが。


 そんな「架空」の「私」やマキちゃんたちの世界が、ドラマや映画という形で確かに存在している。今もきっと、くだらない話や愚痴で、笑い合っている。

 メタ構造を用いた作品において、これ以上ない幸せな結末ではないのだろうかとすら思う。


 映画の『架空OL日記』は、私にとって一生忘れらない一本になった。








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