18. 魔族とは
ディギオンと『足』、二つに攻め込む剣戟の音が重なる。上段から打ち込んできたモウンの剣を弾くと、ひらりと返し、斜めに切り下げてくる。それを身体を引いて避ける。今度は前に出て下から切り上げてきた。
これが元破壊部隊第一隊隊長の剣技。相手に息も着かせぬ応酬に次第に、ディギオンの息が上がってくる。『足』の方も二人の攻撃に防戦一方になっている。
「はあっ!!」
セルジオスの気合いを込めた一閃が『足』の剣を持つ右腕を切り飛ばす。首を狙う返す剣に、ディギオンが慌てて大きく後方に引き、地面から瓦礫を打ち出すが……。
「させないよ!」
漂う氷の粒が瓦礫を瞬時に凍らせ、高温の熱風が砕いて吹き飛ばす。剣戟のわずかな隙を見て放つ土の術は、一歩引いて狙う水と火の合わせ技に砕かれる。更に術の隙をついて、またモウンとセルジオス、隊長が切り込んできた。
「老王はボリス様に『土の王』を継がせる書面にもサインした。エドワード様も御自分の部隊を率いてこちらに向かって来ている。最早、お前に逃れる術はない。諦めて『足』を解放し、縛につけ」
モウンの言葉に剣を押し返しながらギリギリと歯ぎしりをする。
……『土の王』を継ぐ為に、どの孫よりも
祖母を失い、権力を追い求める日々に、他の家族との間に溝の出来ていた祖父。そこに付け入ろうと、彼女の振る舞いや仕草まで、しっかりと身につけたディギオンは望みとおり『最愛の孫』の地位を得た。おぞましい自分の性癖ですら、飢えた欲望に押し潰されてしまうと苦悩の演技をしてみせれば
『仕方がない。贄は慎重に選び、飢えを満たすだけにしておけ』
『島の別荘』が与えてくれた。
……それなのに……。
「何故……
「老王はお前ほど自己中心ではなかったということだ」
モウンがちらりとセルジオスに目をやる。
「老王にはお前以外にも大切な存在があった。それをお前は最悪の形で踏みにじったのだ」
自分の快楽と身勝手な恨みを晴らす為だけに。
『貴方様の身勝手で粘着質な妬みは、常に貴方様にとって不利に動く』
以前、その相手に言われた言葉が頭に響く。
「それを見て目が醒めた老王は、お前と土の一族を天秤に掛け、土の一族を取った。両方とも老王の直筆のサインだ。もう覆されることはない」
全身の力を込めて剣を跳ね返せば、また鋭い横なぎがやってくる。そのとき、離れたところで強い浄化の術が放たれた。キースに与えていた加護が消える。落ちていくキースを捕縛隊の隊員が追い捕らえる。
「私の加護が!?」
「もうお前の『神』の力も絶対ではない」
ぞくり……。何百年かぶりにディギオンの胸に恐怖が生まれる。エドワードにシャツのボタンを焼却されたときと同じ恐怖が。
「うわわわぁぁぁ!!」
ディギオンが悲鳴を上げる。その身体が膨れ上がり、紫色の毛に覆われ、曲がりくねった角が伸び、天を指す。
「……ベヒモス族の第二形態!!」
アッシュの焦った声が響く。
ズゥン……!! これまでの揺れとは比べものにもならない大きな揺れが起こった後、二市の中をすざまじい土嵐が吹き荒れた。
* * * * *
貸家を出、歩いて、以前改術を施した公園に着く。
午前四時四十五分。人気の無い公園の遊具の脇の広場で優香は法稔の玉をかざした。魔結石と玉をリンクさせる呪文を唱える。
「きゃあっ!!」
唱え終わり、繋がったと同時にすざまじい瘴気があふれ、思わず悲鳴を上げて、玉を放り投げる。
「どうした!? 優香」
「優香ちゃん!」
すかさず瑞穂が『思慕の花園』の力を使い、優香が帯びた瘴気を消してくれる。
「あ……ありがとう……瑞穂さん……」
それでもガクガクと身体の震えが止まらない。そんな優香を和也とジゼルが回復術で癒してくれた。
「一体、どうしたんだ?」
優香が落ち着いたのを確認した和也が、玉の転がった方角を懐中電灯で追い、息を飲む。
「……これは……」
丸い光の中、玉の周囲の芝生がドス黒く朽ちている。瘴気をともなった土の気が紫の渦を巻いていく。
「私達の町に何が起こっているの……」
二市の方角を見る。
『これを哀しい人を増やさない為に使って下さい』
声が優香の耳の奥で再び流れる。
「モウン……!」
* * * * *
二市をごうごうと強い瘴気を帯びた土嵐が吹きすさぶ。地上に残っていた住宅が次々と浮かぶ。それは嵐に舞う瓦礫や岩に砕かれ、茶色の風となって、同じような家々を更にはビルやマンションを破壊していった。
巨大竜巻を更に強化したような土の渦。そのただなかで、モウンとセルジオス、隊長を囲んで、アッシュはシオンと氷と熱風の小さな渦を作っていた。
「……これはとんでもないな……」
パニックに陥ったらしいディギオンの土の一族、第二形態『地獣』に『神』の力が加わっているのだ。自分も竜人になっているが、『贖罪の森』の力をまとってなかったら、瞬殺されていただろう。今もこうして小さい渦で、皆を守っているだけで、急速に火気を消耗していくのが解る。
「シオン、大丈夫か?」
「……はい……」
後輩を気遣うと、憔悴した声が返ってくる。
……マズイな……。
いくらクラーケン族並みに水の力を持っているとはいえ、封印されている状態で、ここに来るまでに玄庵に力を分けている。このままではシオンが保たず、氷の渦が無くなれば自分一人では防ぎ切れない。彼の封印を解いてもらおうと、玄庵に術で呼び掛けても濃すぎる瘴気に阻まれているのか返事が無い。エルゼや法稔、お玉達の安否も全く解らない。アッシュはギリリと牙を鳴らした。
ディギオンが作り出す『破壊』の嵐をモウンは二人の部下の作る防御の渦の中から悪夢を見るような思いで眺めていた。
どうして……。
破壊部隊第一隊の隊長として、あの過激派の時代、『悪魔』の部隊の中で、早過ぎる『破壊』認定を受けた世界を回っていたとき、常に心の底でくすぶっていた疑問が浮かび上がる。
……どうして、創造神は
『創造』を司り、魂の生まれ変わりを担う天界や、『再生』を司り、魂に安息を与え浄化を担う冥界なら解る。彼等の役目は『心』がなければならない。しかし、ときに『破壊』衝動を押さえきれず、本能のままに『破壊』を貪ってしまう魔族に何故、このような役目を担わせたのか。
目の前で行われているディギオンによる圧倒的な『破壊』。無慈悲な徹底的なそれがキリキリと胸を刻む。創造神とて自ら造る世界に愛情はあったはずだ。その愛しい世界の最後を何故、魔族に任せたのか。
『モウン……!』
混乱する頭に一筋、光が射すように愛しい娘の自分を呼ぶ声が聞こえる。自分達の勝利を信じ、なによりも安否を気遣う大切な娘の声だ。
「……ああ、そうか……」
モウンはふうと息をつくと、小さく唇を緩めた。
「そういえば、アッシュ。先日、高校のリモート面談で、担任の先生が優香に進学を勧めたことは聞いたか?」
唐突に部下に問う。
「班長! 一体何を言ってるんですか!?」
シオンが声を上げる。しかし、そこは長い付き合い、意図を察したのかアッシュは頷いた。
「ええ、聞きましたよ。学費も十分貯まってますし、これが終わったら、優香ちゃんに受験クラスに進級するように勧めようと、エルゼと話していたところです」
優香は育てて貰っている破防班の面々に遠慮して、高校を卒業したら、そのまま就職するつもりらしいが、やはり彼女の将来の為にも大学に進学した方が良いだろう。
「……ちょっ! アッシュさんまで!!」
「お前はこの先、エルゼの出産と育児の準備だな」
「はい。今の皐月家には赤ちゃん用品は全くありませんから、一から全部そろえないと……」
皐月家の最後の赤子は優香の父だ。当然、育児用品等は残っていない。ベビーベッドに布団、ベビーカーにベビー服、ほ乳瓶……一つ一つ上げていく。
「勿論、ジゼル義姉さんとブライ義兄さんに任せていた、エルゼの食事や体調管理もオレがやります」
アッシュの父も長兄も次兄も妻が妊娠中は妊婦に対するこまごまとした世話は全部自分達でやっていた。
「『お腹の中から二人で育てる』というのがうちの家訓ですから」
「流石はブランデル公爵家だな」
「もう! 本当に、どうかして……」
目を白黒させるシオンに
「お前はやりたいことはないのか?」
モウンは訊いた。シオンが半分ヤケになって答えてくる。
「ありますよ! これが終わって休みが取れたら、ポン太と冥界に行く約束しているんです!」
「冥界に?」
「ええ! 出産祝いを買いに!」
アッシュとエルゼの子は公爵家の子だ。アッシュが一族から除名されているので、表立っては祝えないが、父母も長兄夫婦も次兄夫婦も心を込めたお祝いの品々を用意するだろう。
「そんな中で、ボクからのプレゼントはどんなものが良いだろうって、ポン太に相談したら『だったら
冥界のものなら公爵家でも手には入らないだろう。そして、火の第一種族、サラマンドラ族には風の最下位の娘と結婚した三男に対する不満がまだくすぶっている。その不満が二人の子に向く危険は十分にある。
「だから、破邪や防呪の効果のある良いお守りを探して二人で贈る予定なんです」
「それは嬉しいな」
「なるほど。確かに良い祝いの品になるな」
モウンはうっすらと唇に笑みを浮かべた。
確かに魔族のなかにも誰か愛おしいと思い、誰かの幸せを願う『心』がある。多分、その『心』を持つ
同じ『心』を持つ者達がいた世界を愛しみ惜しみつつ、最後を看取って欲しいと……。
「なるほど……それが
モウンが顔を引き締め、剣を抜く。
その『心』を失った、力だけの『悪魔』に、二度と世界を『破壊』させるわけにはいかない。
「二人の火と水の力を俺に貸してくれ」
優香の声に再びまとった『贖罪の森』の力を身に引き寄せる。
「俺の土の気に二人の力を加え、この身体を苗床に森の力を第二形態のディギオンとやり合えるまでに増幅する」
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