19. 『贖罪の森』の巫女
魔結石とリンクし、すざまじい瘴気の渦を放つ玉の周囲に和也が結界を張る。そこに瑞穂が『思慕の花園』の浄化の力を流し込む。瘴気が広がるのを押さえたところで
「……危なかった……」
大きく二人が息をついた。
「しかし、リンクした途端、こんなことになるなんて……」
こんな小さな玉すら、これだけの瘴気を放ったのだ。二市はどうなっていることだろう。
「優香ちゃん?」
胸を押さえた優香にジゼルが声を掛ける。
「どうしたの? まだ気分が悪いの?」
もう一度、自分に癒しの術を掛けようとするジゼルの手を優香は首を振って止めた。
「いえ、違います。なんかすごく嫌な胸騒ぎがして……」
今も胸がドキドキと荒打っている。
優香には予知能力は無い。だが、この動悸には覚えがある。祖母が病院で息を引き取ったとき、中学校の授業中、同じような動悸で苦しくなって、保健室に行った。そしてベッドで休んでいるときに、モウンから学校に訃報の電話が掛かってきたのだ。
……まさか……。
胸を押さえて、ぎゅっと目をつむる。
『これを哀しい人を増やさない為に使って下さい』
また森の主の声が聞こえてくる。その声に自分の想いを重ねる。
「……それなら、お願い! モウンを助けて!」
優香の周囲にぶわりと緑の匂いが漂った。
* * * * *
アッシュの火気とシオンの水気に自分の土気を練り合わせ、身体を『贖罪の森』の気が育つのに相応しい苗床とする。森の気を寄せると、老王の土牢でやったように、根をはるイメージで自分の中に導いた。
ずくり……。覚悟していたとはいえ、異物が身体の中に入り込む感触に思わず呻き声が出る。
「班長!!」
「大丈夫ですか!? 班長!!」
心配して声を掛けるアッシュとシオンに「……ああ」と頷きながら、モウンは森の気を更に内へと受け入れた。気が根を伸ばし、苗床の魔力を吸い込み、見えない枝葉を伸ばす。モウンのまとう浄化力が更に強くなっていく。
呪を受けた石の身体で良かったかもしれんな……。
内心、息をつく。生身の身体なら、この感触に耐えられなかったかもしれない。
……しかし……。
まだ、第二形態のディギオンの相手をするには弱い。奥歯を噛みしめ、根をもっと多く、隅々まで張り巡らせる。わさりと葉が鳴る音がする。緑の匂いがむせるように濃くなっていく。
……まだだ……もっと……。
どうせディギオンの支配下では土の力は使えない。魔力を全て吸い尽くさせてもいい。
ピシリ……。根のはる勢いに身体にヒビが入る音がした。
「班長!!」
「……大丈夫だ。麿様がお目覚めになるギリギリまで動けるようにして下さると言っておられた」
『こんな事を成す為ではないぞ!!』
目覚めたらお叱りを受けるかもしれないが。そのとき
『これを哀しい人を増やさない為に使って下さい』
あの森の主の少女の声が耳元で聞こえ、更に
『……それなら、お願い! モウンを助けて!』
優香の声が続く。大きな浄化力が自分に宿る。と同時に根の動きが止まり、ピシピシと鳴っていた身体の音が止む。
「アッシュ、シオン、術を止めろ」
力を確かめ、モウンは部下達に命じた。二人が火と氷の渦を納めると同時に「はあっ!」荒れ狂う土の嵐を切り裂き飛ぶ。
「何っ!!」
ディギオンが驚きの声を上げる。モウンの剣が彼の右の角を切り飛ばした。
嵐が唐突に止む。
「……な……」
違和感を感じたのだろう。角に手をやり、起こったことを理解したディギオンが驚愕に声を失う。
「従兄への非道、返させて貰った」
後ろに距離を取ったモウンに、それだけで射殺せそうな視線が返ってくる。しかし今までとは格段に強い浄化力をまとった彼に闇雲に力を放っても倒せないと解ったのだろう。腰の剣を抜いた。
「何故、お前がそれほどまでの力を……」
「さあな」
モウンも再び剣を構え『多分、優香のおかげだ』心語を部下達と隊長、セルジオスに飛ばす。
『優香ちゃん、ですか?』
『ああ、おそらく優香は『贖罪の森』の水に込められた森の主の想いに感応し、通じているだろう。その想いを通して森の力を俺に与えてくれた』
『優ちゃんが瑞ちゃんみたいに『贖罪の森』と繋がっているのですか!?』
驚くシオンに小さく頷く。一時的なものだろうが、優香は今、瑞穂のように森の力が湧き出す存在になっている。
『角を切り飛ばされてディギオンは俺を倒そうと躍起になるだろう。奴は俺が押さえる。アッシュとシオンはその間に玄庵とエルゼの元に向かい、このことを二人に教えてくれ』
ここまで力を得ても、正直、このディギオンを再び土童神社に戻せるかは解らない。だから、二人に優香から力を借りて、奴を浄化する方法をもう一度検討して貰う。
『はい』
「隊長は下がって隊員達と術士達を守ってくれ」
そう促すとセルジオスはぐっと身体に力を入れ、土の魔力を解放した。彼もまた第二形態、地獣へと変わる。身が一周り大きくなり、角がディギオン同様、大きく天頂に向かい伸びた。
「私はハーモンと共に戦う」
『足』はディギオンが第二形態を取った後、無理矢理、力を送り込まれたのか、切られた腕が復活し、身体が異様にふくれている。もはや、生前の面影の欠片もない。
「解りました」
「行くぞ!」
モウンが一気に距離を詰める。セルジオスが後に続いた。
* * * * *
「こっちです!」
強い瘴気と土の魔気の中、冥界人である友人の安息の闇の気を察知したシオンが先頭に立って飛んでいく。二市は電柱等、背丈のある物は折れて地面に転がり、住宅は基礎だけ残して吹き飛ばされ、ビルやマンション等の大きな建造物には破片や瓦礫が突き刺さり、無事なものなど見当たらない有様だった。
「……隊員達は大丈夫か?」
「エルゼ……」
ファミリー向けの団地の中へとシオンが入っていく。並んだ外側の棟は他の建造物と同様、破壊されていたが、内側の棟は損傷が少ない。その棟と棟の間の中空に丸く張られた結界が浮かんでいた。
「今はとりあえず大丈夫だよ! 班長とセルジオスがディギオンを押さえている!」
シオンが外から呼び掛ける。結界が消え、先程のアッシュとシオン同様、背中合わせに術を使っていた法稔と捕縛隊の術士の間から、ブライに全身で守るように庇われていたエルゼと玄庵、お玉、二人の隊員が顔を見せた。
「エルゼ!!」
アッシュが翼をはためかせ飛びつくようにエルゼを抱き締める。ぐらりと力が抜けたように結界を張っていた二人の術士の身体が揺れ
「ポン太!」
「しっかりおし!」
「大丈夫か!」
法稔がシオンとお玉に、術士が隊長と隊員達に抱き止められた。
「私達は魔力を温存していて下さいって言って、二人だけで結界を張っててくれたの」
アッシュの腕の中でエルゼが申し訳なさそうに詫びる。これから浄化術を使う要の術士を消耗させないように気を使ってくれたらしい。法稔はやっと増えた冬毛がぐったりと寝、術士の方は紫の顔が青ざめて薄くなっている。
「ありがとう。助かったよ」
「……いえ、守り切れて良かったです」
アッシュの感謝の言葉に二人が力なげながらも笑んだ。
「ところで至急、エルゼと玄さんにやって欲しいことがある」
副長の顔に戻ってアッシュがモウンの伝言を告げる。ディギオンを土童神社に戻すのは困難だと聞いて顔を曇らせた二人は、しかし、優香から更に『贖罪の森』の力を借りれるかもしれないという話に大きく頷いた。
「確かに私と合流して、義兄さんに小瓶の水が反応してから、優香の周りに常に森の気が漂っていたわ」
「先程も優香の想いが班長に森の力を与えたのだろうの」
「というより、ハーモン班に力を分け与えたい『贖罪の森』が、主の想いで繋がった優香ちゃんを通して送っているのだと思うよ」
お玉の言葉に肩を貸して貰いながら法稔が頷く。
自身がどうなろうと、相手が誰であろうと、破防班として揺らぐことなく盾であり続けようとするハーモン班に対し、『贖罪の森』自体が共鳴し、彼女を通して手を貸そうとしているのだろう。
「だから、きっと班長の言うとおり、森はディギオンを浄化出来るだけの力を貸してくれるだろうね」
「……でも、今からまた浄化術を組むのは……」
隊長が捻る。すでに完成した術をまた最初からやり直すのでは、さすがに期限である夜明けが来てしまう。
「いや、大丈夫じゃ」
玄庵が懐から明玄の元で手に入れた術式を書いた紙を出した。
「元々、儂等の術はこれを基礎にしたもの。更にこうして詳細な元の術式が解れば、いかようにも応用出来る」
「ですね」
エルゼが師の手元をのぞき込む。
「じゃあ、私と法稔は優香ちゃんの元に行って、彼女と『贖罪の森』を繋ぎ、力をこちらに送り込む準備をしてくるよ」
お玉が自分の力を込めた糸を輪にしてエルゼに渡す。
「これで連絡するから」
一人では飛べない法稔の腰に手を回し「ブライさんとあんたも来ないかい?」捕縛隊の術士を声を掛ける。
「向こうにいけば回復出来るし、あたしと法稔は浄化地との繋ぎに掛かり切りになるから、守り手が欲しい」
さすがに今の状態では戦闘から長く離れていたブライと結界で魔力を使い果たした術士をここに置くのは拙い。
「そうだな、その方が良いだろう。それとキースも連れていってくれ」
隊長がまだ気絶しているキースを顎でしゃくる。こんな奴だが彼はディギオンの『破壊』活動の証人だ。隊員の一名がキースを抱え、ブライが術士に肩を貸す。
「なら、オレはお玉さん達が二市に出るのをディギオンに気付かれないように、派手に力を使います」
火気を散らし目立つと同時に浄化術がより効果を発揮出来るように瘴気を焼き払う。
「ボクも。……玄さん、ボクの水の力の封印を解いて貰えませんか?」
真剣な顔で頼むシオンに玄庵が目を細めた。
「大丈夫かの?」
「今は自分の力を怖がっている場合じゃないです」
「解った」
玄庵が印を組み呪文を唱える。シオンの胸から封印の玉が割れる音がして、水の力が荒々しく沸き出す。
「……くっ……」
「シオン、これを持っていろ。私が術の制御に使う数珠だ」
自分の力を押さえ込もうとするシオンの手首に、法稔がいつも使っている数珠を巻きつけた。
「……ありがとう」
数珠の力を借りて、あふれる力をなんとか制し、顔を上げる。
「ボクも『真水』を使って派手に瘴気を洗い流します」
「よし、行くぞ。隊長は残った隊員とエルゼと玄さんの守りを頼みます」
アッシュとシオンが上空へと飛び立つ。言葉とおり、二市の空に強大な火気と水気が飛ぶ。
「あたし達も行くよ」
死神達は一団となって二市の外へと飛び立った。
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