16. 贖罪と命令

「お前は女死神に、お前はウォルトンの加勢しろ」

 共に阻止することを望んだ隊員達の一人をお玉に、もう一人をシオンの元に行かせる。

 隊長は術士の隊員を連れて、エルゼの元に向かった。

「ところで、どうディギオンを捕縛するつもりなのだ?」

 素早く隊員達に補助魔法を掛けたエルゼが振り返る。

「ディギオンの力をこれで浄化し、消してしまいます」

 軍服のポケットから小瓶を取り出す。中身は冥界の『贖罪の森』の浄化の中心の湖の水だと説明する彼女に

「なるほど」

 術士が周囲に漂う瘴気を調べて頷いた。

「確かに強過ぎるので解りませんでしたが、明玄同様、ディギオンの魔力も邪気と化しているようです」

「ただ……」

 エルゼが眼下の土童神社を指した。

「組んだ浄化術は神域に囚われているディギオンに掛けることを前提にしていましたので……」

 『足』を得て、二市を自由に飛び回る状態は想定してない。法稔が明玄の館で使ったように、どんなに強い術でもただ漫然と広範囲に掛けただけでは効果が薄れてしまう。奴を好き勝手に二市内で行動させたままの状態では完全に力を消すことは出来ないだろう。

「この一月の間にディギオンの邪気が更に高まってますし」

 彼から発する瘴気だけでも、ここにいる者の気力と体力を削っていく。

「ニキアス殿を倒し、もう一度、ディギオンを神域に戻さなければならない、ということだな」

 隊長は、ちらりとまだ意気消沈した状態でブライに支えられているセルジオスを見た。

「セルジオス殿には悪いが、御子息をあのままにしておくのも酷だ」

 腰の剣を抜く。

「私もウォルトンに加勢する。お前はレイヤードと流水、死神少年と共に力を合わせ、補助と防御を頼む」

「はい」

 術士が頷く。セルジオスに一言「すまない」と告げると隊長は剣を構え、飛び出した。


 * * * * *


 『土の老王』の隠居所、『謁見の間』。玉座に向かって敷かれた絨毯の上に大きく浮かんだ水晶玉の映像に老王が思わず目を反らす。

「きちんと御覧下さい。老王おじいさま。これが貴方がディギオンの真の姿から目を背け、甘やかし続けた結果です」

 水晶の脇に立つボリスが冷ややかな声を掛ける。水晶はお玉の術布を通して、現在二市で起こっている出来事を映している。今はシオンを中心に捕縛隊の隊長と隊員がディギオンの『足』と戦闘中だ。向け直した目に、その『足』の顔が映り、彼は大きく呻いた。

「……ディギオン……どうして……」

 瘴気をまとい、自らが殺した『足』の肩に仁王立ちし、嬉々とした顔で哄笑しながら『遊ぶ』ディギオン。その姿は彼の中の天使のような『愛する孫』の姿を打ち砕くに十分だった。

 過激派時代、非情な計略を次々と行ってきた老王だが、彼は自分の懐にある者には寛容な一面を持つ。特にまだ若かりし頃から仕えていたセルジオスのことはディギオン同様、大切に思っていた。そのセルジオスを、彼の愛する息子を、最悪な形でディギオンが踏みにじったのだ。うつろな目で脱力しているセルジオスに老王が首を振る。

 ボリスが隣に立ち、映像を中継するケヴィンと頷き合う。ここからディギオンを『土の王』候補から退けさせ、捕縛に向けて交渉していく。

『はあっ!!』

 力量の差は歴然だか、それでもシオンが『足』に打ち込み、弾かれ、返ってきた剣を隊長が止める。

老王おじいさま、あの隊長もディギオンに反旗を翻しました。老王おじいさまの恩を受け、忠義を誓い、捕縛隊の隊長に選ばれたほどの男が、です」

「そんな人物まで、彼は『裏切り者』と決めつけ、加虐の対象にしましたね」

 老王が額を押さえる。ボリスは水晶の映像に自分とハーモン元大佐で集めた被害者達の名前を重ねた。

「御覧下さい。ほとんどが『土の者』で老王おじいさまの協力者の息子の名前もあります。この一年の間にその数はうなぎ登りに増えている。私の調査では、これが全て、今行っているディギオンの身勝手な『破壊』行動の為に犠牲になった者です」

 ケヴィンが『神』の力をふるうディギオンをその上に映す。

「このまま、彼が何の咎も背負わず『土の王』となれば、土の一族は彼への不審と恐怖に更に混乱するでしょう。『悪魔』の支配者の下、分裂、離反する者が出、他の一族より大きく衰退することになります」

火の一族と水の一族こちらとしては、過激派となりやすい土の一族の衰退は願ってないことですけどね」

 ケヴィンの言葉に老王の肩がびくりと震える。『土の王』として一族を取るか、祖父として孫を取るか苦悩に揺れる。

「ボリス……一つ頼みがある。それさえ、聞いて貰えれば、私はお前に『土の王』を譲り、あの子の捕縛許可書にサインをしよう」

 この数時間で一気に歳を取ったように深い皺が刻まれた顔を老王が上げた。

「私が魔王軍大将として容認出来るものであるのなら聞きましょう」

 彼らしい厳格な返事にすがるような目を向ける。

「今、ディギオンが行っている魔憲章九十九条違反の『破壊』行動以外の、全ての罪を私が背負うというのは?」

 この期に及んでも孫の罪を軽くしたいらしい。請うような声音をボリスはきっぱりと拒絶した。

「出来ません。彼の起こした事件の真相を全て明るみに出さない限り、彼の犠牲になった者達も遺族も浮かばれない。総統ベイリアル家への信用にも関わります」

「……なら……」

 老王は玉座から立ち上がった。床に降り、ボリスに詰め寄る。

「全ての罪を認めたら、間違いなく、あの子は冥界が訴える『三界不干渉の掟』破りで有罪になる。せめて、あの子が奴隷の身に落ちるのだけは勘弁してやってくれんか?」

 『三界不干渉の掟』を破った者はその世界の奴隷となるのが決まりだ。それだけは……と、頼む老王にボリスは今度は首を縦に振った。

老王おじいさまやディギオンの為ではありませんが、あのような危険な者を冥界に渡すのは冥界むこうに余計な混乱を招くことになりかねません。それについては魔界こちらで厳罰に処す方向で検討していくつもりです」

 ボリスがケヴィンに目を向ける。

「他の一族に異論はないでしょうか?」

「おそらく」

 ケヴィンもまた頷く。

「では」

 『謁見の間』に控えていた従者達に、サインを綴る机と椅子を持ってくるように命じる。老王は深く息をつくと、もう一度、映し出されたセルジオスの顔を見上げた。

「すまない……セルジオス。私はディギオンがお前の息子を殺したことは知っていたが、ここまでおぞましい目に遭わせているとは知らなかった」

 震える声で彼への命を紡ぐ。

「セルジオス。謝ってすむことではないが……お前の手で息子をディギオンから救ってやってくれ」


 * * * * *


 刀を構え、『足』に切り込む。左右時間差でくり出した剣戟はあっさりと弾かれ、返す剣が横にないでくる。ギン!! それを隊長の剣が止めた。

 ふっと笑ってディギオンが手を振る。周囲を漂う瓦礫が一斉に隊長と隊員、お玉を狙う。シオンは大きなハサミを振った。『真水』の粒がそれらを打ち、邪気を失った瓦礫が地面へと落ちていく。

「……これじゃあ、攻め切れない……」

 ギリリと歯を鳴らす。モウン同様、隊長と隊員達は反旗を翻したと同時に二市の『神』であるディギオンに土の力を封印されている。となると剣で対抗するしかないが、破防班のように『贖罪の森』の力を借りてはいない彼等ではディギオンにも『足』にも大きなダメージは与えられない。出来るのはシオンの刀だけなのだ。それを奴も解っているのだろう。攻めに入ろうとすると、さっきのように周囲の者を襲い、シオンの気を反らす。

「玄さんとポン太は大きい瓦礫からの防御で手一杯だし……」

 地面から飛んできた巨大な岩が二重の結界に弾かれる。攻め手に欠けたまま、時間だけがじりじりと過ぎていく。

「とにかく、班長とアッシュさんが来るまで少しでも……」

 ぶるんとシオンは首を振った。焦る気持ちを抑え、刀とハサミを構え直す。もう一度、『足』に攻め込もうとしたとき、脇を黒い影が通り過ぎていった。

 ギン!! 重い剣の打ち合う音が響く。黒服の長い裾が瘴気の混じる夜風に翻る。

「セルジオス……」

 さっきまで腑抜け同然だったセルジオスが『足』となった息子と剣を交えていた。

「老王陛下より命が下った」

 剣を跳ね返し、彼が剣先を向ける。

「ニキアス、父がお前を『悪魔』から解放してやろう」

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