8. 捕縛
満月一歩手前の月が夜空の高い位置に光っている。その青白い光を浴びて、指定した時刻に二市から二つの影が飛んできた。
「ハーモン伍長とブランデル兵長に間違いないな」
明玄から渡された魔結石が光るのを見て、セルジオスが本人であることを確認する。以前、対決した日から九日。モウンの石化は胸まで進んでいた。
二人が隊員達に囲まれ、縄を掛けられたノエンを見て絶句する。
「『危害を加えられたくないなら』と言っていたではありませんか!!」
ノエンの顔は殴られ、醜く腫れ上がっている。アッシュの非難の声に捕縛隊の隊員達が一斉にキースを睨む。
セルジオスが目を離した隙に彼が殴る蹴るの暴行を働いたのだ。物音を聞きつけ、止めに入った隊員達も何人も殴られた。
「裏切り者に制裁を加えただけだ」
周囲の視線にキースが涼しい顔でうそぶく。
「ノエン殿……すまない」
「いえ、これも兄と義姉と姪の為ですから」
ノエンが切れた跡のある口端を上げ笑う。
「俺の方からも父に、ノエン殿の兄上の行方の捜索について、よくよく頼んでおく」
「お願いします」
隊員達が捕縛用の縄を持って囲む。セルジオスはまず二人の身体検査を命じた。
「ありました」
二人の軍服から隊員が四角い機械を二つ出す。『けいたいでんわ』と『すまほ』だろう。それを握り潰し、剣を取り上げ、術封じの縄を掛ける。
「では、魔界に連行する」
隊長が隊員二名を呼び、二人とノエンを繋いだ縄を持つ。
「いや、連行は私がやろう」
セルジオスは隊長を止めた。
「これだけ腕の立つ者だ。私が確実に牢に入るまで監視する」
仲間を傷付け、暴力をふるう、老王側の者達に捕縛隊は嫌悪を抱いてきている。それに隊長の話では、やはりノエンのように身内に行方不明者を持つ者が他の隊員にもいるらしい。だとすると、さっきの彼とモウンのやり取りを聞いて、道中、自分の身内を救う為、二人を解放する者が出ないとは言いきれない。
「その隊員、二名を貸してくれ。キース、お前は明玄ともう一度連絡を取り、捕縛隊と残りの班員、流水玄庵、エルゼ・レイヤード、シオン・ウォルトンを捕らえろ」
「解りました」
隊長が渋い顔でキースを見る。
もはや、捕縛隊も『味方』とは考えない方が良いのかもしれん……。
セルジオスは顔をしかめるとモウンを縛った縄を持ち、飛び立った。
* * * * *
ヒューヒューと鳴る風の音がぷつんと切れる。
「圏外に出たようだね」
ケヴィンの声に、シオンが以前の捕縛隊の映像同様、パソコンを操作し、さっきまで流れていた音声を保存し、共有クラウドにアップロードする。携帯電話とスマホは取り上げられたが、彼らの動きを探る為に昼間用意したワイヤレスマイクは無事だった。
「どうやら度重なるディギオンやキースの非道に、向こうも仲間割れを始めているようだ」
更に明玄は玄庵を呼び出した後、姿を消しているらしい。
「姐さん、大丈夫?」
シオンがパソコンを閉じ、後ろで一緒に聞いていたエルゼを振り返る。
「……ええ」
今夜はどうしても参加していたい。そう言い張って起きていたものの、やはりアッシュが連行されるのを聞くのは辛かったのだろう。顔が青ざめている。ジゼルが妹をそっと後ろから抱き締め、ふわりとお腹の子が火精を飛ばし、寄り添わせる。ブライが温かな飲み物を用意しにいくなか、ケヴィンは義妹の前に座った。
「今からオレが魔界に行って、兄さん達と協力して、二人を連れて戻ってくる」
再生専用のレコーダーを見せる。そこには捕縛隊の映像に、ノエンがスマホから送ってくれた音声と、さっきの音声が入っていた。
「ノエンさんの本当の役目は、中立であるはずの懲罰委員会が『土の老王』と共謀していたという証拠を集めることだったからね」
特に捕縛隊が二市に入ってディギオンに襲われたときの『我らは味方です!』という隊長の言葉は重要な証拠になる。ケヴィンがカバンに予備のバッテリーと電池をいくつも入れる。
「でも、ケヴィンさん自身は大丈夫ですか?」
途中で捕縛隊が襲ってきたら……。心配するシオンに
「アッシュは除名で剥奪されているけど、オレはディギオンと同じで、火の一族の治外法権を持っているから、一人なら大丈夫だよ」
安心させるようにおどけたウインクをした。火の総統家の次男である彼も、総統……この場合は彼等の長兄……の命でないと逮捕されないという特権を持っている。
「班長達を助けるのと同時に、この証拠からディギオンの捕縛許可も取ってくる。だから、二人はディギオン浄化と捕縛の準備を進めておいて」
彼等兄弟はこれから魔界でユルグと共に『土の老王』と対決する。
「エディ義兄様もケヴィン義兄様も気を付けて……」
細い眉を潜めるエルゼの肩を、カバンを持ったケヴィンが優しく撫でた。
「きっと班長とアッシュを解放して帰らせる」
「……はい」
エルゼがしっかりと頷く。ケヴィンは皆に手を振ると
「持っていてくれ」
笑顔を向けて家から出て行った。
* * * * *
セルジオス達が旅立った翌日。よく晴れた青い空の下、破壊された二市の街並みをニヤニヤと笑いながら見ていたキースは、するりと空間の隙間から明玄の私有空間に入った。
黒い瓦の乗った漆喰塀に囲まれた広い屋敷が見える。先日は固く閉ざされていた門が薄く開いていた。そこから敷地内に入る。
表玄関から母屋、離れ、倉に庭……強い魔力を持つ玄武族らしい、大きく立派な建物が広がっているが、最近はロクに魔力を補充出来てないのだろう。あちらこちらに欠け、消えている箇所があった。
明玄の魔力を辿り、キースは「ん?」と首を傾げた。老王に貰ったはずの土の魔力が消え、水の魔力に戻っている。
「……ああ、そうか、あの玄庵という師匠の魔力を手に入れたか」
密かにセルジオスに先んじて、手に入れた師の魔力を自分のモノにしたらしい。
それならディギオンの解放ももうすぐだろう。楽しい……彼にとっては……『島の別荘』の日々を思い返し、にんまりと笑う。ディギオンが『土の王』になれば、もうやりたい放題だ。もっと楽しいことになるだろう。
弾む足取りで明玄の魔力が一番濃く漂う彼の研究室に入る。たくさんの本が並んだ背の高い書棚と、魔結石等、術具が置かれた棚がぐるりとデスクを囲っている。その部屋の壁にもたれるように小柄な玄武族の老爺が座っていた。
「これが元魔術師長、流水玄庵か?」
生き人形にされた老爺を顎で指す。何やら書き付けた紙が散乱しているデスクに座り、自分の両手をじっと見ている彼にキースは尋ねた。が、明玄は目を向けることなく、ぶつぶつと呟いていた。
「……違う……こんなはずは無い。どうして、あの澄んだ魔力が戻らない……」
どうやら、玄庵の魔力を己のモノにした途端、また濁ってしまったらしい。
「何を言っているんだ? お前の魔力は元から濁っていただろう?」
キースがディギオンに仕え、初めて彼に会ったときから、彼の魔力は淀んだ沼のようなモノだったはずだ。しかし……。
「……違う……こんなモノは私の魔力ではない……私の力はもっと澄んだ……清らかな……」
血走った目で呟き続ける明玄にキースは首を傾げつつも、セルジオスの伝言を告げた。
「セルジオス殿が魔界にハーモンとブランデルを連れて行っている間に、残りの班員と捕まえろとさ」
明玄は聞こえてないのか、手を見つめたまま、同じことを繰り返し繰り返し呟いている。
……どうしたんだ? こいつは……?
自分が今、ここにいることにさえ気付いてない様子に肩を竦め、動かない玄庵と彼を交互に見る。
「お前、もっと魔力がいるのか?」
多分、そうに違いない。今の明玄は玄庵の魔力を手に入れ、以前並みに戻っているが、それでもディギオン解放にはもっと魔力がいるのかもしれない。そのとき、キースの頭にあることがひらめいた。机に近づき、明玄の肩を叩く。
「だったら、もっと手に入れれば良いだろう? ハーモン班にはほら、『水の王』の秘蔵っ子の、クラーケン族並みの力を持った小僧がいるじゃないか?」
囁くキースに明玄がようやく目を向ける。
「クラーケン族並み……」
「そう、水の第一種族の」
あの小僧は水の力だけなら、第一種族に匹敵するものを持っているらしい。
「……そうか……あの若くて鮮烈な水の力なら……」
明玄が立ち上がる。彼は書棚に向かうと一冊の分厚い本を抜き取った。ページを開いたとき、一枚の紙が滑り落ちる。だが、それに気付かず、何かに取り憑かれたような目で書かれた文字を読む。
「……この方法なら、すぐにでも小僧を見つけられる!」
筆を取り、紙に呪文を書き付け出した明玄にキースはにやりと笑った。よくは解らんが、これでこいつがハーモン班の小僧を捕まえてくれるだろう。明玄が書き出した呪文を組み変え始める。
「……後はサキュバス一人だ……」
キースは楽しげに口笛を吹き、部屋を出ていった。
生き人形にされたはずの玄庵の足下に落ちた紙が滑り込む。その口元が微かに震えている。細波のような術力が彼から明玄に絶えず押し寄せていた。
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