5. 遠い思い出
月が二つの異形の影を淡くビルの屋上のコンクリートに床に映す。そろそろ捕縛隊が来るという時刻。モウンとアッシュは隠れることなく、彼等を待っていた。
「しかし、アッシュ。お前は捕まらなくても良いのだぞ。エルゼが心配だろう?」
ここは自分一人にして、エルゼ達の元に向かうように勧める班長に
「いえ。オレも捕縛されていた方がエディ兄さん達が動きやすいでしょうから」
アッシュは首を横に振った。
今、この事件の調査にはボリスとモウンの父、ハーモン元大佐が関わっている。同じ土の一族のモウン一人が捕まっただけでは、未だに軍に影響を持つ『土の老王』にうやむやにされかねない。除名されているが、火の一族の総統家の自分もいた方がユルグにも長兄にも都合が良いだろう。
「結果的にその方がエルゼやオレの子の為にもなりますし」
ふっと笑う副長にモウンが赤い瞳を細めた。
「少し父親らしくなったのではないか?」
からかうような声に「そうですか?」と照れる。
「しかし、老王はどうやってオレ達から『全て自分達がやった』という『証言』を引き出すつもりなのでしょう?」
冥界の告訴の関係者への調査は厳しい。拷問や術、薬などで『証言』させたことが発覚した場合、それも『罪状』として更なる処罰の上乗せを求めてくる。
「まあ、俺達の周りの人間を人質にして『証言』させようとしてくるだろうな……」
モウンの弟一家や、アッシュの縁者、エルゼの姉夫婦に、玄庵の友人、シオンの離れている家族達の安全を盾に迫ってくるだろう。
老王は自分が軍を掌握していた時代、デュオスの実兄を使って、彼の妻と子を殺害し、『水の王』に野心を持つ叔父を唆して、まだ幼いアルベルト、クラウド兄弟を亡き者にしようとした男だ。敵とした者には容赦はしない。
「だとすると、これはオレ達の身近な人達を守る戦いにもなりますね」
「そうだな」
気合いを入れるアッシュにモウンも頷く。土の気配が複数、近づいてくる。
「シオン達には、ああは言ったが……」
モウンが腰の剣を抜く。残りの班員を少しでも楽にする為、出来る限りのダメージをセルジオスと捕縛隊に与える。
「はい」
アッシュも呼吸を整え、火気を高めた。
そのとき、ドン!! と地面が鳴った。ぐらぐらとビルが大きく揺れる。
「ディギオンか!?」
強大で、おぞましい土の気に急いで上空へと飛び立つ。複数の土の槍が地面から飛び出す。
「何!?」
自分達からそれた土の気を追い、思わずモウンとアッシュは目をむいた。 いくつもの悲鳴が夜闇に響く。ディギオンの土の槍は味方のはずの捕縛隊の隊員を貫いていた。
* * * * *
うっすらと雲が広がる昼時。オフィス街の公園にはいくつものキッチンカーが出ていた。スーツ姿の男女が並んで昼食を買う中、人型を取り、黒いコートに身を包んで、街中を当てもなく捜索していたセルジオスはベンチに座り、ふうと重い息を吐いた。
……あそこまで狭量な男だったとは……。
昨夜、準備万端に整えて、二市に入ったセルジオスと捕縛隊はディギオンの放った土の槍に襲われた。どうも前の晩の彼の諫言に怒っての仕返しだったらしい。
『我らは味方です!!』
隊長の必死の叫びも空しく、セルジオスを襲う槍に巻き込まれ、隊員四人が大怪我を負った。
隊員達は治療中だが回復には数日掛かるだろう。セルジオス抜きの捕縛隊で、手練れの二人を捕まえるのは無理だ。ディギオンの怒りが落ち着くまで、当分、彼等には手が出せない。
そこで、今日からは二市の外に潜伏している班員の捜索をしている。が、キースが言うには、こちらの世界は魔界の魔法に似た『技術』が発達している。家に籠もって一歩も外に出なくても、自由に会話し、必要な品を手にすることが出来る彼等の居場所を見つけることは難しい。
セルジオスは眉間に皺を寄せ、また重い息を吐いた。
……老王陛下はそれでも魔王軍を掌握するだけの度量があったが……。
あれでは、老王に近しい配下にさえ、密かにボリスを担ぐ者がいるというのも頷ける。
目の前のベンチに四十代くらいだろうか、穏やかな中年男性が座る。雲間から差してきた薄日にここで昼食を食べることにしたらしい。袋から弁当と思われる箱を取り出す。蓋を開けてこぼれた笑みに、セルジオスは久しぶりに息子を思い出した。
息子は目の前の男性のように穏やかで優しい男だった。とても『処刑人』は務まらないと幼いころから危惧していたほどだ。
『処刑人』は新しい総統の就任と同時に、ニコラウ家から一人、最も腕の立つ男が就く。老王が子供達を飛ばし、溺愛する孫のディギオンに『土の王』を譲ると言ったとき、彼はひそかに安堵した。これで『処刑人』も一代飛ばせる。息子を日の当たる場所に出せると。
そして息子は思惑とおりニコラウ家を除名され、魔王軍に入隊した。……しかし、一族の血塗られた運命は彼を逃しはしなかった。
『貴方はあの子を愛してないの? どうして、あの方に仕え続けるの?』
あの後、精神を病んで亡くなった妻の声は今でも耳に染み着いている。
『お別れしても私は、お役目にどこまでも忠義を通す、父上をずっと尊敬しております』
目を伏せたとき
「あの……」
声が掛かった。顔を上げると、弁当を食べ終わったのか、前に座っていた男性が何か手の平サイズの四角い板を手に見下ろしている。
「気分が悪いのですか? 救急車を呼びましょうか?」
「……救急車……?」
意味はよく解らないが、暗い顔をしている自分を体調が悪いと勘違いして、親切心から助けてくれようとしているらしい。
「いや」
セルジオスは小さく笑みを浮かべると断った。
「ありがとう。どこも悪くはないのだ。ただ少々難しい考え事をしていただけで」
「そうですか。失礼しました」
ぺこりと頭を下げて、男性がカバンを手に去っていく。その姿を見送って、セルジオスはふと気づいた。
「……呼ぶ?」
あの四角い板で何かを呼べるのか? 魔界でも使う連絡用の術を込めたカードが頭に浮かぶ。
「すまん、聞きたいころがあるのだが」
もしかすると、その『技術』は、あの四角い板を使うのかもしれない。セルジオスはベンチから立つと、別のベンチで昼食を取っている若い男に声を掛けた。
「すまほ?」
貸家近くのチェーン店のカフェにキースと共に呼び出された明玄は首を傾げた。
「ああ、『でんぱ』とやらで術を使わず、遠いところにいる相手と連絡を取り合う『技術』がこの世界にあるらしい」
セルジオスが目で周りを指す。周囲の席では蓋の小さな穴から飲むコーヒーを前に、その『すまほ』に見入っている人達がいた。
「そういえば、以前、冥界の力を奪う為に少年少女の通う『じゅく』に潜入したときも、皆、持っていたな」
それを耳に当ててしゃべったり、表を指で叩いたり撫でたりして何かをしていた。
「間違いなくハーモン班の連中も、この『すまほ』とやらで連絡を取り合っている」
「……それでこちらに気取られぬように魔力を使わず……」
「でも、それはこの世界の者のほとんどが持っているのだろう? ハーモン班を探す手掛かりにはならんぞ」
キースの指摘にセルジオスが明玄に目を向けた。
「明玄、捕縛隊から隊員達同士が連絡に使う以外の術の揺らぎを感じたか?」
「いや、襲撃の夜から内密者を暴こうと気を付けているが、不審な術のやり取りは感知してない」
「やはり」
彼がふむと頷く。
「だとしたら、捕縛隊にいる内通者も、この『すまほ』を使ってハーモン班と繋がっている可能性が高い」
隊員達を見張れ。セルジオスはキースに命じた。
「『すまほ』を使い続けるには『でんき』が必要らしい。その『でんき』を得る為に必ず普段と違う行動をするはずだ」
「なるほど」
キースがにやりと笑った。
「警戒されないように、このことはまだ、隊長や他の隊員には秘密にしてくれ」
「解った」
二人の返事を聞いて、セルジオスはコーヒーを飲み干すと、またハーモン班の捜索に戻る。早速、貸家に戻ろうとキースが席を立つ。その彼に
「『すまほ』を見つけたら、セルジオス殿に報告する前に、私に使わせてくれないか?」
明玄は頼んだ。
「ん? どうしてだ?」
「セルジオス殿に報告すれば、直ぐに取り上げ、締め上げ、内通者にハーモン班の居場所を吐かすだろう。その前にそれを使って師を誘き出したい」
彼が班員を捕縛し魔界に連行すれば、おいそれと会うことは出来ない。ならば先に玄庵を自分が確保する。
「師を捕まえたら、すぐに返す」
「なら良いだろう」
キースがカフェを出る。その後ろ姿を見送って明玄はにんまりと笑んだ。
* * * * *
「……うん。間違いない。これ『真水』だよ」
「やはりそうか」
夕食後、茶を飲む玄庵の耳に、炬燵で小瓶の水を前に話し合っている法稔とシオンの声が聞こえてくる。
法稔はモウンとシオンが『この世界を守る』と言ったとき『贖罪の森』の湖の水が光ったのは、この水が水の力が具現化した『真水』だからだと推測した。
「『贖罪の森』の湖の水は全て『真水』ではないかという説がある。森の浄化力や主、森の人々の想いが、それに溶け込んでいるから冥界で最も強い力を持っているのではないかと」
それに更に主の少女が『哀しい人が増えないように』と込めた願いが溶け込み、二人の想いに反応したのだろう。
「へ~。それでボクがこれを?」
「ああ、この水とお前の『真水』を操る力を使って、リスクを減らし、より少ない力で魔結石を改術しようと考えている」
「解った。玄さんがやるより、戦闘兵のボクの方がもし捕縛隊に見つかっても抵抗出来るしね」
「それで、使いやすいように、お前の意見を……」
二人の少年が新しく広げた紙に術を組んでいる。その様子に思わず玄庵の口元に笑みが浮かんだ。
『あの二人の縁は一生ものだな』
以前、モウンもそう言っていたが。
本当にシオンも法稔も良き友を得た。
熱心に紙にペンを走らせている法稔の姿に、ぶと術式を組んでいた少年時代の明玄の姿が重なる。
……アレにも友がいたら……。
明玄は元は法稔のように真面目で大人しい少年だった。だが、彼とは違い、他人の上に立ちたがる自尊心の強い子でもあった。そのせいか『万年に一度の天才』と呼ばれた玄庵の弟子なり、一番弟子と呼ばれるようになる頃には、完全に周囲の他の術士を見下すようになっていた。
……その自尊心が過激派の時代、禁呪や邪術を使い、次々と望む術を叶えていく術士達を見て焦りに変わっていった……。
若い心が他の術士の後ろに着くことに耐えられなかったのだろう。
……もし、そのときのアレにシオンのような友がいたら……。
そこまで考えて玄庵は首を横に振った。師の自分が彼を破門し、追放し独りにしたのだ。それをありもしない友に救って欲しかった、等と考えるのもおこがましい。
「これならどうだ?」
「う~ん、もう少しコントロールしやすいように使う魔力を軽減出来る?」
「そうだな……」
この二人なら、しっかりとした新しい改術の術式が組めるだろう。
キッチンで休憩を兼ねて姉と食後のひとときを楽しんでいるエルゼに目を向ける。彼女も自分の元で十分成長した。彼女らしい隅々まで気を配った浄化術が出来るだろう。
ならば、儂は師として明玄がこれ以上罪を重ねないようにすることと、あの呪の解呪を……。
『俺のことは気にするな』
ディギオンと明玄による反呪を見抜けなかったことを謝る玄庵とエルゼをモウンは笑い飛ばしたが。
『そんなことより、まず、優香とこの世界を守ることだ』
だからこそ……。班長をこのまま失うわけにはいかん。
湯飲みを置き、夜闇に鏡のように室内を写す窓を見る。
その二つを成すには明玄の懐に入らなければならんな。
己の姿に明玄を重ね、玄庵は小さく頷いた。
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