4. 破防班の本領
エルゼとシオン、玄庵の三人が、パソコンの前に集まる。先程、内通者の隊員から、昨夜、モウンとアッシュがセルジオスと対峙し、今夜、彼が捕縛隊と共に二市に向かうというリークがメッセージアプリで届いた。チャットを立ち上げ、リモート会議を開く。
『捕縛隊も来るとなると、こちらもどうなるか解らん』
セルジオスはモウンを探知出来るモノを持っている。画面から流れる班長の声に「そんな……」と班員達が絶句する。
しかし、彼は手こずる様子はあったものの、二人を同時に相手したのだ。これに懲罰委員会の手練れの兵士が加われば……抵抗するのは難しくなる。
『最悪、俺とアッシュが捕まっても、お前達はそのまま潜伏していろ。とにかく今はディギオンの浄化術の作成に力を注いでくれ』
「でも!!」
『俺達は捕まっても、きっとユルグ様とエドワード様、アルベルト様が助けて下さる』
自分達の真の上司と穏健派貴族の筆頭であり、協力者でもある『火の王』と『水の王』の名前を出し、画面のモウンがにっと笑う。
『今は奴の『身勝手な』『破壊』から、この世界を守ることを優先してくれ』
解放されればディギオンはまず、自分を捕らえた腹いせに、この世界を『破壊』するだろう。以前の自己犠牲を匂わすものではなく、いつもの頼もしい笑みで、破防班本来の役目を説かれ
「解りました」
「班長もアッシュもどうか無事で……」
「くれぐれも無理はなさいませんように」
三人が居住まいを正し、顔を引き締めた。
『ところで、もう一人、老王が捕縛隊に入れた者の正体は掴めましたかな?』
隣でチャットを聞いていたケヴィンがシャツのポケットから手帳を出す。
「もう一人はキースという男です。魔界と連絡が出来ないので確認は取れませんが、以前のバッドの事件で、奴を留置所から逃がした容疑者に上げられています」
彼はディギオンの私兵で『島の別荘』に送る『おもちゃ』の確保や他の私兵の手引き等、潜入工作を得意としていたという。ほとんどのディギオンの私兵が逃げるか、老王の罰を受ける中、その能力を買われたらしい。
『昨夜、土童神社に向かったのは、そいつだね』
セルジオスと対決していたので、はっきりとした確証はないが、そういう経歴の持ち主なら間違いないだろう。
『潜入工作が得意ということは、今頃、この世界の人間に紛れて、皆を捜しているかもしれない。そちらも、くれぐれも気を付けて』
アッシュが注意する。その後、細かな打ち合わせの後
「そういえば、エルゼ……」
彼はエルゼに呼びかけた。シオンとケヴィン、玄庵が気を利かせて、部屋の奥に向かう。こたつの天板に高く積んだ魔導書を開き、呪文を組んでいる法稔の横で、玄庵も書き掛けの紙を出し、筆を走らせる。ケヴィンがお茶を淹れにキッチンに向かった。
「アッシュさん、本当はずっと姐さんの側にいたいだろうになぁ……」
シオンがちらりと画面越しに会話する二人を見る。
魔族の子はまず魔力の質と強さが先に決まり、それに合わせて身体が成長する。エルゼは今、この世界でいう二ヶ月の妊婦だ。つわりは軽いようだが、夫として父親として、側についていたいに違いない。
「だろうな」
法稔が改術の呪文に言葉を足しながら、相づちをうつ。
「姐さんも初めての子なのに、こんなことになっちゃって心細いだろうに……」
「私は大丈夫よ」
通話を終えたエルゼがこたつに入ってきた。
「この子がいるから……」
まだ膨らみのほとんど目立たない下腹を撫でて、浄化術を綴ったレポート用紙を開く。
「なんとなくだけど、アッシュが側にいない分、この子が私を守ってくれている気がするの」
少年二人に笑ってみせて、ペンを持つ。その言葉にふわりとお腹の辺りから火気が漂うと火精が彼女の周りに漂った。
「とにかく、こちらは班長の指示どおりに術の作成を進めるしかないね」
ケヴィンが皆に熱い玄米茶を配った後、また手帳を出す。
「もしものことが起こった場合、この中では一番強いのはシオン、君だ」
術士三人は攻撃術を苦手としているし、ケヴィンはサラマンドラ族の最低ラインの火の力しか持たない。ブライは元魔王軍兵士だが、過去のトラウマから、以前使っていた戦斧を握ることも出来ない。
「今からセルジオスとキース、捕縛隊について、オレが知ることを全部教えるから、護衛の中心になってくれ」
「はい。この世界を守る為にも頑張ります」
気合いを入れて返事を返したシオンに、法稔が顔を上げて懐を探った。
「どうかしたのかの? 法稔」
この葉を隠すなら森の中。冥界のモノを隠すなら冥界人の側に。そう言われて預かった『贖罪の森』の湖の水を入れた小瓶を出す。
「……これは……」
玄庵が小さく唸る。小瓶の中で水が淡く光る。
「さっき、班長が『この世界を守ることを優先してくれ』と言ったときも光ったのです」
チャプン……。隣で真剣な顔でケヴィンに話を聞くシオンに反応するかのように小瓶の水が跳ねる。法稔が小さくヒゲを揺らした。
* * * * *
襲撃が失敗に終わった後、朝が来る前に修復した貸家の客間で、捕縛隊の隊長と隊員、セルジオスが今夜の捕縛について打ち合わせをしている。
ディギオンを縛っている術の調査から戻った明玄は、中心で昨夜の出来事を事細かに話している彼に小さく嘲りの笑みを浮かべた。
……どこまでも役目に忠義な……。
『土の老王』はディギオンと違い、自分の配下には情け深い面を持つが、彼はその中でも特に愛でられているという。
……なのにディギオンを救え、と命じるとは酷なことをする……。
以前から噂として流れている悲劇を、老王は生き残り隊員の戯れ言としたがっているが、それが真実であることは明玄もよく知っている。勿論、後始末を秘密裏に行った老王自身もだ。
以来、老王はディギオンに関する事案については彼を関わらせていないと聞いていたが。
セルジオスが隊長達の質問に受け答えている。他の隊員達も自分やキースとは違い、彼のことは信頼しているように見える。その姿に明玄は、弟子達に囲まれて指導していた師を思い出した。
『残りの命を、ここで散らした命を供養して生きろ』
無惨な死体の転がる自分の禁術の研究室を見て、破門し一族から追放した師。
『綺麗事で術が極められるか!!』
そう捨て台詞を残して去ったものの、師の気は長老の座を追いやられた今も、あの頃のまま澄んでいた。
間違いなく師は『綺麗』なまま、術を極めんとする道を歩み続けている。茶色の手を見下ろす。感じるドロドロとした自分の魔力に奥歯を鳴らす。
「明玄」
自分同様、捕縛隊の輪に入らず、ぽつねんとしていたキースが声を掛けてくる。
「ディギオン様が早く解放しろと怒っていらした。封術の方はどうだ?」
「封術は……」
調査の結果、封術はハーモン班が解呪を失敗したときのままになっていた。魔結石も死神少年が改術したままだ。そして……。
……あれはあのままにしておいても、土地神の神力により自然に解ける。
後、二週間もすれば何もしなくてもディギオンは解放され、ハーモンは石と化す。だが、それを彼に知らせ、ディギオンに聞かせるのは面白くない。
……腹の傷と失った魔力、その分を返して貰わなくては。
明玄はキースに首を横に振ってみせた。
「今のままではディギオン様の封印は解けない。新たな解呪を行わなければならないが、それには私の魔力が足りない」
あの清水のような魔力をもう一度、我が身に。そして師を自分の失った魔力を補充する生き人形とする。
内心にんまりと笑いながら、明玄は慎重に重々しい顔を作ってキースに頼んだ。
「我が師、流水玄庵を捜してくれ。師の魔力を私が貰い、ディギオン様を解放する」
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