2. 真夜中の襲撃

 深夜0時を回る時刻。関山市近くの古い貸家の上空に十の気配が現れた。光が落ち、真っ暗な眼下の家を二十の目が見下ろす。

 貸家には奥に、風とこの世界の人間らしき気、中央に水と冥界人の闇の気、玄関近くに若い水の気、計五つのおそらく眠っているのだろう静かな気がある。班長と副長を除く、ハーモン班の三人の班員と協力者の冥界の死神、そして彼等と家族として暮らしている少女のモノだろう。捕縛隊の隊長は指で下を差した。術士二人が表と裏から消音を兼ねた結界を張り、残り七人が下降する。

 隊長が両手を組み、頭上に振り上げ、力を込めて振り下げる。意表をつき、抵抗を削ぐ為、一気に屋根を崩壊する。部下達が家の中に突入する。しかし、上がったのはハーモン班の声ではなく、彼等の驚きの声だった。

「隊長! 先程の気配はこれです!」

 隊員の一人が、布を縫い合わせた人形を掲げる。隊長が降下し、潰した屋根の残骸をどける。その下からも人形が見つかった。舌打ちをして彼は術士を呼んだ。捕縛隊の術士ともう一人、上が『土の老王』に頼まれて隊に入れた玄武族の術士がやってくる。

「……これは冥界の術士による『身代わり人形』だな」

 糸に念を込めて作った術具の人形に己の気を込める。それを目くらましに置いて逃亡したのだろう。

 術士の唸りに、隊長は

「調べろ」

 拾い上げた人形を彼に渡し、何か班員達の居場所を探れるものが残ってないか探すように隊員に命じた。

 術士……明玄は人形を手に周囲を伺っている二人の男の元に向かった。 自分と共に捕縛隊に編入された『土の処刑人』セルジオス・ニコラウと、ディギオンの配下の一見痩せた貧相な男に見えるキース。セルジオスが瓦礫を除ける隊員達を眺めながら呟く。

「……ユルグ側の内通者がいるな」

「……ああ」

 自分達が捕縛隊に入ったのと同様、筆頭軍師ユルグも、この隊に自分の息が掛かった者を入れているのだろう。でなければ、昨日確かに出入りする班員の姿を確認したのに、攪乱工作をした上で、もぬけの空に出来るはずがない。きっと、その者がこっそりと今夜の襲撃を伝えたのだ。

「手がかりは見つかると思うか?」

 セルジオスの問いに明玄は首を横に振った。

「あの師がそんなものを残すと思うか?」

 手にした人形に視線を落とす。それは師……流水玄庵の身代わりだろう。わずかながら、彼の気が残っている。老練と言ってもよい年齢にも関わらず、師の気は相変わらず澄んだ水のような清々しい魔力を漂わせていた。

 明玄は己の掌を見た。先の作戦でモウンが養育している少女を『破壊』しようとしたとき、彼は冥界の死神少年に己の魔力を全て浄化され消されてしまった。その後、蓄えていた魔力も尽きてしまい、代わりとして『土の老王』に土の魔力を与えられたが、既にどろどろとした汚泥のようなモノに変わっている。

 顔を歪めた明玄に隊長から声が掛かる。隊員が瓦礫の下からかき集めた物から手がかりを見つけろと命じられる。

「……無駄だと思うがな……」

「ハーモン班は今どこにいる?」

「さあな」

 セルジオスの問いに明玄は肩をすくめた。この世界にもいる力を持つ者を、破防班の上層組織、他世界監視室が教育した『魔術師』というサポーターが彼等にはついている。今の状況で直接協力をすることはないだろうが、潜伏場所の提供等、バックアップはしているだろう。だとしたら、この世界をよく知らない自分達が捜すのは困難だ。

「ならば、まずは班長と副長から捕らえるか」

 ディギオンの『土の王』就任パーティまで、残り二十日を切っている。その間、以前のゲオルゲのように、ディギオンが『足』を得ることがないようにモウンとアッシュは二市の見張りをしている。しかし、この世界に来てすぐ、捕縛隊が向かったが、二人は巧みに無人の街に隠れ、発見することは出来なかった。

「ハーモンはディギオン様封印の術の身代わりにされ、今も石化中だ」

 その彼に掛かっている呪を探知する魔結石をセルジオスに渡す。

「キース、お前はセルジオス殿がハーモン等と対峙している間、ディギオン様に面会し、捕縛隊のことを告げよ」

「解った」

 キースが頷く。

「私はこのまま捕縛隊と共に行動し、ディギオン様解放の術を探る」

 隊長がなかなか来ない明玄をもう一度呼ぶ。

「ディギオン様を頼む」

 心にもないことを言い置いて、明玄は二人に背を向けた。

 あんな目に合わされた男の解放など、ごめんだが。

 治療された腹を撫でて、口の中で毒つく。明玄は前回、足りなかった魔力の代わりに命を差し出せと、ディギオンに腹を突かれ殺されかけた。

 ……しかし……。

 本来の魔力を失った以上、彼にはこれで功績を挙げ、『土の老王』に気に入られて魔力を与え続けて貰う以外、術士として生きる術がない。

 ……以前の魔力を取り戻せたなら……。

 拳を握る。明玄は人形を地面に投げ捨てると隊長の元に向かった。


 * * * * *


 大きく映像がブレた後、小石や土がアップになる。動き回る足音しかしなくなった画面に、シオンがマウスをクリックして録画を止めた。後で詳しく検証する為、パソコンのハードディスクと班員達が使うネット上の共有クラウドに動画を保存する。

「この世界は本当に便利だね」

 彼の背に場にそぐわない明るい声が掛かる。皆の緊張を解く為にわざと発したのだろう。アッシュの次兄、ケヴィンが感心したようにパソコンを覗く。彼はディギオンに対して重大な証言してくれたブライ、ジゼル夫妻の避難に同行して、ハーモン班のサポートに魔界からやって来ていた。早速、自分のスマホに動画をDLする。

「これだと力を使わないので、居場所がバレませんから」

 冥界の死神で法術師である法稔ほうねんが苦笑を浮かべる。自分と同じくハーモン班に協力している先輩死神、おたまに頼み、わざわざ布の人形を作って貰ったのは、この映像を撮る為だ。人形に仕込んだカメラで捕縛隊を撮影する。上手く事が運び、ほっと息をついた二人の少年とケヴィン、玄庵の元にブライがキッチンからやってきた。

「ブライさん、エルゼとジゼルさんは?」

「さっき、様子を見に行きましたら、ぐっすりと眠ってました」

 人型をとっても、突き出た牙以外ほとんど変わらない、厳つい顔でコーヒーを皆に配る。

 セルジオス達の推察どおり、隊員のリークから捕縛隊が来ることを知った彼等は、不動産業を営んでいる魔術師から潜伏先を手配して貰っていた。ハーモン班を通じて、死神が邪霊を回収した、元事故物件の空き家を借りている。

「ジゼルさんはともかく、妊婦の姐さんに夜更かしは禁物だもんね~」

 エルゼは今、アッシュの子を妊娠中だ。一時を回った時計を見、シオンがコーヒーを啜りつつ目をしばたく。ピロン……と通知の音が鳴る。パソコンに向かうと彼はチャットアプリを立ち上げ、画面を開いた。

「映像、見ましたか? 班長」

「ああ。しかし、厄介な男達が来たな」

 アッシュの持つスマホからだろう、チャットルームに彼のアカウントが入室し、二市の見張りをしている二人の声が聞こえる。

「明玄、やはり生きてましたね」

「だとすると、今度の術も奴に邪魔される可能性がありますの」

 実は就任パーティの日、こちらでは三月五日の『啓蟄』に麿様は封印から目覚める。明玄が作成し、ディギオンの掛けた術が『常世の神』の力に自然に解呪してしまうのだ。同時にディギオンが土童神社と二市から解放され、身代わりにされたモウンが石と化す。その前にハーモン班はディギオンの魔力を明玄のように、浄化し無力化してしまおうとしているのだが、やはり短期間で術を一から組み、仕込むには無理があった。そこで、もう一度、麿様を封じた封呪に使われた魔結石を改術し、使おうとしているが……。

 術は制作者が一番有利に動かせる。班長の石化という手痛い反撃を食らった術士達が顔をしかめる。

「それもあるが、もう一人……明玄が『セルジオス殿』と呼んでいた男が問題だ」

「誰なんですか?」

「老王の直属『土の処刑人』だ」

 モウンの言葉にケヴィンと玄庵が息を飲んだ。シオンと法稔が首を傾げる。

「誰ですか?」

「土の総統の命のみで動き、総統にとって邪魔になる者を排除する兵士だよ」

 ケヴィンが答える。

「老王配下の仕置き人みたいなものですか?」

「そう。ベヒモス族のニコラウ家が代々これを務めているんだ。元々は過激な思想を持ちやすい土の一族を統率する為に、総統を影で支える一族だったけど、ここ二代は総統が過激派の中心になっているから、まさに『処刑人』の名に相応しい働きをしている」

「ニコラウ家の実力は、ベイリアル家に匹敵すると言われている。俺やアッシュでも対峙するには厳しい相手だ。くれぐれも慎重に身を隠せ」

「……でも……」

 モウンの命にシオンがちらりと術士達を見る。今回の浄化術本体はまだ骨組みが組めた段階で、魔結石の改術はこれからだ。しかし、改術には当たり前だが魔力を使う為、使えばすぐにその位置を察知して、セルジオスだけでなく、捕縛隊も飛んでくるだろう。

「浄化呪はエルゼに任せて、魔結石を全部、一度に改術する呪文を組むしかないの」

 それなら最悪、捕まるのは改術の施す一人で済む。

「弟子の始末じゃ。儂がする」

 玄庵が請け負う。

「シオンとケヴィン兄さんとブライ義兄さんは、それまで護衛をお願いします。くれぐれも気を付けて」

「もし、セルジオスに出くわした場合は抵抗するな。到底、かなう相手ではない。すみやかに投降しろ」

 二市の見張りに戻るのだろう。アッシュのアカウントが退室する。シオンがパソコンを閉じた。

「とにかく、今日はもう寝よう」

 暗くなった画面に皆が立ち上がる。女性二人が寝ている隣の部屋、男性四人が雑魚寝する部屋に少年二人が布団を敷きに行く。ケヴィンはブライと飲み終わったコーヒーカップを持って流しに向かった。

「……セルジオス・ニコラウ……」

 蛇口をひねり、流水でカップを洗うブライの不厚い唇からぼそりと訝しげな声が漏れる。

「ブライさん、セルジオスに心当たりが?」

「ええ。でも……まさか……」

 ケヴィンの問いにブライが黒い目を伏せる。くしゃりと彼の顔が歪んだ。

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