File.7 『破壊』の種族

1. 『土の処刑人』

 魔界の北、万年雪が覆う剣のような白峰が連なる山の麓にその城はあった。

 土の一族の第一種族、ベヒモス族の総統家、ベイリアル公爵家。その当主名代で、一族の代表代理として魔王軍に務める、ボリス・ベイリアル大将の実家だ。広大な敷地に、大きな城。妻一人を実直に愛する息子とは違い、色好みの父親が愛人達に建てた離れが乱立する敷地の一角に、総統家当主の『土の王』、通称『土の老王』の隠居所がある。

 大きさこそは長男一族の住む城より小さいが、派手好きな老王の好みに合わせて、豪奢な装飾で飾り立てた屋敷だ。その奥にある、昔、彼が軍を掌握し栄華を誇っていた時代、王都の別宅にあったものを、そのまま移築した『謁見の間』に、一人の初老の男が膝まづき、頭を垂れていた。

 ベヒモス族らしい曲がりくねった角に精悍な顔立ち。歳を感じさせない筋肉で盛り上がった身体に、詰襟のシンプルな裾の長い黒服をまとっている。自分に仕える者は厨房の下女に至るまで、見目麗しい者を揃え、華美な服装をさせる老王の配下において、この飾り気のない黒服は逆に目立つ。それは、彼が主の為に特別な働きをする、一族の当主である証だった。

 土の総統に仕え、総統の命のみで動き、総統にとって邪魔になる者を葬る一族、ニコラウ家。当代の『土の処刑人』を玉座から見下ろし、老王は皺の寄った口元をゆるめた。

明玄めいげんの素早い捕獲、見事であった」

「お褒め頂き、ありがとうございます」

 男が深く頭を下げる。

「お前の働きで冥界が動く前に、ハーモン班への処罰が下せた」

 冥界が浄化地『思慕の花園』の力を奪おうとしたディギオンを『三界不干渉の掟』で訴えようとしている。その情報を耳にした老王は、男が捕らえた明玄の『証言』を元に、ハーモン班ならびに班長のモウン・ハーモンを軍の懲罰委員会に訴えた。罪状は新たな『土の王』となる愛孫、ディギオン・ベイリアルの拉致監禁とミノタウロス族のゲオルゲ・オナシス殺害容疑だ。

 これに懲罰委員会は、ハーモン班全員の捕縛と収監の命を下した。勿論、この早すぎる裁定は委員会内にいる老王に従う者達の働きである。

「これで先のデュオス同様、『合法的』に処分出来る」

 そうすれば今、魔界を駆け巡っている、ディギオンにとって都合の悪い真実も、犯罪者と関係者の戯れ言と払拭することが出来るだろう。

「その為にお前にもう一働きして貰う。お前と明玄ともう一人、ディギオンの配下の者をハーモン班捕縛隊に入れた。かの世界に赴き、奴等を速やかに捕まえてこい。そして明玄に術を解かせ、『土の王』就任パーティまでにディギオンを連れて戻って来い」

「おおせのままに」

 班が結成されて三十年余り。元ミノタウロス族総統家当主で破壊部隊第一隊の隊長であったモウンは勿論、火の一族の第一種族サラマンドラ族の総統家ブランデル公爵家の三男、アッシュ・ブランデル。元破壊部隊の魔術師長、術の一族玄武族の元長老、流水るすい玄庵げんあん。魔力の低いサキュバス族でありながら、彼の一番弟子の術士、エルゼ・レイヤード。そして『水の王』の秘蔵っ子であるレッドグローブ族の少年兵、シオン・ウォルトンと、班員も実力者揃いの為、余程の者でもない限り、あの班には関わるなと噂される班。それを相手に無謀とも言える主の命を男は、二つ返事で受けた。にやりと老王が笑む。

「冥界に訴えを取り消させるには、明玄の『証言』だけでは不十分だ。ハーモン班全員の『証言』がいる。その後で全ての『罪』を背負わせ、ハーモンを処刑台に送り、残りの班員には『行方不明』になって貰う」

 デュオスの時は魔王が素早く彼を冥界に亡命させた為に、それが出来なかった。現在は冥界で冥王の下、智将を務める彼を思い出し、忌々しげに顔を歪める。

 男は深々と礼をした後、立ち上がった。背の高い姿がゆらりと揺らぎ薄れたとき、老王は彼を呼び止めた。

「セルジオス、そちは例のオーガ族の元魔王軍兵士の『作り話』は聞いたか?」

 男……セルジオスが顔を上げる。静かな紅玉の瞳が老王を見上げた。

「はい」

 彼は小さく頷いた。

「……どう思う?」

「私は土の総統の『処刑人』。それを違えるつもりはございません」

「……そうか。ならば、行け」

「はい」

 セルジオスの姿が消える。彼が気配が完全に消えた後、老王は玉座の背に身体をもたせかけると、ふうと静かに息を吐いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『父上、お別れの挨拶に参りました。私は魔王軍に入隊しました』

『一族の責務から逃れたのですから除名は致し方ありません。父上の足下にも及ばない不肖の息子ですが、誠心誠意、魔王軍に勤めさせて頂きます』

『お別れしても私は、お役目にどこまでも忠義を通す、父上をずっと尊敬しております』

 影に生きる一族と袂を分かち、日の当たる場所に出た息子。

『セルジオス様!! ニキアス様の率いる隊が行方知れずに……!!』


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 魔王軍特別部隊破壊活動防止班。通称、破防班。魔界の『『継続不可能な世界』を『破壊』する』という本来の役目を忘れ、身勝手な破壊衝動に駆られた魔族の犯罪を阻止する為の組織である。その中で筆頭軍師ユルグに密かに集められた、ハーモン班にはもう一つ別の役目があった。

 それは魔界を再び『悪魔』の世界にしない為、事前にその芽を摘み取ること。今、彼等は、幼い頃から加虐の限りを尽くす『悪魔』ディギオン・ベイリアルの『土の王』就任阻止と捕縛を目指している。

 そのディギオンはハーモン班を加護する土地神、麿様を封印しようとし、自ら封呪を受け入れた神の身代わりに、土童神社の境内に捕らわれていた。

 このまま、彼を魔界の新年に行われる『土の王』就任パーティまで、この地に捕らえておけば、就任を阻止出来る。

 しかし、それは彼を盲目に愛する祖父『土の老王』の知るところとなり、事態は混迷を深めていた。

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