13. 『悪魔』降臨

 十月に入り、街は一気に気温が下がり、寒い日が続いている。

 十一月並の気温に、冷たい雨が追い打ちを掛け、火の気が無いと辛いような真夜中、男は意気揚々と関山市にある神社へと入っていった。

 神社を囲む木々は葉を赤く染まらせ、冬の眠りに入ろうとしている。その木に向かい、軽く手を振る。

 黒い靄が木を包むと、あっという間に木の葉が落ち、更にピシピシと乾いた音を立てて、枯れ木に変わった。その後、崩れ、サラサラと黒い粉になって濡れた地面に散る。

「神域でおぞましい力を使うとは……。一体、幾民を贄にして手に入れたのでおじゃるか?」

 男の目の前、小さな修復された社の縁に子犬ほどの大きさの蝉の幼虫が現れた。

「お前がこの地の神か?」

 男がにやりと笑う。好奇に満ちた笑みに

「やはり、麿と事を構えるつもりでおじゃるか?」

 蝉の幼虫……山根市と関山市を治める土地神、麿様はスコップのような前足を振った。

「まず、お前を封印し、お前が加護を与えた破防班の者共を捕らえる。そして奴等の守る世界を『破壊』した後、奴等をゆっくり血祭りにあげる」

 男の口元に残忍な笑みが浮かぶ。

「そうして、ようやく私は晴れて『土の王』になれるのだ」

「……身勝手な……」

 麿様がふんとばかりに触角を振る。

「しかも現世の者の分際で、常世の神に手を出すとは、身の程知らずも良いところでおじゃる」

 男はうっすらと唇を歪めた。

「一年前から準備し、お前を封じる術は完成させてある。それを使うに十分な力も手に入れた。……私は神を越えるのだ……」

 喜びに震える声を「愚か者が」麿様は一蹴した。

「なら、止めてみるが良い!!」

 男が呪文を唱え、印を組む。先程、木を枯らした黒い靄が沸き立つように男から放たれる。それは次々と神社の木を、街の木々や草花を枯らしながら二市に広がった。

 淡い紫の光の柱が街のあちらこちらから突き出、雨雲に吸い込まれるように立つ。より太い柱が山根市の市営野球場から聳え立つと、男の呪に合わせ、光の塊が麿様に向かって飛んだ。

「うおっ!!」

 光の塊を身に受け、麿様が六本の足を浮かせ、のけぞる。男の声に喜々とした響きが混じる中、ピシピシと音を立てて、麿様の身体の色が灰色に変わっていった。

「……なるほど……石化の術でおじゃるか……」

 足が腹が、形だけの羽がどんどん石に変わっていく。動く前足をバタバタさせるが、そこも石化していく。最後まで動いていた触角の動きも止まり、麿様は縁に鎮座する石の塊となった。

「……意外にあっけないな……」

 印をほどき、男が大きく息をつく。それでも蓄えた力はほとんど使い果たした。

「……神に勝てた……」

 光の柱が消え、静寂が戻った雨夜に男はほくそ笑んで、砂利道を踏みなから社に近づいた。

『……愚かな……』

 頭に先程の麿様の声が響く。

 ビクリと足を止めたとき、男の足下に緑の光の陣が広がった。

『この者を麿の身代わりとして、この地に捧げようぞ!!』

 社の扉が突然開く。中から神気に満ちた風が吹き、陣に足を取られた男を襲う。

『ディギオン・ベイリアル! お前を麿の代わりに、この地の土地神とする! お前はもう、麿と同じ、この地から出られず、この地以外に力の及ばない地に縛られた神となるのじゃ!』

 風が男を中心に渦巻き縛る。

『神になれたぞ。喜ぶでおじゃる』

 男……ディギオンの呻く声に反するように、麿様の声が段々小さくなる。

『……牛の大将……後は頼んだぞ……』

 声が消え、陣が消える。ディギオンががっくりと砂利に膝をついた。


 社の前には石と化した蝉の幼虫。

 ゆらりと立ち上がり、ディギオンは呻いた。

「……やられた……」

 今から自分は、土地神の代わりに二市から出られず、自慢の土の力も二市の中、以外では奮るえない。

 地と地。同じ力の持つ者同士を利用した身代わりの術。解くには、目の前の神の封を解く以外にない。

 怒りに身を震わす。

 ズン……。

 雨夜に突然大地が震えた。


花散らし END and To be continued

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