露呈

 クリスマスが終わって次の土曜日。世間一般では今日から正月を挟んで、翌々月曜日まで年末年始の休暇に入る、その初日。皐月家では大掃除が行われていた。今年最後の掃除は大晦日にお節作り担当のアッシュを抜いてするが、これはその前の箪笥の上や桟のほこりを取ったり、電球の笠を掃除したり、押し入れの奥を拭いたりと普段は手を着けない場所の掃除。台所掃除のアッシュと、自室の古書の整理をする玄庵を除いて、朝から皆で賑やかに築五十年の部屋数の多い家を回って掃除をしていた。

 磨いた窓から、晴れた午後の年末の日差しが入ってくる。

「班長、シオン、ちょっとこれを動かして貰えますか?」

 朝から男達を指揮して、普段は動かせない重いモノを移動させて、キリキリと掃除しているエルゼの声が聞こえる。

「シオン、そっちを持ってくれ。一、二、三、で持ち上げるぞ」

「は~い」

「うわ!? すごいほこり!!」

 エルゼについて一緒に掃除している優香の声も響く。掃除機がうなる中、正樹は自分の部屋の掃除をしていた。

 この春引っ越したばかり、その前に皆で綺麗に掃除してくれたというのに、もう障子や襖の桟には、うっすらとほこりが乗っている。押し入れの奥のほこりを取り、雑巾で拭き、次いで机の上を掃除しようとして正樹は部屋から出た。座敷に顔を出し、さっき優香が使っていた使い捨てのほこり取りを貸してくれと頼む。

「あ、それなら、モウンの部屋に置いて来ちゃった」

 開け放した窓から入り込む冬の風に寒くないよう、上着を着た上からエプロンを着けて、箪笥を拭いていた優香が答える。

「取ってこようか?」

「いや、自分で取ってくるから良いよ」

 モウンとシオンが掃除機を片手に高いところのほこり取りを、エルゼが押し入れから季節品の入った箱を引っ張り出している。動き回っている皆の間を抜けて、正樹は庭に面したモウンの部屋に入った。

 箪笥と座卓、書類棚が置かれた八畳の部屋は掃除が済んだのか、すっきりと片付き、どこか寒そうにしている。

『班長! とにかくこれを片付けて貰わないと明日掃除になりません!』

 昨日、モウンがアッシュに怒られていた書類棚も雑然と突っ込まれていた書類が綺麗にファイリングされて並べられている。

 襖に片面を付けるようにして置かれた座卓の上には、窓拭き洗剤やほこり取り、雑巾が置かれていた。それに手を伸ばして、正樹はふと座卓の端に並べられている写真に目をやった。

 卓上照明の蛍光ライトの横に写真立てがいくつも並んでいる。

 今年の高校の入学式で撮った真新しい制服姿で、校門前の『入学式』と書かれた看板の横に立っている優香。中学校の卒業式から帰った後、庭で皆で撮った卒業証書を片手に笑う優香。そして中学校の入学式の写真に、小学生の頃の写真。優香の成長の節目節目に写した写真が、額縁の付いた写真立てに綺麗に整理されて収まっていた。

「班長、優香のことになるとマメなんだな」

 昨日の書類棚の騒動を思い出し、笑いながら写真を眺める。一番右端には、他がL判サイズなのに対して、少し引き延ばされた写真が古い木の枠の写真立てに一枚だけ納められている。

 写っているのは、今は亡き優香と正樹の祖母、遥香はるかと破防班の面々と優香。まだ幼い彼女がモウンの太い腕に抱かれて楽しげに笑っていた。

「オレ達と別れたばかりのころの優香だ……」

 優香が正樹や妹、母と別れて、父に連れられて祖母の元に来たのが五歳のとき。モウンの腕に抱かれている優香は、あの日、不安そうな顔をして父に手を引かれ、何度も自分達を振り返っていた頃とそう変わらない。

「そっか……優香はオレ達と別れた後、おばあちゃんや皆のお陰で、そう長く寂しい思いをしないですんだんだな」

 写真立てを取り、明るい笑顔の幼い妹に安堵の息をつく。

「良かった……」

 座卓に戻したとき、カタン……と音を立てて写真立てが倒れた。

「しまった」

 慌てて起こす。その時、たぶん古いせいで留め金が緩くなっていただろう。蓋が外れ、バサバサと音を立てて、写真が座卓の面を滑り、畳の上に散らばる。

「わっ!」

 幸い表面のカバーは薄いプラスチックの板らしく、割れてはいない。透明な板を拾い上げ、コルクの後蓋を拾う。次いで写真を拾おうとして正樹の手が止まった。

 畳の上で表になっている皆の笑顔の写真の端から、もう一枚、同じ大きさの白い紙がはみ出している。写真を拾い上げると、それもまた裏返った写真だった。随分古いのか全体が黄ばみ、端が茶色くなっている。

 表に返して正樹は思わず目を見張った。

「……優香……」

 色褪せたカラー写真。そこに写った美しい笑顔の女性は妹にそっくりだ。

「……いや……違う」

 写真の女性は三十代くらいの大人の女性だ。着ている服も今のものより随分デザインが古い。

「……おばあちゃん?」

 彼女は実家にわずかに残る写真の祖母に良く似ていた。

「若い頃のおばあちゃんの写真だ……」

 それがどうしてモウンの手元に、しかも隠すように飾られているのか。

「……まさか……」

 正樹の脳裏に、この家に来る前に酔った父に聞かされた、ある話が聞こえてきた。

 

 

『何で、俺がこんなに『あの女』を憎んでいるのか、その理由はだな……』

 

 

 もう今年も後、片手の指ほどしかない夜がやってくる。掃除が終わったばかりで、コンロが濡れて使えない為、今夜の夕食は宅配ピザが座卓に並んでいた。

「ご苦労様でした」

 テレビから年末の警察番組の特番が仰々しいナレーションと共に流れる中、アッシュが座卓についた皆に取り皿と熱い玄米茶を配る。銘々好きなピザを頬張りながら、話をしているうちに、なんだかんだと明日の予定の話になる。

「明日は正月用品の買い出しですね」

 近くのホームセンターでは週末、正月飾りや年始の用品のセールをしている。ピザを食べながらアッシュが今朝の新聞に入っていた折り込みチラシを広げた。

「オレとシオンとエルゼで買い出しに行きますから、班長は正月用のお菓子を買ってきて下さい」

 こちらも近くのショッピングモール内の菓子店で、今、年始の来客用のお菓子を詰め合わせを売っているらしい。

「正月には、エドワード様御家族が来られるんだったな」

「はい。今日、連絡がありました」

 二日前、皆で土童神社の煤払いに行ったとき、クリスマスイブのエドワードの話を聞いた麿様が『麿も『火の王』に合うて話がしてみたいでおじゃる』と言い出した。それをエドワードに告げたところ、予定していた父母の代わりに長兄家族が来ることになったのだ。

「一緒に来る、バーナードくんとマリラちゃんに出すお菓子も買ってね」

 バーナードとマリラはエドワードと妻マールの間に生まれた息子と娘。人間の歳で言うと、小学校中学年の少年と幼稚園の幼女になる。

 こういうことは班長では解らないからと、エルゼが取って置いた菓子店のチラシを優香に見せる。

「玄さんは明日は?」

「儂は年越し蕎麦の蕎麦粉を、蕎麦仲間と買いに行くぞ」

 知り合いの蕎麦屋にすでに注文してあるらしい。皐月家では毎年、大晦日は彼の打つ蕎麦で年を越す。

「正樹くんは?」

「すみません。オレは明日バイトです」

 年末で忙しいせいもあって、後は大晦日の晩までバイトが入っている。

「じゃあ、お菓子は班長と優香とでお願いね」

「うん」

 優香が楽しそうに、エルゼから渡されたチラシをモウンを渡す。そして彼の横で、子供向けのお菓子の相談を始める。その笑顔が、記憶に残る祖母が彼を見る笑顔にそっくりで正樹は思わず息を飲んだ。

 

 

『『あの女』は親父が亡くなった後、親父を裏切り、ずっと自分に懸想していた『化け物』と『良い仲』になったんだ』

 

 

 夜、布団の中で正樹は暗い天井を眺めていた。

 カタカタと木枯らしが窓ガラスを叩く音と、庭木をザワザワと揺する音が聞こえる。

 その中を自分の母を『あの女』と呼び、自分達兄弟の中で、母親にそっくりの真ん中の娘を手放した父の吐き捨てるような声が聞こえてくる。

 写真立ての中の若い祖母。それをモウンが隠し持っているという事実が、父の疑惑が単なる妄想では無いことを裏付ける。

 そして優香のあの笑顔。あれは正樹が知っている無邪気な妹のものではなく、彼氏に対する『恋人』の笑顔にそっくりだった。

 ……まさか、優香までもが、あんな異形の男を……。

 ぞくりと背中を悪寒が走る。

 正樹は布団を跳ね除け、起き上がると充電していた枕元のスマホを取り、電話帳を開いて父の携帯電話のダイヤルを押した。

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