14. ディギオン・ベイリアル
「この度は、一族の不始末に御助力頂き、礼を申し上げる」
白いシャツに黒のセーターというラフな格好ながらも、気品を溢れさせた端正な男性……アッシュの長兄にして、火の一族の総統『火の王』エドワード・ブランデルが居間に並んだ破防班の五人に頭を下げる。
慌てて頭を下げる一同に、顔を上げるとエドワードは白い箱をエルゼに渡した。開けて覗くと、毎年、彼が送ってくる、プロ顔負けの美しいデコレーションを施した手作りのクリスマスケーキが入っている。今日はクリスマスイブ。チカチカと光るツリーに目を細め、彼は更に迷惑を掛けた礼にと、破防班全員……末弟を除く……にプレゼントを差し出した。
「マールとケヴィンとアンで選んだものなのだが、受け取って頂けるとありがたい」
「お気遣い、ありがとうございます」
公爵家の心使いに、モウンが再度頭を下げた。
「ハーモン殿は、腕の方は大丈夫かな?」
「はい、エドワード様に呼んで頂いた医師のお陰で完治致しました」
気絶した次期当主とエルゼが捕らえ、ケヴィンが預かっていたバッドを魔界に連行したところ、他世界監視室ではエドワードが待っていた。彼はモウンの右腕を見て、直ぐにブランデル家お抱えの医師を呼んでくれ、その場で治療に当たってくれたのだ。
「エディ兄様、これを」
エルゼがいつもケーキのお返しにと送る、優香と共に作ったクリスマスクッキーとカードを渡す。
「エルゼ、本当に愚弟が迷惑を掛けたね」
受け取る長兄に睨まれ、部屋の隅に座っていたアッシュが項垂れる。
アッシュはさっき、みっちり離れで長兄のお説教を受けたばかりだ。おおらかな父に比べて、しっかり者の母に似て厳しい長兄の『この愚弟が!!』の叱責は彼の一番苦手なもの。ぐったりしている恋人を振り返って、エルゼは思わず口を押さえた。
「さて、かしこまってばかりもなんだから、お茶でも淹れようか」
エドワードが立ち上がる。手伝いにと立ち上がるエルゼとシオンを制して、彼は末弟を呼んだ。
「優香さんと優香さんの兄上はお出掛けかい?」
見事な手さばきで茶を淹れ、カップを六つ、盆に乗せて持ってくる。
「はい。優香は友達とカラオケパーティに、正樹くんはクリスマスの臨時バイトに出掛けています」
「それは丁度良かった」
エルゼの答えに、エドワードはアッシュに手伝わせて全員に茶を配り、自分も座卓の前に座り、茶を啜った。
「実は事件について大事な話がある」
次期当主は軍に拘束された後、左目の復活手術を受け、魔界で大罪を犯したものが送られる第九監獄に投獄された。
左目が無事復活したと聞いて、シオンがほっと安堵の息を付く。
第九監獄では厳しい更正プログラムが彼を待っている。もし、更正されなければ、術による人格矯正を受けなければならない。0パーセントの再犯率を誇る監獄だ。彼は間違いなく、同じことは二度と出来ない。
「バッドもまた、懲罰委員会の取り調べを受けた後、第九監獄行きだったのだが……」
「どうかしましたか?」
モウンの問いにエドワードが端正な顔をしかめた。
「取り調べ中に消えてしまった」
「はぁ!?」
思わず五人が言葉を失う。エドワードが首をゆるゆると振った。
「ケヴィンが取り調べの記述と、こちらにいた奴の動きに、食い違う点がいくつかあることに気付いた。バーン家と次期当主が命を下してから、エルゼを討ちに来るまで、エルゼに術は完璧に効いていたのに、かなりの間を開けている」
そのせいで、術に気付いた彼女の反撃を受けたのだ。
もしかしたら、その間に何か別の事をやっていたのかもしれない。その事について、ケヴィンが更に厳しく追及するように申請した次の日に、バッドは拘留所から消えていた。
「取り調べの内容が漏れていたとしか考えられない。そして、バッドが消えた日の夜の拘留所の当直が全て『土の者』に変えられていたことが解った」
「土の一族が、この事件に関わっていたと……?」
「そう、私とケヴィンは睨んでいる」
エドワードは赤金色の瞳を、真っ直ぐにモウンに向けた。
「ハーモン殿に心当たりは?」
どうやら、本当は『火の王』はこれを尋ねに来たらしい。モウンは真っ直ぐに、その目を見返して答えた。
「あります。だが、申し訳ありませんが、申し上げることは出来ません」
部下達がざわめく。それに「すまん」と謝りつつ、彼はエドワードに赤い瞳を向けた。
「ただ一つ言えるのは、この地の神が、これは起こるべくして起きていることだ、とおっしゃっているということです」
「なるほど……」
エドワードがゆっくりと頷く。
「神がそうおっしゃるのなら仕方が無い」
彼はモウンから視線を外すと、まだ動揺している周囲を見回した。
「それなら、私はハーモン殿を信じ、聞かずにおこう」
その言葉に一同が黙り込む。
「ただ」
エドワードは言葉を継いだ。
「もし、それが『あの男』に関することだったら、これだけは覚えて置いて欲しい。魔王陛下と『あの方』は命をかけても、奴の『土の王』就任を阻止するつもりだ」
「しかと肝に銘じておきます」
「魔界と全界の平穏の為にも、『あの男』……『土の老王』のお気に入りの孫、ディギオン・ベイリアルの『土の王』就任だけは阻止しなければならない。私もアルも陛下同様、これに命をかける所存だ」
「アル様が……!?」
自分の後見人で元主人、忠誠を誓う『水の王』アルベルト・グランフォードの名にシオンが声を上げる。
「ああ」
エドワードは小さく息をついた。
「星が一連の出来事を『起こるべくして起こる災い』と告げている。麿様はそうおっしゃられておられました」
モウンの言葉に
「そうか……」
エドワードが薄く笑む。
「神の言葉を信じよう」
「はい」
しんと静まり返った居間に、どこからかクリスマスの聖歌が聞こえてきた。
頬に当たる冷たい感触に、バッドは目を覚ました。
「ここは?」
暗くジメジメした石造りの部屋、隅には薄い板一枚で区切った汚い便器が、壁沿いに茶色に変色したシーツが掛けられたベッドがある。
「……な、なんだ! ここは!」
今までいたバーン家の、粗末だと思っていた自分の部屋より更にひどい部屋。以前の水の領主の水牢に入れられる前にいた、仮牢のような部屋にバッドは周囲を見回した。
廊下と思われる狭い通路との間は、太い鉄格子で遮られている。その向こう、多分、通路の上部から差し込む明かりに目を向けて、自分にベイリアル家の仕事を依頼してきた男、先日、魔王軍の拘留所から彼を助け出した男が恍惚とした顔で佇んでいた。
「おい! これはどういうことだ! オレはベイリアル家の、私設術士隊の隊長になるんじゃなかったのか!?」
バッドが鉄格子を両手で握り、通路の男に呼び掛ける。男は面倒臭そうに、彼を見ると答えた。
「そうさ。お前はここ……ディギオン様の『島の別荘』で、ディギオン様の術士隊の隊長となるんだ」
「ディギオン……ディギオン・ベイリアル……の『島の別荘』……」
バッドの耳に断崖絶壁に打ち付ける荒い波の音が聞こえる。彼の顔から血の気が引いた。
バッドもバーン家お抱えの術士として裏の仕事をこなす度に、裏の世界に何度も足を突っ込んだ。そこに流れる暗い噂。
『土の老王』のお気に入り、高位貴族の社交界で『土の貴公子』と呼ばれ、力、技、容姿共に完璧なディギオン・ベイリアルには一族がひた隠しにする、ある性癖がある。
『島の別荘』は、その彼の何年かおきに沸き上がる、飢餓感すら伴う性癖を満たす場所。そこには彼が欲望を感じる度に、彼が欲する何名もの、力ある魔族が集められ、まさに血の饗宴が繰り広げられる。
そこから逃れられたのは、過去に一名のみ。ディギオン・ベイリアルがあろうことか、自分の欲望の為に、当時、猛者で知られた魔王軍防衛部隊第一隊の隊員十名を『島の別荘』に送り込んだとき、彼等を救う為に、当時破壊部隊第一隊の隊長を務めていた男が、決死の覚悟で『島の別荘』に飛び込んだ。そして、彼は隊員の中で唯一正気を保っていた一名を救い出した。が、その男はベイリアル家が、口止めに渡した多額の金と共に姿を消したという。
「お前は、ここで隊長として、ディギオン様の術士達を束ねて、ディギオン様と戦うんだ」
ギャアアァァァァ!!
身の毛もよだつような音と悲鳴が通路に、バッドの部屋になだれ込む。
「ああ……、またディギオン様のなぶり殺しが始まった……」
男が口から涎をこぼさんばかりの顔で、光の方角を見上げる。
『なんでもよぉ、瀕死になっても無理矢理、治療され、何度も何度もディギオンと戦わされるんだってよ』
裏で名を馳せ、殺しも平気で行う荒くれ者が青い顔をして言っていたのを思い出す。
「大丈夫。ディギオン様に勝てれば帰れるさ」
土の第一種族、ベヒモス族の総統、ベイリアル家の直系の次期『土の王』候補に。
バッドが、ベッドのシーツを弾かれたように見る。あの茶色は変色では無く……。
「たっ……助けてくれぇぇぇ!!」
バッドの叫びが『島の別荘』の闘技場の地下、ディギオンの『おもちゃ』を入れた石牢に響く。絶望の叫びは、島を打つ荒い波音にかき消された。
裏切りの末路 END and To be continued
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