回顧 ~破防班ハーモン班結成話~

1. 元破壊部隊第一隊隊長・大尉

 さて、これからどうするか……。

 白いシャツと黒いズボンという軽装、片手に着替えと少しばかりの金の入ったカバンを下げて、王都の石畳を久しぶりにのんびりと歩きながらモウンは周囲を見回した。

 よく晴れた空から降り注ぐ春の光は二百五十年ぶりに平穏を取り戻した魔界王都を祝福するかのように眩しく軽ろやかだ。それに照らされた王都の人々の顔も、年々ひどくなっていく一方だった過激派の将校達の横暴から解放され、これからの希望に溢れた明るいものに変わっていた。

 脇を子供達が歓声を上げて駆けて行く。赤い瞳を細め元気な背中を見送ったモウンの視線が、青い空をバックに浮かぶ魔王城とその下の魔王軍本部の建物に掛かる。漆黒の建物すら春の日差しに輝いている様子に、いかつい牡牛顔がほころんだ。

 モウンことミノタウロス族の総統モウン・ハーモンは魔王軍の花形、魔族本来の役目を担う破壊部隊の第一隊隊長として先の冬まで軍に所属していた。だが、この春、魔王と穏健派の貴族の庇護の下、ようやく過激派に潰されない力を付け、筆頭軍師の座についたユルグにより魔王軍は粛正を受け、大尉だった彼は、他の過激派将校と共に 除隊させられたのだ。

 腐敗を極めていく破壊部隊の中で自分同様どうにか『破壊』の種族としての魔族の誇りを護っていこうとした仲間や部下達の顔を思い浮かべる。粛正を逃れた彼等がこれからは部隊を率いていってくれるはず……去っていく自分への彼等の誓いの言葉を思い返し微笑んで背を向ける。

 ただ……アイツだけは自分と同じ目には合わせたくは無かったが。

 自分の副官をしていてくれていた、まだ若い准尉が頭を過ぎり、モウンは大きく息をついた。

 軍師ユルグは今回の粛正で破壊部隊の尉官以上の将校と隊長クラスの魔術師を全て除隊させた。それは生まれつきの高い身分から入隊と同時に准尉を授けられた副官も同じで、彼も巻き沿いを食らい除隊させられたのだ。

 まあ……アイツにはそれで良かったのかもしれん。

 悪魔の部隊で徐々に精神の安定を失い、何とか薬で平静を保っていた彼は今、神経の糸が切れたのか実家の城で引き篭もり状態になっているという。

 ……なんとか立ち直ってくれると良いのだが……。

 彼の優しい顔を思い出し、眩しい日差しにそう願うとモウンは再び通りを歩き出した。 普段は足の踏み入れない王都の下町へと向かう。

 自分達に次ぐ土の一族であるハーモン侯爵家の当主のこれまでの行いに、気難しいことで有名なベヒモス族の総統『土の老王』は怒り狂っていると聞いている。その怒りから一族を守る為に、当主の座を弟に譲ったモウンは今まで住んでいた王都の屋敷も人手に渡し、小さな荷物を一つ持って出てきた。

「しかし……ブライも律儀な奴だな」

 モウンがシャツの胸ポケットに入った封筒に手をやる。そこには彼の事情を知った軍兵学校時代の後輩、オーガ族の元兵士ブライの手紙が入っている。

『ハーモン先輩、もし行くところが無いのでしたら私の家に来て下さい。妻も承知してます。空いた部屋がありますから、落ち着くまでこちらに滞在して下さい』

 取り合えず、この後輩の好意に甘えようと下町に足を踏み入れる。整然とした表通りに比べると、どこか雑然とした活気に溢れた裏通りを歩き、手紙を広げ、添えられた地図を見る。周囲を見回し、道を確認しながら、開店直後一度だけしか訪れることの出来なかった後輩の店を探す。

「しばらくブライのやっかいになって俺も新しい仕事を探すか」

 穏やかになった王都には、活気が戻り始め、多くの店で人手を欲しがっていると聞く。ようやく見つけた目印の花屋の角を曲がる。その時、狭い下町の石畳の道を窮屈そうに走ってきた豪奢な馬車がモウンの隣で大きな馬のいななき声とともに停車した。



「弟の恩人に膝を着かせるなど出来ない。立ってくれ」

 馬車から降りてきた姿を見た途端、石畳に膝をつき、頭を下げたモウンを立ち上がらせると男は彼を乗ってきた馬車に乗せた。

 赤い布で内張りのされた馬車の中は、魔界でも上から数えた方が早い男の高い身分と裕福さを示すように美しい内装が施され、椅子はふかふかと実に座り心地が良い。馬車が静かに走り出し、今出てきた王都の中心部へと向かう。モウンは改めて前に座った男に向き直ると敬意を込めて礼をした。

 金の豪奢な飾りの付いた白い軍服に白いマント、それに赤い肌が映える凛々しい顔立ちの男は魔王軍司令部大将、エドワード・ブランデル。火の一族の第一種族であるサラマンドラ族の総統ブランデル公爵家の当主、 『火の王』であり、モウンの副官だったアッシュ・ブランデル元准尉の実兄。水の一族の第一種族クラーケン族の総統グランフォード公爵家と共に魔王と軍師ユルグを支える穏健派貴族の長でもあった。

「末弟が世話になったというのに、粛正の後始末で礼が遅れて申し訳無い」

 今まで魔王軍本部で会ったときは厳しい顔ばかりだったエドワードが、どこか弟に似ている穏やかな笑みをモウンに向ける。

「いえ、こちらこそ弟君を護ると豪語しておいて、あのような目に合わせてしまい申し訳ありません」

 モウンが再び頭を下げた。

 過激派の差し金で破壊部隊に入隊させられたアッシュが徐々に精神を病んでいくのを見て、彼と彼等兄弟の父は軍になんとか手を回し、アッシュを無理矢理除隊させようとした。だが、破壊部隊の中で魔族の誇りを保とうとする者達……モウンとその仲間と部下達……の存在を知ったアッシュは自分の高い身分を彼等の盾に使うと救いの手を拒んだのだ。その強い決意にモウンは彼を自分の副官にすることで護るからと公爵家を説得したのだが……。

「アッシュ……、アッシュ様の御様子は?」

「弟は今、ハーモン殿と玄庵老が紹介してくれた青龍族の医師の下、ゆっくりと休養を取っている。父母と次弟夫婦、私の妻と息子に囲まれて穏やかな日々を送っているらしい」

 明るい春の日差しを顔に受けてエドワードが口端を優しく緩ませる。その笑みにモウンは安堵の息を吐いた。

 エドワードが顔を引き締めると彼に真っ直ぐ赤金色の瞳を向ける。

「実は今、貴殿に会いたいという御方が私の屋敷に来られている。あの破壊部隊で揺るぐことなく魔族の誇りを守り通した貴殿にどうしても頼みたいことがあるとおっしゃるのだ」

「私に……ですか?」

 問い返すモウンに「ああ」とエドワードは瞳を細めた。

「今、魔王軍は粛正により激しく人事が異動している。数年は混乱が続くだろう。その隙をぬって、その御方は自ら選んだ揺ぎ無い意志と実力を持った兵士を集め、自らの手で動かせる隊を密かに軍の中に作る御つもりだ。 その長に貴殿を選ばれた」

「……私が……? そんな大役を?」

「……私もアルも先のデュオス様の悲劇を繰り返さない為、いずれは起こるだろう過激派の巻き返しを裏で押えることが出来る存在が必要だと思っている」

 友人の『水の王』アルベルト・グランフォード公爵も同意だと話すエドワードにモウンが黙り込む。考え込むモウンにエドワードは真剣な顔で頼んだ。

「是非、あの方の申し出を受けてくれ。そして……それが結成されるときは末弟をその中に加えて欲しい」

 王都の高級住宅街に入った馬車が優美な白い門を潜る。ブランデル公爵家の王都の屋敷の若葉が生える中庭を軽やかに走って行く。奥に進むにつれ、穏やかで涼やかな水の気配をモウンは感じた。

 本部で何度か感じたことのある気配に『あの方』の姿が浮かび、モウンの顔が強張る。そんな彼に笑み向けるとエドワードは馬車を止めるよう御者に命じた。

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