エピローグ
エピローグ
その翌日のこと。サナは僕の制服のポケットから顔だけ出して言った。
「さてマスター。いよいよプロデュース大作戦の成果が出ますね……」
「けっ。興味ないね。クラスでどうなろうが僕のスタンスは変わらない。ていうかお前、学校ついてくんな。家にいろよ!」
「また、そんなこと言って~ほんとは私がいないと寂しい癖にぃ~」
「あーもう、勝手に言ってろ!」
そんな調子で学校へ行くと、何やら教室がざわざわと騒がしい。
何があったのかと思って、戸を開けた瞬間、ざわめきは嘘のようにぴたりとやんで、皆が一斉に僕を見た。
「……え!? え!? 何、何なの?」
わけが分からなくて棒立ちになっていると、やがて皆がわいのわいのと駆け寄ってくる。
その時、教室に野太い声が響いた。
「皆~っ! ようやく名探偵の登場だぜ!」
皆の視線が声の主、相澤くんに集まった。
相澤くんはまるで選挙に臨む政治家のように堂々とした顔で教卓の上に立った。彼は教卓の上から僕を眺め下ろして言った。
「さあ白状しやがれ! 篠宮! お前は昨日何をした?」
教室中の視線が僕に集まる。皆、期待に満ちた表情で僕を見つめている。
な、なんだ……この状況は!? なんと答えて良いものか分からないでいると、相澤くんが腕を組み、不遜な物言いでつぶやく。
「ふっふっふ。パニクっているようだな篠宮。だが俺は知っているぞ! お前が事件を解決したってことをなぁ! こそこそ隠さずに話しやがれ!」
「……は、はぁ?」
僕の言葉に対し、皆の視線が一転して教卓の上に立つ相澤くんに集中する。
「おい、相澤! どういうことだよ?」
「そうだそうだ! てめえからかってたのか? なめやがって!」
「相澤……コロス」
皆口々に相澤くんに言いたい放題だ。相澤くんはあたふたしながら言った。
「い、いや皆ちょっと待てって! 俺は確かに聞いたんだって!
昨日、警察から犯人を捕まえましたって、電話が来たんだよ。
当然俺は聞いた。犯人は誰だったんだ、って。そしたら警察の人が言ったんだ。
『とある事情により犯人の情報については教えられません。ですが一つだけ言っておきましょう。犯人を突き止めたのは篠宮蓮という少年です。警察は彼に表彰状を送りたいと申し出たのですが、彼は悩む間もなく辞退した。だからせめて事件の被害者で、クラスメイトでもある相澤くんには知っておいてほしい。
彼――篠宮くんのおかげで事件は解決したのだということを』
……ってな。だから、俺はあえて皆の前でこうして篠宮にお礼を言おうと思った。なのに、篠宮……お前、なんでしらばっくれてんだよ!」
なるほど。昨日の警察官が相澤くんに僕のことを話したのだ。ったく……余計なことを。
相澤くんは僕をびしりと指さし言った。
「どうなんだよ篠宮。何とか言えよな!」
相澤くんの声に合わせて人だかりが真っ二つに割れ、教卓まで一本の道が出来上がった。
皆、真剣な顔をして僕の答えを待っている。僕は顔を真赤にしながら、相澤くんの隣に立ち、しどろもどろにつぶやいた。
「そ、その……確かに相澤の言うとおりなんだ。だから……えっと……ごめん」
相澤くんが僕の背中をばしっと叩く。
「何で謝ってんだよ? お前のおかげで事件は解決した。これって凄いことだと思うぜ? なぁみんな!」
皆が相澤くんの言葉に頷く。
相澤くんはさらに皆のテンションを煽るように言う。
「名探偵篠宮に訊く! ずばり、事件の詳細を教えやがれぃ!」
彼の言葉が引き金となり、教室内がざわめきに包まれ皆のテンションが最高潮に達しようとしていた。僕は騒然とするクラスを見回し、一言つぶやいた。
「……お前らに言うことは何もねえ。事件のことを知りたいなら、勝手に自分で考えて推理してみな」
当然のように教室はブーイングの嵐。
「てめえ篠宮! 調子に乗んなー!」
「豆腐頭はてめえの方だ!」
「篠宮……コロス」
散々な言われようである。相澤くんも僕がこんなことを言い出すとは思わなかったのだろう、口をポカーンと開け放ち絶句している。
ブーイングの中心で、僕はふっと自嘲するような薄笑いを浮かべる。そして、皆に背を向けて小さくつぶやいた。
「……けど、どうしても分かんないようだったら……ヒントくらいは、その、教えてやらないこともない」
その瞬間どよめきが嘘のように消えた。
「お、おい篠宮のやつ、顔真っ赤にしてなんか言ってたぞ」
「相澤! 篠宮なんて言ったんだ?」
相澤くんはついに笑いを堪えきれなくなって、腹を抱えながら言った。
「……くくっ。だっははは! ツンデレもここまでくると職人だぜ!」
相澤くんの笑いに釣られるように皆もまた大笑いし始めた。ブーイングの嵐は一転して笑いの大渦に変わった。
そんな時、人だかりの中から、高橋さんが出てきて教卓の前に立った。
「相澤くん、邪魔だからちょっとどいて!」
「うわっ! 高橋、何すんだよ!」
高橋さんは相澤くんを強引に押し飛ばし僕をじっと見て言った。
「篠宮くん、まだ私、返事聞かせてもらってないよ?」
え……告白? ち、ちょっと待ってこのタイミングで告白って、高橋さん大胆すぎるだろ。いくら僕にも考える時間が必要だ。こういうことは、その……ちゃんとしたい。高橋さんの真剣な眼差しが直視できなくなって、僕は目をつぶって言った。
「ご、ごめん高橋。今はまだ、その、そういうことは考えられないっていうか……その、付きあうとか、僕、分かんないし。だから、もうちょっと待っててほしい」
言った……。僕は言ったぞ……。
目を開けると、高橋さんが見たこともないくらい怪訝な顔で僕を見……睨んでいた。
「はぁ? 意味分かんないんだけど」
「え? だ、だって今のって告白……」
「ばっ……そんなわけないでしょ! なんで私が篠宮くんなんかに告白しなきゃいけないのよ!? 私が言ったのはカラオケのこと! 皆で行くって言ったでしょ?」
笑いの渦は一気に勢力を増し、まるで台風の如き勢いになる。
「ぶはは! 篠宮のやつ、高橋の告白だと勘違いしたみたいだぜ!」
「篠宮くんって結構クールだと思ってたのに、案外残念な人だよね。面白いけど」
「篠宮……コロス」
皆が僕のことを指さして爆笑している。くっ……とんでもない地雷を踏んでしまったらしい。これほど笑われるのは――あの日以来かもしれない。けど、不思議と嫌な気はしなかった。もちろん皆の前で笑いの種にされるのは恥ずかしいし、物凄く腹立たしくもある。けど、それと同時に、この状況をどこか楽しんでいる自分がいた。
僕は俯いて、照れ隠しに指で頬を掻きながら言った。
「……行ってやらなくもない」
その日、クラスのざわめきが止むことはなく、僕はお祭り騒ぎのような感覚を噛み締めていた。
◆ ◆ ◆
学校からの帰り道。僕はため息をつきながら空を見上げた。
オレンジ色に染まった夕焼け空に、ひこうき雲が細くたなびいている。
ポケットから顔だけ出したサナが僕を見上げてつぶやいた。
「マスター、プロデュース作戦、大成功でしたね!」
「いや……大失敗だ。あんな恥ずかしい目にあったのは生まれて初めてだ。
もう……学校行きたくない」
「そうですか? 私にはマスターが随分楽しそうに見えたんだけどな~」
「見間違いだ。断じて楽しくなんて無い」
「でも、今度カラオケ行くんですよね?」
僕は首肯して彼女の問いに答えた。
その時、ふと彼女が頭上の空を指さして言った。
「あ! れんとん見て、流れ星です!」
僕が見上げた時には流星は消えていた。それよりも気になるのは……
「なぁサナ。お前今、僕のこと『れんとん』って言わなかったか?」
「ほへ? 私、そんなこと言いました?」
「言った」
「ふーん。ま、いいじゃないですか。マスターはマスターです。私にとっては世界で一番かっこいい、愛と正義のヒーローですからね!」
「ああ……分かった、分かった」
適当に返事をして、サナを強引にポケットの中に沈める。
――れんとん。
その呼び名にはどこか聞き覚えがある。ずっと幼い頃に僕をそう呼ぶ子がいた気がする。遠い昔の曖昧な記憶で、そんな子がいたかどうかも疑わしい。
だけど、サナに『れんとん』と呼ばれた時、不思議な懐かしさを感じた。この感覚は何なんだろう? 僕は昔サナに会っていた? ははは、んなわけないか。こんな奴に会ったら、忘れたくても忘れられないだろう。
サナの正体は未だ不明だ。記憶もなくしたままで、戻る気配がない。サナが記憶を取り戻した時、彼女は一体どうするのだろうか?
その時が来たら、僕たちは別れることになるだろう。うざったくってしょうがない奴だけど、それでも別れることを考えると、胸が詰まる。
――だからその時が来るまでは、せいぜい一緒にいてやろう。サナのバカげた提案に付き合うのも、たまには面白いし。
だが素直じゃない性格のせいで、直接サナには伝えられない。つくづく面倒な性格だと自分でも思う。
と、妙案を思いついて僕はふと立ち止まる。唐突に歩みを止めた僕を見て、サナが不思議そうな顔をする。
「マスター?」
僕は彼女の問いかけを無視し、鞄からメモ帳を取り出してペンを走らせる。そして走り書きしたメモをくしゃくしゃに丸めてサナが入っているポケットにねじ込んだ。
「私にお手紙ですか? ふむふむ……」
サナはメモを読み上げ始めた。
――サナヘ
僕はその……あれだ口下手だから言いたいことはこの紙に書くことにする。
お前のおかげで、学校に僕の居場所ができた。ずっと一人でも構わないと思ってたけど、お前がいて救われる部分もあったように思う。口では言わないけどさ、これでも結構お前には感謝してるんだ。こんなやつの友達でいてくれてありがとう。
だからその、なんだ……これからもよろしくな相棒。
「ぐっ……うう……マズダァ~」
「うわっ、お前いきなり泣いてんじゃねえ!」
「だっで、だっで……マズダァが私のことを相棒って!」
「そ、それは……き、気の迷いだ! 忘れろ!」
サナは涙を拭きとって、白い歯を見せながらにかっと笑う。
「絶っ対忘れません!
だって……相棒ってことは……将来の伴侶ってことですもんね!」
「違うよバカ!」
言いながら僕は駆け出す。口元には自然と笑みが溢れていた。
揺れるポケットの中で、サナは照れ顔の僕を見て微笑みそっとつぶやいた。
「――マスター。私もあなたに出会えて良かったです」
ちょっと変わった美少女フィギュアとの生活はもうちょっと続きそうだ。
見上げる夕焼け空には二匹の赤とんぼが寄り添って飛んでいた。
風が吹き抜けてサナの髪が揺れる。
二匹のとんぼは風に乗って、高く、高く舞い上がった。
サナのねがいごと 秀田ごんぞう @syuta_gonzo
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