第13話 かの少女 /2

日が傾き始め、みなが食事の準備に追われる頃。チェイネルたちはノーラの家に集まっていた。大勢で食べるならうちで作りな、と野菜を大量に提供してくれたのだ。

農業で生計を立てているこの家は緑が少ない荒地の境界を保っている。家の中には先ほどまで使っていたであろう農具が立てかけられたり仕分け途中の野菜が入った木箱が隅に追いやられていたり、ごちゃごちゃした印象を持つかもしれない。

「ビリーは皮剥きとか、切るだけでいいからね」

「へいへい」

「お鍋触っちゃダメだよ、味付けは私」

「へいへい」

食卓を兼ねたテーブルの上にはてのひらサイズの芋がごろごろ。その傍で少年が皮むきを、少女が他の根菜を切り分けている。

「手際がよくなったねぇ2人とも。みんなで料理だなんていつぶりだい?」

腰に巻いたエプロンで洗った手を拭きながらノーラが覗き込む。

「こいつ、いつも食え、食え、ってうっせェんだよ。お陰で雑用はこの通り」

「あぁそりゃあそんなにヒョロヒョロしてちゃ、チェネちゃんも心配するでしょ。男は食って働いてなんぼだよ!」

べしん、皮の厚い手が薄い背を叩く。その衝撃で芋を落としそうになったビリーは、キッと目を吊り上げてノーラをにらみつけた。

「ッてぇ!!手元が狂うだろクソババア」

「生意気言ってないで手を動かしな」

言葉のわりに明るい声色と優しい表情──その目はチェイネルにも向けられた。チェイネルが世話焼きな性格なのは、存外この婦人による影響なのかもしれない。

「アヴェさんそろそろ帰ってくるかな?書置きしたから大丈夫だよね」

「さあな」


アヴェが戻ってきたのは、鍋の中の野菜が煮えて空腹を誘うにおいが立ち込める頃だった。なにやら大きな書類の束を大事そうに抱えている彼の隣には、合流したらしいノエルの顔もあった。

「こちらにいましたか」

「ああ呼ぶ手間が省けたね。座りな、二人とも」

「やった!シチューだ!」

「ええと……そうですね。まずはいただくことにします」

アヴェは何か言いたげだったが軽く首を振って帽子をとる。長旅の疲れがここへきてどっと押し寄せたらしい、椅子に腰かけた男の口からは長く細い息が漏れた。


「精獣霊の恵みに感謝を」

セスルームニル出身の面々が一斉に手を組み祈りをささげる。外では滅多に見ることもないので気にしてこなかったが……そういえば、とアヴェはチェイネルが食事の度にこのポーズをとっていたことを思い出した。ビリーも小さくではあるが手を組んでその場に合わせているようだ。

「感謝を」

郷に入っては郷に従え。アヴェも見よう見まねで手つきをまねてみる。

「いっぱい作ったからおかわりも遠慮なくどうぞ!」

「ありがとうございます。温かい食事は久しぶりですね」

スプーンで押せば崩れてしまいそうなほど柔らかくほくほくに煮込まれた根菜たち、

旨味が凝縮された茶色いスープの甘味が疲れた身体に染み入った。暫く他愛もない話を交えながら食事を勧めていた一行だったが、半分ほど食べ終わり空腹が落ち着いたところで切り出せなかった話のカードを切る。

「町長に話を聞くことができたのですが」

「すぐに会えたの?」

「ええ意外でした。先ほど持ち帰った資料が当時の町の記録です。夢魔のことについて記述はありませんでしたのであれは参考程度に……」

「収穫なしってことか」

バケットをちぎりながらビリーが片眉を上げる。

「いいえ、そういうわけではありません。この近隣で見知らぬ子どもの目撃情報があったそうです。それが……夢魔なのではないか、と」

「だってよ婆さん。知らねえ?」

「なに、いつの話だい?」

「10年ちょっと前」

ノーラはううむ、と唸り顎へと手をやる。やはり長く時が過ぎた今となっては思い出すのも一苦労だ。

「ノエル君がまだ生まれる前だねえ……あんた、10年前ならあの納屋立てた頃だっけ」

あんたと呼ばれたのはノーラの隣にいる壮年の男、彼女の夫だ。妻が目立ちすぎるせいなのか何となく存在感は薄い。

彼は妻の問いに静かに頷いたかと思えばまたシチューを啜り始めた。

「その頃なら確かに何か、見慣れない子を見た気がするねえ」

「本当ですか!どんな容姿だったか覚えていますか?」

「この辺じゃ見たことない変な服を着ていたよ。顔は……ううん。あんまり思い出せないけど」

「変な服……ちなみにその服の色は?」

「黒っぽかった気がするねえ」

少年少女たちはそれが夢魔である確信から顔を見合わせた。

「ねえおばさんその話、もう少し詳しく思い出せることはできる?」

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ホシガミ。 大葉スウグ @oobasuugu

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