第12話 かの少女

「どうしたの、二人とも」

片付けを終えたらしいチェイネルが、忘れていたアルバムを取りにもどってきた。二人を見れば、一人は柔和な笑みを浮かべながら少年と少女を交互に見て、もう片方は耳を赤くしながらそっぽを向いている。喧嘩でもしたのだろうか、それにしてはアヴェの空気が柔らかい。

「いいえ、なんでもありません。さてチェイネルさん、僕は町長にアポイントを取ってこようと思います」

「じゃあみんなで行こっか」

その言葉にアヴェは静かに首を振る

「お二人はノーラさんに聞き込みをしてください。積もる話もあるでしょう?」

彼女は既に自分の家に戻ったようだが、出ていく直前まであれやこれ二人に言葉をかけていた。第二の母と言っても過言ではなさそうだ。きっと家に戻った後も世話を焼く準備をしているに違いない。

少年少女は目を合わせて数回瞬きをした。

「じゃあ……そうしようかな。ねえビリー、シチューを作るの手伝ってよ。おばさんに持っていくんだ」

「へいへい」

ビリーはテーブルに上げた足をはたき落とされ重い腰をあげる。気だるそうに頭を掻く少年の表情は、いつもの無愛想なものに戻っていた。

「アヴェさんありがとう!ノエル君の分とか……沢山作るから、楽しみにしてて。夕飯は皆で食べよう?」

ここ数ヶ月で一番生き生きとした声が響く。住み慣れた土地の匂いが、居心地の良い空気が、そうさせるのかもしれない。

「はい、心待ちにしてます」

高く登った太陽に目を細めて、アヴェは町の入り口へと歩いて行った。


役所といっても小さな町の集会所、閑散としたそこはドアをくぐっても人の気配がしなかった。カーテンのない窓から差し込む光が埃に反射して、きらきらと光っている。

「誰かいらっしゃいませんか?」

思わず控えめな小さい声で受付に向かった。図書館に来た時よりも、なんだか静かにしなければいけないような気持ちになってしまう。

「はい、何か」

意外とすぐにきた返事。役員と呼ぶにはややラフな格好の女性がカウンターに立つ。

「僕はギルド“ГЕРОИゲロイ"のアヴェと申します。アレクサンドリア精霊堂ジェイナス司書からの依頼で調べ物をしているところでして……こちらの町長にお話を伺いたいので、取次をしていただけないかと」

「アレクサンドリアの……?わかりました、お待ちください」

アヴェの言葉を聞いた受付は目を丸くしたが、すんなりと町長に取り次いでもらえることになった。それも、今から話せるとのことだ。

アヴェは“ГЕРОИゲロイ"の英雄の名を出せばスムーズに事が進むだろうと予想していたのだが、聞けばこの町は大半がエーテル教徒らしく、ジェイナスの名よりも「アレクサンドリア精霊堂」の方に助けられたらしい。

資料室への立ち入りを許可され、応接間ではなくそこへと通される。整頓された書類の前には口髭を蓄えスーツを正した男がいた。おそらくこの人物が……町長なのだろう。

「はじめまして、“ГЕРОИゲロイ"のアヴェさん」


町民の今と昔の様子、貿易や事故の記録に至るまで。町長はアヴェが投げかけた質問に全て答えた。

住民が記憶喰いにあったと自覚したのは今から10年前、失った記憶は人により様々だが共通するのは「大切な人の記憶」が多かった。しかし数人が忘れていても、すべての住民から同じ部分の記憶が失われたという訳ではない。結果、日常生活には支障をきたさなかったとか。

「町全体が記憶喰いに?」

「おそらくは。近隣町……プロトスでの被害報告はほんの数件のようでね。もしかすると関係はないかもしれない」

受付が資料を開いたところを指でなぞって、文字を追う。

「ジェイナス司書の話では、これが夢魔によるものなのではないかと踏んでいて」

「夢魔の?ずいぶん突拍子もないな。伝染病か薬品の影響じゃないかと言う者もいたが……」

「僕も前まではそう思っていました。けれどそれにしては期間が短すぎます。……町長、黒衣を纏った少女について何か心当たりはありませんか?」

町長は手持ち無沙汰になったか、口髭へと手を持っていった。

「10年も前のことだとなあ……」

記憶喰いがなくとも過去の記憶は薄れていくも

の。少なすぎる特徴ではピンとくるものがないのか、彼の視線は持ち主を失った風船のように虚空へと流れていく。

「あの」

何も収穫はないかと諦めかけたアヴェに言葉をかけたのは、意外な人物だった。何処かそっけない態度をとっていた受付だ。

「私は当時からこの町に住んでいたんですが。隣近所の人が口を揃えて『見慣れない子供を見かけた』と言ってた覚えがあります」

「どんな人だったのですか?」

「いえ、容姿は何も聞いてないですが。町に引っ越してくる人は殆どいなかったので思い出したというか……その近所の人に訊けばいいんじゃないですか」

町の地図を出した受付が、民家を表す四角い記号を指差す。町の出口に程近い通り──数軒建ち並ぶそこは見覚えのある配置。

「もしかしてチェイネルさんの家近辺?」

「エリミネルさんのお宅、そうですね。一応近くではあります」

「ふむ…………少し戻って話を整理してみます。資料はお借りしても?」

「構わないよ」

「ありがとうございます。進展があればそちらにもご報告しますね」

アヴェは会釈をした後、足早に役所を去った。夢魔の討伐、記憶喰い、見知らぬ子供の出現。どちらも10年前に重なっている。

「これが記憶喰いの始まりなのだとしたら……」

確かめなければならない、あの通りの住民に。

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