第11話 記憶の行方 /2
「それにしても婆さん、他人の家まで掃除してるなんて本当にお節介だよな。誰かさんと一緒でよ」
言いながら適当に近くにあった棚の上を指が滑る。埃はひとつもない。
「あんたたちがいつ帰ってきてもいいように、だよ。埃だらけの家に誰が帰りたいっていうんだい?あたしゃ嫌だね。それに……うん、なんだったかい」
キッチンから戻ったノーラは一仕事終えたのか、煤けた腕を払っている。捲り上げた袖にいくらか入り込んでしまい苦戦している様子。一体何をしていたのやら。
「また年食ったな婆さん」
「うるさいよ、まだお前を締め上げられる程度には元気さ。さてチェネちゃん、倉庫にあった物を整頓したから後で見ておくれよ」
「はーい」
使われていない部屋は客間を一つ残して倉庫になっている。その中には用済みになった私物なども残っていて、彼女はたまにそこへ入り浸っていた。
想い出に浸るという行為はビリーには縁のないことだったが邪魔する気にはならなかった。記憶を持つという事はそういうものなのだろう……普通は。
「よいしょっと」
今日は珍しくその私物をリビングまで下ろしてきた。木箱の中には四角い紙製の──書籍のようなものがいくつも重ねて収納されている
「これは?」
「お父さんのアルバムだよ。ほら記録には残るっていうじゃない?記憶喰いされた部分も。もしかしたら何かあるかもって思って」
ビリーは試しに数冊手に取ってみる。中身はチェイネルの家族が撮ったであろう写真が数枚、新聞記事なども挟まっていた。日付を見るに10年以上前のものだ。写真は丁寧に一枚一枚頁に貼り付けられておりアルバムを作った人間の性格が垣間見える。それでも日焼けには勝てなかったようで、所々強い照明を当てたように白く霞んでいた。
「おや、チェイネルさんの小さい頃の写真ですか。可愛らしいですね」
「これがどうしたんだよ」
ンな家族写真に何の意味がと言いつつビリーは頁を捲る。
「ビリーも記憶喰いの被害者だし、もしこの辺りの国に住んでたなら……お父さんのアルバムに何か写ってるかもしれないでしょ?」
「こんな辺鄙なとこしか撮ってない写真にか」
「うぐ」
最後の頁まで捲るも目ぼしいものはなにもなかったらしい。ぱたん、と音を立ててアルバムは元の形に直った。
「片付けとけ」
「はぁい」
チェイネルは口を尖らせ階段を登っていった。片付け損ねたアルバムが数冊残ったままだが、ビリーは追いかけるつもりもないのか肘をついて椅子に座っている。「やれやれ思春期は気難しい」とでも言いたげな苦笑いを浮かべたアヴェは、忘れられたアルバムを暇つぶしがてらめくるのだった。
写真には風が吹けば倒れてしまいそうな細身の男性と、それとは対照的に健康的で快活……豪快と言った方が正しいか、そんな女性が写っている。その間にはどこか見覚えのある、あんよを覚えたばかりであろう栗色の髪をした幼女が見えて。アヴェの頭の中に、いつだったか持ったまま忘れていた疑問がふと戻ってきた。
「そういえば。チェイネルさんのご両親はどこに?」
家は綺麗に保たれていたが、それは隣人ノーラが掃除をしていたからだと先程の会話でわかる。こんな立派な一軒家を持つくらいなのだから、両親は地方を飛び回る賞金稼ぎというわけでもなさそうだ。となると──
「死んだって聞いてるぜ。少なくとも俺がチェイネルと知り合った10年前にはもういなかった」
「そんな小さな時に…………」
しん、と部屋が静まり返る。あのはつらつとした笑顔の裏にそんな過去を抱えていたなど知る由もない。
「んだよ。お前が湿っぽい空気になるな」
「すみません、あまり聞いてはいけないことだと思って」
「俺に謝んな」
ビリーは気まずくなったか、テーブルに足を投げ出してそっぽを向いた。拗ねた子供のような声で話は続く。
「死んだことは墓からわかってる。けど覚えてないんだとよ、どうして死んだのかとか、いつまで生きてたのかとか」
「それは……記憶喰いの影響で?」
「多分な。それに何年も前なんだ、もう気にしてねェよあいつは」
彼なりの気遣いか、アヴェの頭にかかった罪悪感をはらうような言葉。憎まれ口を叩くこの少年、少しは──いやそれなりに仲間意識が芽生えているのかもしれない。
「……ところでビリー、貴方は町の近くの依頼を受けた時ここに泊まりにくるとチェイネルさんが言っていましたが、この町には鉄道が通ってなくて不便ですよね」
「なんだよ」
「もしかしてチェイネルさんに寂しい思いをさせないために立ち寄ってます?」
少年の座る背もたれが後ろに大きく傾いて姿勢を崩しかけた。あまりにもわかりやすく。
「──宿代を浮かすためだッ!!」
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