エピローグ
何度後悔したかもわからない。
何度恨んだのかもわからない。
何度呪ったのかもわからない。
ただ、一つわかっているのは僕の中に降り積もった雪を溶かしてくれる春はまだ訪れないということだ。
あれから一ヶ月たった。
あれから三ヶ月たった。
あれから半年がたった。
あれから、八ヶ月、たった。
季節はもう夏だというのに依然として僕の雪は少しも溶けない。
それどころかますます積もっているように感じる。
「桜」
包帯の外れた頭をさらさらとなぜる。
いつになったら目を覚ましてくれるんだ?
もし、僕の事が嫌いならそう言って別れてくれてもいい。
もし、目覚めたくない何かがあるなら全部僕が取り除くよ。
だから、もう一度。
せめてもう一度だけでも、あの笑顔を僕に向けてくれないか。
「目を開けて、僕の名前を呼んでくれないか」
桜の手を握る。
白く小さな柔らかい手を何度も
ぴくり。
そう、動いた気がした。
「桜?」
そう僕がもう一度呼ぶと声に反応するようにぴくりと指が動く。
ゆっくりと瞼が上がっていく。
僕は息をするのも忘れてその光景を見入った。
うっすらと開いた口が何かを言おうとしている。
長らくだしていなかったからなのか声が声にならずに口をぱくぱくしている。
ゆっくりと動かす口に聞き
『きょ、う、や』
「ああ、そうだ」
泣いてしまわないように唇を噛む。
視界がぼやけて声も震える。
『す、き』
もう我慢できなかった。
降り積もった雪は暖かな日溜まりを受けて一気に溶け出す。
それが雫となって零れ落ちる。
『ちゃんと、す、き。あいしてるよ』
辛うじて聞こえるようになった声が優しく降り注ぐ。
『きらいになんて、なれるわけ、ないじゃない』
泣きながら呆気に取られる僕にそう言って彼女は笑いかけた。
ずっとずっと見たかった僕の太陽のような大輪の花。
「僕の方がずっとずっと愛してるよ」
ベッドに寝ている桜の身体に障らないようにそっと抱きしめる。
窓の外は快晴。
夏らしい入道雲がぷかぷかと浮いていてボランティアの人たちが世話をしているらしいひまわり畑が懸命に空を向いて揺れている。
爽やかな風が新たな空気を運んでくる。
真っ白だと思っていた空間には今では鮮やかな光が差し込み彩りを与えている。
廊下から子供の元気な声も響いてくる。
彼女の言う通りで言葉は滅多に言われない方が効果的だった。でも、もっと言う頻度は増やしてほしいかな。
でもまずは。
さて、このあとはどうやって桜を甘やかそうか。
まず誰から連絡をしようかな
葉月たちじゃない?
そうだな。そうそう、あの二人の子供、この前生まれたよ
本当?
本当
会いたいなぁ
会えるさ、これから何度だって
桜
なに?
好きだ、愛してる
うん、知ってる
だから結婚してくれないか?
…今ここで言う?
本当はあの日に言おうと思ってたんだ。それにいつ言えなくなるかわからないだろ?
そっか、そうだね
返事、聞いても?
…不束者ですが、よろしくお願いします
四季 夏 @natu-okita
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