社会人になって幾らかたった。京也にデートに行こうと誘われた。最近めっきりと会うことも減っていたので結構楽しみにしていた。昔は少なくとも週に一回は会っていたのに今では週に一回電話できたらいい方。悪ければ一ヶ月に一回声が聞けるかどうか。仕事の内容はわからないけど忙しいところなんだっていうのは理解している。

 デートの約束をしてもすっぽかされることも多い。その度に本当に申し訳なさそうな顔をするので思わず許してしまう。

 私は大概京也に甘い。

 今日はいつもよりもお洒落をしてみた。服も化粧もよくわからなかったから葉月に聞いた。普段しないことは見よう見まねでしようとしたら失敗するのは当然の帰結だろう。そんな無駄でバカなことはしない。

 因みに葉月と凛斗は一年前に結婚している。もうすぐ第一子も生まれるらしい。 男の子か女の子かはまだ調べてないらしいが。

 柄にもなく楽しみにしすぎたせいか約束の時間よりも少し早い。

 何となく空を見上げる。


「雪、か」


 そりゃあ寒いはずだ。

 ふと前に雪が好きかという話をしたことを思い出した。京也は寒いからあんまり好きではないと言った。

 私は好きだと言ったっけ。

 雪は全てを包み込んで白くする。それから悪人、善人、年寄り、子供関係なく等しく降る。だから雨も。雪が降ってもそのうちに溶けて春が来る。

 だから、好き。

 そういった覚えがある。

 クリスマスも近くなりあちこちが電飾で飾られている。

 スマホが震える。

 かじかんだ手でメールを開く。


 ≪ごめん、遅れる≫


 はぁ、とため息をつく。

 そういえば前に幸せが逃げるとか京也に言ったっけ、と頭に過るがため息もつきたくなる。

 仕方ない。それはわかってるけど。

 スマホを鞄に仕舞い、悴む手を擦り合わせて息を吹き掛ける。

 少しも暖かくならないや。

 独りちて町を目に映す。

 仲睦まじそうな男女や両親に囲まれた子供、観光に来たであろう外国人で賑わっている。お店も閉まっているところはここから見る限り一つもなく人がひっきりなしに出入りしている。

 ぴかぴかと光輝く電飾は今の一人っきりの私には眩しくて仕方がない。

 遅くなるってどれくらいだろ。

 そもそも遅くなる、と送られてきたのも約束の時間より二十分も後だ。

 この感じだと一時間は待たなきゃかなぁ。

 まあ、いいや。

 ずっと外にいてきんきんに冷えた手で頬を挟んでやる。

 それから着拒。震える手でメールも電話も拒否にしてやった。ちょっとスッキリとした感じがある。


 とうとう約束の時間から一時間以上が経過した。周りにいた待ち合わせをしているであろう人たちは別の人へと変わっていた。

 はは、ここまでくれば根比べみたい。

 自嘲気味に笑い手に息を吹き掛ける。きんきんに冷やして驚かせてやると意気込んでいたが手袋を忘れた私の手は半分ぐらい感覚がない。時折、肩についた雪を払う。なかなかに止みそうもない。


「桜っ!」


 後ろから名前を呼ばれた気がした。振り向くと京也が息を切らしながらこちらに向かってくる。

 やっと来た。

 遅いじゃない。

 そう思いながらスマホを取り出して着拒を解除する。悴んだ手は思うように動かずスマホを落としてしまう。

 しまった。

 私としたことがこんならしくもないミスをするなんてよっぽど寒いんだな。

 拾おうと屈むと京也の鋭い声が聞こえた。


「桜っ、逃げろっ!」

「え?」


 その言葉に顔をあげると目の前には強い光がどんどんと近づいてきて何かに吹っ飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る