夏
私たちを見ると皆、京也が私に依存していると口を揃えて言う。
事実、京也が私の家に押し掛けることの方が多いし、デートに行こうと誘うのも向こうからだし、いちゃついてくるのも京也からばかり。あげだしたらきりがないのかもしれない。
でも私はあまりそうは思わない。
確かに京也は私に依存している節はある。だがそれ以上に私の方が依存している。それこそ、まるで…、そう、空気のよう。私の側にいてくれているのが当たり前で、なくては生きていけない。それが私にとっての京也だ。
自分でいうのもあれだが私はもともと何事にも執着しないタイプだ。物であろうと人であろうと事象であろうと。ただしその反面、一度執着したり自分のテリトリーにいれたものは全幅の信頼を寄せる。騙されていたとしても気づかないし、気づいていてもきっと気づいてない振りを勝手に身体がするだろう。
ただそんな危うさに気づいているのは京也だけだと思う。
一度私は取り乱した。それはもう盛大に。京也が仕事の関係で大怪我をしたと人伝に聞いたとき。
入院している病院を聞き出し京也に会いに行った。暫く会えないとは聞いていたが大怪我だなんて聞いていない。
様子の可笑しな葉月と凛斗を問い詰めると言いにくそうにしながら言っていた。本人が固く口止めしていたらしい。私に心配かけたくないから、と。何も言われないで人伝に聞く方が直接聞くよりも何十倍、何千倍も心配になる。かなりひどいみたいだと聞いていた。だから思わず病室のベッドに普通そうに座っていた京也を見た瞬間に足から崩れ落ちて年甲斐もなくぽろぽろと涙を溢して大泣きした。
無事で良かった、と。
それと、一言ぐらい言え、と。
珍しく情緒不安定な私に一瞬面食らった様子だったがその後おろおろしながら、ごめん、今度からはちゃんと言うから、と言ってベッドから降りようとした京也を私は、怪我人が動くなんてバカがあるかっ、と怒鳴り付けた。
それから私は何となく不器用ながらに側にいたいというアピールをするようになった。
「京也」
せっかく私が遊びに来たのに京也は本を読んでばっかりで私に構わない。何となくそれが気にくわないから私にしてはいつもより近い位置に座って名前を呼んでみる。
「んー?」
私の方に見向きもしないで生返事を返すのですり寄ってみる。
「なんか猫飼ってるみたいだな」
ようやく反応があったと思ったらうりうりと頬を突っついて茶化す。それで私が拗ねてそっぽを向く。向くだけじゃ気がすまないのでソファの一番端に移動して無視を決め込む。すると本をおいて私のところまで移動してでろっでろに甘やかす。私は腹が立ってたのも忘れていっぱいに甘やかされる。
これが日課となりつつあった。
「なぁ、
「ん?」
珍しくのんびりとした空気が漂う。
今日は突然京也の仕事が休みになり押し掛けてきた。家に私がいなかったらどうするつもりだったのか、と聞けば、勝手に入って待ってる、と。
まあ、合鍵を渡してるし渡されてるし構わないと言えばそうなのだが。
「好き」
「うん」
「もっと他にないのか?いっつもそれじゃないか」
「他って?」
「“私も”とか“好き”とか」
「私はそういう人間じゃないから」
「僕ばっかりは何だか寂しい」
二十も後半に差し掛かった大の男が唇を尖らせて何やってんだ。ただ腹正しいのはそれに対しての違和感がほとんどないということだ。
「言ってくれないか?」
確かに私はそういった言葉を今までたぶん一度も口に出したことがないと思う。でもこれにはちゃんと理由がある。
「…言葉ってさ、何回も言ってると陳腐なものになっちゃうじゃない?私はそれが嫌なの」
ここぞというときに、ここぞという言葉を言うからこそ真実味があるし何よりも心に響く。いつものように私の持論を展開して見せるが不服そうな顔をしている。
「じゃあ桜は僕がいつも言っているから信じられないのか?」
「それとこれは別。私は普段屁理屈ばっかり捏ねるからシンプルな言葉は何を言っても嘘っぽくなるのよ」
そう自嘲気味に言うとやっぱり不服そうな顔をして後ろから私のことを抱きしめた。
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