四季

 私は今夢を見ている。

 そう思うときはないだろうか。今まさにそうだ。夢を夢だと自覚している。だから目の前で起こることもあんまりなんとも思わない。例えそこに幼い頃の自分がいたとしても、だ。そして何となく察する。

 これから何か忘れていることを思い出すための夢が始まることを。



 私は時々思う。私は本当は物語の中の端役にすぎないのではないかと。

 主人公は別にいてその主人公を取り巻く世界を成り立たせるために私が存在しているんじゃないかと。もしくは私は誰かの中の記憶で生きているんじゃないか。

 あるいは過去に生きているのかもしれない。記憶にないだけで私はおんなじ毎日を過ごしているのかもしれない。

 あとは、夢の中で生きているとか。他に思うのは実は私は死んでいるか、昏睡状態で過去を繰り返してるとか。

 そんなことをしょっちゅう考える。

 その上気に食わないことは相手が誰であろうと食って掛かる難儀な性格をしている。まあ、だから相当変わってると自分でも思う。友人と呼べる人は三人しかいない。当然の理というところだろう。

 普通私なんかと仲良くするか?私だったら関わらない。だが世の中とは不思議なもので先にあげたように三人も友人がいる。

 そのうちの一人が幼馴染の京也きょうやだった。


 日本人にしては色素の薄い髪と瞳と肌。ヨーロッパ系のクォーターらしかった。らしかった、というのも幼い頃に一度言われたぐらいであまり気にしなかったからだ。大人はまるで天使のようだと言っていたのを聞いた覚えがある。

 だが幼子と言うのは素直で残酷である。自分や自分の回りにいる人と違うものを排除しようとする。ただそこに悪意はない。純粋に自分達と違うものなので側から遠ざける。ただそれだけなのだ。

 京也もその例に漏れなかった。


 私は小さな頃から本が好きで四六時中本を読んでおり小学校に上がるまででかなりの本が読めるようになっていた。

 その事もあってか、いや、そのせいなのだが母にたまには外に行こうと家から出ざる得なくなった五歳の春。

 麗らかな春の日差しはついこの間まで冬だったとは思えない暖かさだった。猫が塀の上で気持ち良さそうに昼寝をしている。

 母親というのはよく公園でママ会のように話し込む。うちの母も同じだった。特にすることもなく話し終わるのを待っていたがずっと話しっぱなしでこちらを向くこともなく暇になった。

 何気なく雑木林の方に入っていくと子供の声が聞こえた。

 私も当時は子供だったが今ならわかる大変子供らしくない世を拗ねたような可愛いげのないガキだった。だからその子供の声に、元気にやってんのね、などと上から目線な感想を抱いていた。

 進んでいくうちにどうやら遊んでいるのではないことに気がついた。のけ者扱いをしているのが見てとれた。


「お前、俺たちと違うから仲間じゃねーよ!」

「そうだっ、あっち行けよっ」


 いじめだ。

 ガキ大将のような子が揶揄されていた子を突き飛ばしたのを合図とするように殴ったり蹴ろうとしたりしている。私は自分の謎の正義感に呆れながらも思わずその手を掴んだ。


「弱いものいじめして楽しいの?」


 手を掴んだ子が怯えていたからたぶん相当に冷えきった目だったと思う。


「そ、そいつは髪の色も目の色も違うから化け物なんだよ!なあ!」

「そうだ、そうだ!」

「化け物、ね。私には君たちの方がよっぽど化け物に見えるけど。それに賛同を求めるのは本当に自分が正しくないかもしれないから仲間がほしいんでしょ?本当に自分が正しいと思うのならそんなことしなくていいのに」

「そいつの味方するのかよっ」

「別に。ただ君が気に食わなかった、ただそれだけ」


 本当に可愛いげがなかったし大人げなかった。いや、幼女なんだけど。

 私に言い負かされて顔を真っ赤にして子分を引き連れてどこかへ去っていった。

 まるで物語の咬ませ犬か小物だな、と思っていた。

 大事なことなのでもう一度言う。このときの私は世を拗ねたような可愛いげのないガキだった。だから怒らないでほしい。今では重々に理解している。


「君、大丈夫?」


 手を差し出して立たせて砂ぼこりを払ってやる。

 そこで漸く京也だと気がついた。家が隣同士で親が仲良かった。だから結構な回数顔を会わせていた。


「…ありが、とう」


 少しもじもじとしてからか細い声でそう呟いた。


「別に気にしないで。さっきも言ったように私はあれが気に食わなかっただけだから」


 この日から私たちはしょっちゅう一緒にいるようになった。


 小学校は勿論、中学校、高校、大学も一緒だった。流石に就職先は違うけど。

 あの事件以来、いじめられることもなくなったようだった。理由としては誰かさんが彼らの親にチクったからだろう。誰かと言うのはきっと察してくれてると思う。そんなことをするのは子供らしくない誰かしかいないでしょ。

 気に食わなかったしね。仕方ないよね。

 京也はいじめられなくなってからは賢い上に気さくでクラスの人気者に昇進していた。いじめっ子だった子とも仲良く話しているのを見たことがある。

 あぁ、青春を謳歌してるなぁ、と思った。


 私は小学校からの付き合いで葉月と常に一緒だった。これがもう一人の友人。この子は本当にいい子で一番最初に言ったような訳のわからないことも受け入れて聞いてくれる。何でも相談できる親友だ。

 京也は年齢に比例するようにモテた。マジでビックリするほどにモテた。クラス一可愛いと噂の川上さんやバレー部キャプテンの水谷先輩、果ては他校生にもモテた。

 だが関係は変わらずで行きと帰りは必ず一緒だった。勿論葉月もだが時々何だかんだと帰れなくなることもあった。時折京也の親友の東雲凛斗しののめ りんととも帰ることはあった。彼も小学校からの付き合いである友人の一人だ。因みに葉月の想い人である。もっと因みに情報だが凛斗の想い人も葉月である。所謂両片想い、というやつだ。京也と、焦れったいな、と話した覚えがある。

 高2の夏だったか、葉月が別の男子に告白されたのが切っ掛けか何かだったと思うがそれで二人は付き合うようになった。ますます私と京也の二人だけで帰るようになっていった。


 高校最後の冬。突然京也に告白された。勿論今まで騙しててごめん、とかいう告白ではない。何故このタイミング、と聞くともごもごと言い澱んだので言いにくいことか、と察し、いいよ、と答えた。京也は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 なんだその顔は。

 ぽかんとした顔のまま、それは彼女になってくれるってこと?、と聞かれたので、それ以外に今このタイミングで頷くやつがあるか、と言うと、おめでとー、影から見ていたらしい葉月と凛斗に揉みくちゃにされた。

 あとから凛斗と葉月に聞いた話だが受験間近になったこのタイミングで告白したのは牽制だと。最近あちこちで私に告白しようとする声が聞こえてきたらしく焦ったらしい、とのこと。

 私なんかに告白しようとする物好きがいるなんてね。

 そういったら、無意識美人が、と二人に突っ込まれた。や、例え美人だったとして、性格はひねくれてるけど。てか、美人ではないだろ。


 付き合った、といっても別段何が変わるわけでもなく行き帰りはいつも通り一緒だし時々一緒にお弁当を食べる。変わったのは休日も一緒にいて、時たま謎に抱きついてきたり、手を繋ぐのを要求してくるぐらいだった。ただ困ったのは身長180センチ近くある京也が160センチちょっとの私に抱きつくと下を向き目になる。それからなんでか首筋に顔を埋めたがる。

 それはいい、仕方がない、としておこう。そこには文句を言うつもりはない。問題というのはその度にさらさらとした京也の髪が首や頬を擽る。こそばゆくてたまらない。それを前に言ってみたが、ダメ?、と拒否できないようなあざとい顔で言ってくる。

 こいつ…、自分の顔の使い方、わかっててやってるな。

 仕方なく、はぁ、とこれ見よがしにため息をついてやるが嬉しそうに笑ってまた抱きついてきた。私は存外それが嫌でもなかったりする。ただ、一言、言ってやりたかった、それだけだった。

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