私が彼のWifey!


「……遅かったか…」


 私がフンフンと鼻息荒く仁王立ちして、座り込んでいるミケイラを見下ろしていると、そこに聞き慣れた声と日本語が聞こえた。

 入館証を首から下げた彼は食堂内の人混みをかき分けるようにして、この語学学校の職員さんと一緒にやって来た。この状況を把握した彼はどこか遠い目をしていた。


「あれ、慎悟…」


 私がキョトンと彼を見上げると、慎悟はおでこに手を当てて、疲れたようにため息を吐く。なんだよ、なぜそんな疲れた顔をしているんだ。

 私は悪者を成敗したんだ。ほら、目には目を歯には歯をって言うだろう? 


『ハァイ、慎悟! エイミーのキレっぷりすごかったわよ! 動画に撮っておけばよかった!』


 そこに割って入ってきたのは、この食堂内のどこかで食事をとっていた笙鈴だ。彼女はいつものニコニコ笑顔でフランクに慎悟へ声をかけると、口元を抑えてふふふ、と笑っていた。


『自業自得よ! エイミーに勝てないと思ったからあんな事したんでしょ』


 笙鈴は最初から最後まで見ていたらしい。その割に愉快そうだ。ミケイラを見下ろして肩をすくめると、母国語で何やらつぶやいていた。

 

【エイミーって冬眠中の熊みたいな所あるわよね。私、エイミーのそういう所好きなのよね、面白くて】


 笙鈴がなんて言ったのかわからずに、私は慎悟を見上げた。慎悟は眉間にシワを寄せて渋い顔をすると、ため息をつく。


【…こうなるとわかっているなら、止めてくれても良かっただろ】

【なぜ止める必要があるの? そこの性悪にはいい薬よ! それにあなたもちゃんとお仕置き準備してるんでしょ? 大好きなエイミーを守るためだものね♪】


 おい、2人で何を喋っているんだ。

 私は中国語が全くわからんのだ。私のわからない言語で話すのはやめろ。私は慎悟の脇腹を突いてちょっかいを掛けていたが、その手を抑え込まれて拘束された。

 笙鈴はニコニコと楽しそうに、慎悟をからかう口調で話している。慎悟は嘆くように重いため息を吐いていたが、諦めた様子でどこかへと電話をかけていたのであった。



■□■

 


 スマホ破壊の件は反省も後悔もしていない。

 その件については慎悟も目をつぶって何も言わないから、内心よくやったとサムズアップしているはずだ。

 笙鈴は横でずっと思い出し笑いをしていた。


 そして私は学校内の学生、並びに教職員からスマホ破壊モンスターを見るかのような視線を向けられた。

 一時期「スマホクラッシュモンスターが来るぞ」と囁かれていたらしい。

 みんな誤解している。私は悪いことをしてない人のスマホなら壊さないよ。ミケイラのだって、クラウドデータ消したら代わりのものを弁償してあげるもの。


 ちゃんと自分の責任は果たすよ、失礼な。 



 なりすましで犯罪教唆を起こしたミケイラには逮捕状がでて、裁判沙汰になった。狙ったのが二階堂グループのお嬢様なので、本当、彼女はまずいことをしたよ……罪を問う以外にも、彼女には慰謝料など請求する予定だ。ここはアメリカなのでいろいろエグいと思うなぁ。

 世界中に点在している二階堂に繋がる企業への就職は難しいだろう。ミケイラの親兄弟親戚に渡って門前払いを受けるかもしれない。でも彼女はそれだけのことをしたのだ。

 

 嫉妬の一言じゃ済まない、シャレにならないことをしでかしてくれた彼女は逃げるように国に帰ろうとしたが、逃がすはずがない。

 高飛びする寸前で、空港にて確保されて勾留された。有能な弁護士が色々なツテを使ってやってくれたのだ。


 彼女は逃げずに自分の罪としっかり向き合って欲しい。




『エリカ…俺のせいでごめんね。怖かったでしょう…?』

『ハヴェル…やめろ。上杉みたいなことをするな』

『ウエスギ?』


 あれやこれやが落ち着いてきた頃、ようやく普段どおりの日常が戻ってきたのだけど、そうなったら奴が再度接近してきた。ハヴェルの野郎が罪の意識を感じたのか、私をハグして慰めようとしてきたのだ。

 しかし私にはそれが上杉の過去の行動と同じに見えて、断固拒否した。


 いや、今回のはミケイラ単独犯行だし、裏で色々仕組んだ上杉と一緒にしてはハヴェルに失礼だとわかってるんだけど、こいつの一挙一動が上杉とかぶってどうにも本能が警戒してしまうというか……

 決して悪いやつじゃないんだけどね…

 と思っていたら、壁ドンされた。


『距離が近いね!』

『エリカ…強がらなくてもいいんだよ?』

『大丈夫です』


 奴の顔が近かったので持っていた雑誌で奴の顔面を叩いておいた。顔を手のひらで押さえて呻きながら離れたので、私は素早く距離を取る。

 全く油断も隙もない。


「…笑さん」

「あっ! 慎悟、もー遅いよぉ。遅いから東欧の上杉に襲われかけてたじゃーん」


 車で学校前まで迎えに来てくれた慎悟に軽口を叩くと、彼はなんだか面白くなさそうな顔をしていた。

 仕方ないので、慎悟の腰に腕を回すと、下から彼の顔を覗き込んでやった。


「なんだぁ? 妬いてるのか? 可愛い奴め」


 昔はそれが嫉妬している顔とは気づかなかったけど、今じゃひと目で分かるんだぞ? ヤキモチ妬きめ…。

 こちょこちょと慎悟の腰をくすぐると、慎悟がビクリと震えた。


「や、やめ…」

「ん? ここか? ここがええんか?」


 慎悟は声を押し殺して、くすぐったさを抑え込んでいるようだが、時折くぐもった声を漏らしている。私はそれが愉快で仕方なかった。

 集中的に慎悟の腰をくすぐっていると腕を引き剥がされて、コラッと叱るようにおでこごっつんこされた。

 慎悟の瞳と目が合う。

 赤らんだ慎悟の頬を手のひらで包み込み、私は背伸びをすると、慎悟のおでこに自分の額をグリグリとさせた。

 

 可愛いな、可愛いなこの野郎。可愛いって言ったら何故か拗ねるから言わないけど、可愛いな!

 私はそのまま慎悟の唇に吸い付いた。


『あー…ねぇ、俺がここにいるのわかってる?』


 東欧の上杉ことハヴェルは上杉みたいなことを言って妨害しようとしたが、私が慎悟の唇を離さなかった。

 この周りにあの掲示板を見てしまった人間がいるかはわからないが、この私が唯一身体を許すのはここにいる加納慎悟というファビュラスマーベラスな絶世の美青年だけであると知らしめてやりたかったのだ!


 場所が場所だったので慎悟がやめさせようとしてきたが、私が彼の首に腕を回してしがみついて離れなかったので、そのままにしてくれた。

 気の済むまでキスをすると、私は満足した。

 慎悟の顔は赤らんでいた。目は潤んでおり、その顔を直視した私はクラっとしそうになった。

 こいつは…また色気の垂れ流ししてる……その辺で変態をホイホイしないうちにさっさと帰ろうかな。


「帰ろう慎悟」


 私が手を伸ばすと慎悟がその手を掴んで、助手席までエスコートしてくれた。車に乗った後扉を閉めるまでがセットである。

 私はそれを車外で呆然と見ているハヴェルの野郎にドヤ顔で笑いかけてやった。


 見たか、この絵になる動作。絵になる最高級A5ランク牛のようなマイダーリンを!

 私は彼だから安心して身を任せられるのだ。慎悟ほど私を大切にしてくれる男はいないからね!


 私をお姫様のように扱うのは慎悟唯一人で充分だ。

 なんたって彼が私の王子様なんだもの!


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