スマホ破壊Bearを起こすな。


「笑さん、俺は学校に行くけど……本当に一人で大丈夫か?」

「ん…いってらっしゃい…」


 いかがわしい掲示板に晒されている事を知ってしまった私は、次の日から学校に行かなかった。

 外に出たらまた襲撃されるかもしれない。それに、世間の人があの掲示板を知っていたら、私が書いたものだと思われるはずだ。その目に晒されるのが恐怖で、私は外に出たくなかった。

 どこに私を陥れようとする敵がいるのか、何を目的にしているかがわからない不気味さ。それに連日悪夢を見ては飛び起きるという負のループだ。お陰でメンタル体調共に最悪のコンディション。

 私は布団にくるまって日々ウトウトするか、鬱々する生活を送っていた。

 

 そんな私を叱るわけでもなく、慎悟は心配そうに見下ろす。身を屈めて私にキスすると、「早めに帰ってくる」と言い残して大学へと出かけていった。


 優秀な弁護士やサイバー処理チームがデジタルタトゥーになりかねない情報を隅から隅まで探しては消してくれているが、個人のスマホやパソコンに残ってるかもしれない。人々の記憶には残っているかもしれない。

 いつまで私はこうして怯えて過ごさなくてはならないのだろうか。



 事件発覚から一週間後、私は日本語のできるカウンセラーのもとに連れて行かれた。二階堂ママが手配してくれたそうだ。一人で鬱々するよりもプロに話を聞いてもらったほうがいいだろうとのことである。

 ストーカー被害者のカウンセリング経験もあるそのカウンセラーとお話して、客観的に物事を俯瞰することができて、ちょっとだけ冷静になれた。


 弁護士の定期連絡を慎悟から教えてもらった。仕事が素早く、なりすまし犯の仕業である掲示板やネット上に出回った情報を全て消去してくれた。その後しばらく監視して見つけ次第削除してくれるそうだ。

 こういうネット上の犯罪は若い女性を中心に被害にあうケースが多く、過去には殺人事件にもなったのでそれを見越して素早く動いてくれた。あとたまたま今住んでいる州にそれに関する法律があったので素早く動けたとも聞かされた。

 警察ではなく、弁護士を頼ったのは正解だったと慎悟が言っていた。


 学校の友人達は毎日交代でお見舞いと授業のノートのコピーやレジュメを持ってきてくれる。

 みんなの優しい気遣いに私は徐々にメンタル回復していった。

 よく考えなくても、私被害者なんだよな。萎縮する必要はないのだ。いくら恨みを持っていても、これはやっちゃいけないことだよ。

 ……冷静になったら逆に腹が立ってきたぞ。


 私がいつもの調子をじわじわと取り戻し始めた矢先のことだった。





「笑さん、掲示板のなりすまし犯人がわかったそうだ。…その人物は……」


 掲示板の情報からIPアドレスを特定し、出先を開示請求した結果が出たとの連絡が入った。

 慎悟がこれから逮捕状を請求どうの、起訴に向かってどうのと話しているが、それら全て左から右へ素通りしてしまう。

 私を陥れようとした人間の名前を聞いた瞬間、この身体に流れる血液が一気に沸騰して、脳天に集中していった。表現するならパーティークラッカーが破裂したような感じである。


 ハロー、短気な私。


「笑さん!?」


 私はその場でパジャマを脱ぎ捨てると、シュババッと身支度を整えた。そして通学に使っているかばんを掴むとそのまま家を飛び出した。


「どこに行くんだ笑さん!!」


 慎悟が慌てて阻止しようとする声が聞こえたけども、一度着火したら止まらない。 

 今は行かせてくれ。私が勝負付けなければいけないのだ!

 私はその足で目的地まで駆けていった。

 女には戦わなければならない場面があるのだ…! 止めてくれるな、慎悟!



■□■


 

 時刻は正午。普段であれば、私は学友たちとランチをとっている時間。昼食はどこでとっても構わない。食堂でも、外でも。

 その時間に“彼女”がどこにいるかなんて知らない。知らないけど、私は学校の敷地内に入ると迷わず食堂に駆け込んだ。


 食堂内では多国籍の生徒たちで賑わっていた。ワイワイガヤガヤと騒がしいそこでは、私が入ってきたことを誰ひとり気にしない。出入りの激しい場所だからだ。

 ──いた。

 目的の人物は友人たちとおしゃべりしながらケータリングを食べていた。その姿を見た私はスウッと目を細める。

 そして生徒の座る席の間を縫うように進むと、目的の人物の背後に立った。


 …先に気づいたのは、彼女の友人である女だ。名前何だったかな。

 友人Aは女…ミケイラの腕をちょんちょんと突いて、顎で示していた。ミケイラは訝しげに振り返り、私の姿を確認すると少しだけ驚いた顔をしていた。


 私は一言も発することなく、ミケイラの手元にある東欧の上杉・ハヴェルの隠し撮り写真を待ち受けにしたスマホを掠め取った。ミケイラは声を出さずにそれを目で追っている。


 ミケイラのスマホを取り上げた私は自分の頭よりも高く持ち上げ、そして……


 ──カシャーン!!

 床に叩きつけた。


『……えっ!? 何するのよ!』

『……それはこっちのセリフだ、この性悪女!』


 液晶めがけてガツッと踵を落とした。私が今履いている靴は硬めのローヒールだ。一度踵落とししただけで簡単に液晶がバリバリに割れた。


『いやぁぁあーっ!』

『あんたが私になりすましてネット掲示板に書き込んだんでしょうが! もう調べは付いてんだよ!』

『やめて、やめてよっ!』


 ミケイラは私の足を止めようと腕を伸ばしたが、私はそれよりも先に足を振り下ろした。バキべキボキとスマホが出してはならない音を立てて、ただの物言わぬ精密機械の残骸に変化していく。


『いいか、私は怖かったんだぞ! どれだけ恐怖したと思ってる!人をなんだと思ってるんだ! 嫌いな相手ならなにしてもいいと思っているのか! あんたのやってることは犯罪です!』


 どこで見られているのか、誰が私を陥れようとしているのかわからない不気味さ。殺されるかもしれないと恐怖する日々。

 どこから襲撃されるかわからず、怯えて家に引きこもっていた数日間。

 世間で自分がどんな目で見られているのかと怯えて震えていた私の気持ちがわかるか!!


 このスマホだろう!

 スマホは馬鹿発見器ツールなのか!

 高校時代にも似たような馬鹿がいたけどさ! こんなもの、潰して使えなくして1から出直せ!!

 あんたはなんのために留学してきたんだ! 勉強じゃないのか! 嫌がらせするために留学してきたんじゃなかろうが!


 液晶のガラスはあちこち蜘蛛の巣を張ったようにひび割れを起こし、電源を付ける場所は踏みつけた影響で陥没してしまっている。


『な、なにもここまでしなくてもいいじゃない!』

『はぁ…? 掲示板に写真と名前と学校名晒されて、レイプするようにけしかけられて、幾度となく襲撃を受けて暴行されかかった私にそんな事言うんだ?』


 なるほど、ミケイラにとってはそんな事痛くも痒くもないんだ?

 もしかして自分の願望をあの掲示板にぶちまけたとか? 欲求不満?


『レイプされるのがあんたの性癖だったとしても、私は違うから一緒にしないでくれる?』

『そんなわけないじゃない! あんたのことが気に入らないからちょっと痛い目にあえばいいと思っただけよ! こんなに悪化するとか思わなかった!』


 わざとじゃないとミケイラは訴えるが、気づいているか? あんたのお友達、明らかにドン引きした顔であんたを見てるけど。

 ロッカーへの嫌がらせは多分ミケイラとその友人たちの仕業だけど、恐らく掲示板に関してはミケイラの単独行動なのかな。まぁ…これは調べたら後にわかるはずだ。


 反省の色が一欠片もない彼女の態度が気に入らない。

 このアマ…人がおとなしくしてたら好き勝手に……ほんっとどうしてくれようか……!

 周りでは昼食途中だった生徒たちが私達を中心に輪を作ってヒヤヒヤしながら野次馬をしている。

 私はお嬢様としてなるべくエレガントに振る舞っていたつもりだが、もうそれも今日でお終いのようである。


『ハヴェルの野郎と私はただの同級生! 何度言わせたらわかるんだ! 私には超ラブラブなファビュラス婚約者がいるんじゃい! 今度やったらまたスマホ壊しに行くからな!!』


 私はカッと目を見開いて、射殺すような視線を送ると大声で怒鳴った。

 ミケイラは怯えた様子で、私を見上げていた。その手にはスマホだった物体が存在する。


『覚悟しとけよぉ…家にあるパソコンとか、クラウドに保存してるデータとか全部消してやるかんな……』

『ヒィーン…』

『泣けば済むと思ってんのか! 私は絶対に許してやらんぞ!』


 顔をクシャクシャにして泣き出したミケイラ。

 だが私はその涙に絆されてやらん。

 私はそれ以上に苦しめられた。ミケイラには罰を受けてもらわねば。

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