ステファニーという女【三人称視点】


 その女は男によくモテた。中華系財閥のお嬢様で名をステファニーという。

 ぬばたまの黒髪に切れ長の瞳。手足はスラリと長く、背が高くてスレンダーな彼女は行く先々で男の視線を奪った。

 特に、このアメリカでは男に困らなかった。そのため彼女は自信過剰になっていた。自分が声を掛けたらどんな男もフラリと寄ってくると自惚れすぎていたのだ。



 1年間の留学ということで同じ大学にやってきたのは日本の青年だ。彼の実家の会社は知っている。ここ数十年で急激に成長した日本企業の子息だ。

 パッと見では線が細く、眼を見張るほど美麗な青年。すごく背が高いわけでもないのに、彼は大学内でとても目立っていた。

 その美青年をひと目見た瞬間から彼女は心奪われた。彼のようなタイプはステファニー周りにいなかった。自分の物にしたいと初めて思ったのだ。


 学部が違うため直接の接点はなかったが、ステファニーはツテを使って彼に接近した。夜のクラブでお酒が入った状態で迫れば雰囲気に飲まれてフラッと行くだろうと考えたのだ。

 ステファニーは手段を選ばない女だった。婚約者がいようと関係ないと考えていたのだ。

 ──だが、彼には素気なくあしらわれ、うまく行かなかった。


 話に聞くと、青年は日本から婚約者と一緒に一緒に留学してきたらしい。相手は別の学校に通っているそうだが、隣の部屋を借りて半同棲状態。街で仲睦まじく買い物する姿を見かけたという話も聞いた。

 どんな女だと思えば、容姿だけは整った人形のような女だった。気が弱そうな典型的な日本女。…この女だったら奪えるとステファニーは思った。


 それからステファニーは積極的に青年にアプローチした。青年はどうも硬派な質らしく、色仕掛けはあまり通用しなかった。だからステファニーは手段を変えて接近を試みた。

 競争率の高い教授のゼミの席をとってあげたり、コネクションを紹介したり。

 そのどれもが青年にとって有利に働くものだ。青年からはいたく感謝され、その瞳に自分が映ったときには優越感に満ちた。

 ステファニーのそばにいたら得をするのだと印象づけて、彼の心を引き寄せる戦法だった。

 

『来週私のパパの会社のパーティが開かれるのよ。きっとシンゴの役に立つわ。是非来てちょうだい』


 それに青年は一つ返事で了承した。

 ステファニーはほくそ笑む。このパーティの夜に彼を落とすと。最悪、薬でも仕込んで既成事実でも作ってやろうと考えていた。


 しかし、そう簡単に物事は進まなかった。


『今夜はお招きありがとう。彼女は俺の婚約者だ』

『はじめまして』


 青年は婚約者を同伴させてパーティに参加したのだ。2人の距離は近く、青年は婚約者の女を守るようにしっかり腰に腕を回している。

 その女に降り注がれる視線を見たら、婚約者の女が青年に愛されているのがわかる。ステファニーに向く視線とは全く異なるのだ。

 

 気が弱そうで、チビで、華奢な人形のような女。

 ステファニーは悔しそうに歯噛みした。

 絶対に奪ってやる、と。


『あら…とても可愛らしい人ね、身体が小さくて、か弱そうな……子どものように可愛らしい人』


 ステファニーは目を細めて遠回しの嫌味を言ったつもりだった。まるで色気のない子どもみたいだと。自分のほうが女として魅力的なんだぞと威嚇の意味を込めてその言葉を吐き捨てた。

 さてどういった反応をするかなと相手を窺うと……その言葉を受けた婚約者の女はカッと目を見開き、ステファニーを睨みつけたのだ。それにステファニーはぎくりと固まった。

 まるで冬眠から目覚めた熊と遭遇してしまったかのような感覚に襲われたのだ。


「落ち着け、多分見たまんまの感想だから」

「ちっさくないもん……! 平均だもん…!」


 なにやら母国語で会話をし始めた2人。ステファニーは疎外感を覚えた。

 …わからない言語で喋らないで欲しい。しかも青年は婚約者を宥めているように見せかけて、ただいちゃついているようにも見えた。


 婚約者の頬をそっと撫でて、おでこをコツンと合わせると、言い聞かせるようになにか話している。青年は不貞腐れた婚約者を甘く見つめ…──今にもキスしそうな雰囲気である。

 ホストであるステファニーの存在を忘れて、婚約者に夢中状態だ。


 何この女。見た目の割に実は気が強いの…? とステファニーが怯んでいると、『エイミー!』と元気よく名前を呼ぶ声が耳に届いた。

 

『笙鈴!』

『やだ偶然ね! エイミーも関係者なの?』

『うぅん、慎悟の知り合いに招待されて』


 エイミーと呼ばれた婚約者の女は青年から離れると、友人らしき女性と手の平をぽんと合わせた。先程の怒りの形相から一変して満面の笑みである。

 親しい友人同士話が盛り上がっているのか、何やらおしゃべりを始めた女2人を青年…慎悟は静かに見守っていた。


『ね、ねぇシンゴ、うちのパパを紹介するわ、こっち行きましょ』


 無防備状態だった慎悟に腕を絡めてステファニーは身体を密着させた。気を取り直して慎悟と婚約者の女を引き離そうとしたステファニー。

 だけど慎悟は眉をしかめて、その腕をやんわり振りほどいた。


『…悪いんだが、密着するのはやめてくれないか。何度も言っているが、俺は日本人だからスキンシップが苦手なんだ』


 先程まで婚約者の女とベタベタイチャイチャしていた男とは思えない言い分である。

 慎悟はそう言い捨てると、ステファニーに興味をなくしたかのように、エイミーと呼ばれる婚約者に視線を向けた。

 友達と楽しそうに会話する女を見つめるその瞳は明らかな恋情が溢れ、婚約者にだけ降り注がれていた。



 それをステファニーは突き放されたように受け止めたのである。

 美しく着飾った彼女はこのパーティの主催者の娘。いわば主役の華と言ってもいい。


 それを踏みにじられた。屈辱に震えた彼女は、拳をぐっと握りしめたのである。


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