笑とエイミーとエリカ


 

『エリカは、慎悟からエイミーって呼ばれているのね』

『えっ』


 たまたまだ。

 遠い異国の地ということで慎悟も油断していたのだと思う。

 慎悟が私を笑と名前で呼ぶところを目撃した、同じ語学学校に通う友人にそう言われた時ギクリとした。


 だけど彼女はそれを愛称だと認識したみたいだ。こっちの人の愛称って名前の原型を留めてないものが多いもんね……だけどエリカがエイミーって無理がないか?

 なにはともあれ、そんなこともあって私の友人まで私をエイミーと呼ぶようになった。その度に西洋人かぶれの痛い日本人みたいな心境になるのは何故なのか。


 慎悟って結構やらかすよね。三浦くんのときもそうだったし。まぁこっちではエリカちゃんを知る人はいないから、ある意味ごまかしやすいんだけどさ。

 外ではエリカでいいと言っているのに。名前を読んでくれるのは嬉しいけどね。


 アメリカ留学にやってきて早半年。

 最初は言語がわからずにストレス爆発させていた私だが、郷に入っては郷に従えだ。語学学校で知り合った教師や学友とコミュニケーションを取っているうちに、日常会話であればなんとか意思疎通できるようになった。

 周りの人もゆっくり聞き取りやすい話し方をしてくれるし、わからなかったら調べて理解、応用する、その繰り返しで身についていっている。

 人間って成長するんだなと体感している真っ最中である。


 世界でも名のしれてる二階堂グループのお嬢様の立場である私だけど、語学学校の友人たちは色眼鏡で見ることなく、みんな仲良くしてくれている。

 正直アメリカには偏見があって、日本人、東洋人ってことで差別とか受けちゃうのかなと思ったけど、土地的にそれが少ないみたいで安心した。特にこの辺は多国籍だからなのかもしれない。

 日本とは違う国、文化、人種、言語。

 戸惑うこともたくさんあるけれど、私は異国の地で今日も元気にやっています。



■□■



 私が英語力を養うために語学学校で勉強している一方で、慎悟は別の大学でバリバリ勉強している。

 こちらで新たにできた彼の友達はアメリカのセレブ勢で、めちゃくちゃセレブオーラがすごい人達ばかり。英学院でセレブを見慣れたはずなのに、彼らを見ると目がチカチカするんだ。お国柄だろうか。


 私と慎悟は隣同士の部屋を借りてそこで生活している。同居でもいいんじゃ? とも思ったけど、それはけじめとしてである。

 …とはいっても、セキュリティが厳重なマンションの隣同士でお互いの部屋を行き来している時点で半同棲のようなものなんだけど。



『いいなぁ、エイミーは』

『え?』


 語学学校での授業が終わり、帰宅準備をしていた私を、友人の笙鈴ショウリンが頬杖をついて見上げてきた。

 何が? と思った私は首を傾げて彼女の顔を見返した。いつもニコニコ笑顔の笙鈴は香港から、私と同じく語学留学をしに来た同い年の女の子である。肉体年齢では笙鈴のほうが歳上なんだけどね。


『婚約者にすっごく愛されて。…仲睦まじいし、すごく羨ましいわ……日本ってあんな綺麗な男がいるのね。初めてみた時私驚いちゃったわよ』

『いや…慎悟ほど美人な男を私もお目にかかったことないよ…あれは伝説級だから』


 何かと思えば私の婚約者のことを羨んでいるみたいだ。

 そうは言うけど、笙鈴は性格もいいし、おしゃれで可愛い今どきの女の子なのだ。その気になれば簡単に恋人が出来そうなのに。

 私がそう言うと、笙鈴は首を横に振っていた。


『こっちの男は駄目よ、アジア人という色眼鏡で見ているから』

『あー…』


 それは否定できないな。

 日本人って知ると妙に接近してくる白人男性とかいるもんね。日本人女が白人コンプレックスで、白人男に弱いという認識があるらしい。

 結局は遊び相手と思われてるんだよね。私や笙鈴はそういうのにうんざりしていた。中にはまともな人もいるんだろうけど…。


『香港の男は本当の私を知ると離れていくの。本当の私をまるごと愛してくれる男、どこかにいないかなぁ…』


 笙鈴ははぁ…と物憂げにため息をついていた。


『最初は私を守るって言ってくれるのに、最終的には『俺には君を守れない』といって立ち去っていくのよ。ひどくない!?』

『口だけ男だってわかってよかったじゃないの』


 元カレに対して憤っている笙鈴をなだめながら、私はカバンを持ち上げた。

 今夜慎悟は大学のゼミの学生たちで集まると言っていたな。なら帰りは遅いであろう。


『笙鈴、カレー食べに行こう』


 語学学校のある場所から、今住んでる部屋までは一駅先。このまま真っ直ぐ帰るのはちょっと物足りない。

 それに、一人での夕飯は味気ない。なのでそばにいた笙鈴を夕飯に誘うと、彼女は眉を八の字にさせていた。


『えぇ、またぁ? せっかく多国籍の国にいるんだから、今日は美味しい中国料理屋さんに行きましょうよ』


 なんでよ、カレー美味しいじゃないのよ。

 遠い異国の地でカレーを布教するカレーの国の人を発見したので、私はそこをはしごしているのだ。つい先日、新しいお店がオープンしたと聞いたのでそこへ行きたかったのに……

 笙鈴は中国料理の気分らしい。

 悔しいかな、アメリカの日本料理屋はほぼパチもんばかりだから紹介できないという……たまーに本当の日本人がいるけど、だいたいニセ日本人・現地人が間違った日本料理店を経営してるんだ。

 日本に笙鈴が来たときは是非とも素晴らしい本物の日本料理を味あわせてあげたい。


『兄さん! ここよ!』


 語学学校の門を開けて、道路沿いに出ると笙鈴が腕を上げて誰かに合図していた。

 そうして目の間に停車したのは、見覚えのある日本車だ。アメリカでも日本車って強いんだね。


『乗って乗って。兄さん、この子がエイミーよ』

『はじめまして』

『やぁ、可愛いお嬢さんだ。妹がいつも世話になってるね』


 運転席に乗っていたのは25.6歳の男性だ。なるほどお兄さんか、笙鈴と雰囲気が似ている。

 笙鈴に促されるまま車に乗せてもらうと、振り返ったお兄さんからニッコリ微笑まれた。笑った顔がそっくりである。


『ねぇ兄さん、美味しいごはん屋さんに連れて行って!』

『よしきた、任せなさい』


 妹のお願いを快諾したお兄さんはそのまま手慣れた操作で車を走らせた。

 うーん、やはり乗り心地は日本車だな。

 笙鈴のお兄さんが連れて行ってくれた中国料理屋さんは兄妹行きつけのお店らしく、本格的な料理をごちそうになった。

 日本で食べていたのは日本人の口にあうように魔改造された中華料理だから、こんなに違うんだと衝撃を受けたよ。


 食事は終始和やかだった。お兄さんが笙鈴をからかったり、2人が軽口を叩いている仲良し兄妹の姿を見ていると、日本にいる弟の渉を思い出してしまった。  

 渉は元気にしてるかな。


 お持ち帰りでチャーハンを包んでくれたのでそれを慎悟へのお土産にしたけど、慎悟はなかなか帰ってこない。

 勝手知ったる慎悟の部屋で勉強しながら過ごして待っていたが……遅い。

 23時回っても帰ってこないので先に寝ていると、帰ってきた酔っぱらい慎悟に寝込みを襲われてしまったのである。

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