小話・婚約パーティ騒動! その薬指は私のものだ!【後編】


 巻き毛は三浦君をサンドバックにしていた。ロリ巨乳と能面はキィキィ喚いている。ぴかりんたちが抑えようとしてくれているが……ダメそうである。

 慎悟のお友達さんと西園寺さんは彼女たちをドン引きした顔で見ていた。肉食系女子の勢いに完全に引いている。

 ごめんよ、私の手には負えないんだ…


「…騒ぐなら、帰ってくれないか……」


 慎悟はげんなりしていた。

 こうなると分かっていて何故、加納ガールズが招待されているのかと言うと、彼女たちは加納家の取引先の娘だからである。私達の婚約パーティということで意気込んで乱入してきたのだろうが……親はどこにいるんだ。

 しかたない、他の招待客に迷惑がかかると困るから、気分が悪い人用に準備した別室に連れて行ってもらおう。


「あの、すみません。彼女たちを別室にご案内していただけませんか?」


 私はホテルの従業員に声をかけて、加納ガールズをこの場から退出させるようお願いした。ホテルの人に注意された彼女たちは私の悪口を言っていたようだが、困った客の相手に慣れている接客のプロによって会場の外に誘導されて姿を消した。

 プロってすごい。あの3人娘をあっさり退出させちゃったよ。


「イッテェ…あいつゴリラかよ…」


 三浦君がお腹を撫でながら悪態ついていた。メチャクチャ強い拳が入っていたが、イッテェだけで済むのだろうか。


「お前が余計なこと言って怒らせたんだろ。つまみ出されたくなかったら、おとなしくしてろ三浦」

「慎悟それはひでぇよ」


 慎悟がチクリと注意すると満身創痍の三浦君は苦笑いしていた。女相手なので反撃はせず、受け流すことに徹していたのかな。こんなところは無駄に紳士だな君は。

 …三浦君がいなくても、彼女達は初っ端から飛ばしてたから、どっちにせよやかましかったと思うけどね。


 しかし彼女らは……変わらないな。

 大学生だと言うのに…まさかずっとあのままなんて…ないよね…ないと言って……



「…来てくださったんですね」


 慎悟は西園寺さんの姿を確認するなり気を取り直して声を掛けていた。その表情が緊張しているように見えるのは気のせいじゃないと思う。


「…絶対に彼女を幸せにしてあげてね。君たちのこれからを応援してるよ」


 西園寺さんの言葉を受けた慎悟は、深く頷いていた。

 …なんかあの2人、何かで通じ合ってるんだよなぁ。仲がいいとかそうではないけど通じ合ってる。私の知らない何かで……

 やい、私も仲間に入れろよ、寂しいだろうが。


「ちょっとオバサン」


 私が慎悟と西園寺さんの謎の絆に対して不満を感じていると、むっすりした声が下の方から聞こえてきたので振り返る。

 そこにはふくれっ面の小学生女児がいた。

 エリカちゃんの従妹だと思っていたら、全く血の繋がりのない赤の他人だと判明した美宇嬢である。また人のことオバサン呼びして……相変わらず生意気なお子様だ。

 そんな彼女は小さな袋を持って何やらもじもじしていた。


「……美宇ちゃん? なに、どうしたの? おトイレに行きたいの? おトイレはね、」

「違うわ! 美宇を子供扱いしないでって言ってるでしょ!!」


 これ! と言って突き出されたのはその袋だ。有名なファンシーショップのロゴが入っている。


「お祝いの品くれるの? 慎悟に?」

「これはオバサンにお似合いよ! いいこと? 美宇はもっともっと美人になるの。そしたら慎悟お兄様のことを奪いに行くんだからね! 覚悟してなさいよ!!」


 お祝いに来たのかと思えば、宣戦布告か。いやこの間のお正月の集まりでも同じこと言ってたから、彼女にとっては挨拶代わりなんだろう。

 一周回ってこの美宇嬢の素直じゃない性格が可愛くなってきたぞ。



 私と慎悟の婚約が発表された年にお祖父さんとお祖母さんの離婚騒動になったが……今でも離婚調停中だ。お祖母さんが梃子でも動かないって感じで二階堂家にしがみついているのだ。

 問題の托卵された子である紗和さん…美宇嬢のお母さんは全面的にお祖父さんの味方だ。DNA鑑定などの証拠集めなどにも積極的に協力している。

 そしてお祖父さんにも親子の情があるらしく、紗和さんに今まで通りに接してあげているし、紗和さんも以前の傲慢さが鳴りを潜めて心入れ替えた風に見える。

 自分の微妙な立場を理解しながらも、“父と思っていた人”が父親として接してくれるから、彼を父と慕う。……紗和さんは変わったのだ。

 ──変わらないのはお祖母さん一人ってわけだ。


 ただ、お祖母さん方の弁護士がやたら理由つけて離婚させないように引き伸ばしてるみたいでねぇ……明らかに不貞なのにすごいわ。どんな手を使ってんだろう。

 こればかりはどうなるか私もわかんない。


 その孫である美宇嬢が参加しているこの婚約パーティだが、この会場にお祖母さんはいない。エリカちゃんの血縁じゃないし、とっても微妙な立場だからお祖父さんが参加を許さなかったのだ。

 だけどそれはうちだけではない。

 慎悟の従兄である、あの常磐泰弘もここにはいない。慎悟と彼のお母さんである都さんが常磐母子を呼びたがらなかったのだ。

 嫌なら仕方ないよね、で話は終わり。二階堂家も呼びたくない人が居るのでお互い様ってことで。二階堂と常磐は取引先じゃないから特に支障はなかったし。

 結婚式に関しては少し先の話になるので、その時また誰を呼ぶか話し合うことになるんじゃないかな。とは言っても、彼らの間にある溝が深すぎてそこでも呼ばない気がするな…

  


 色んな人がお祝いに来てくれた婚約パーティ。色んな人に挨拶して回ってはお話を振られてちょっと大変だったけど、セレブ歴も早4年目だ。当たり障りのない返事をするのも慣れてきた。経験値を積めば、私だってそのうち問題なく対応できるようになるはずである。


 その後はなんの問題もなく、無事挨拶回りを終えた。私達の婚約はこうしてお披露目され、公認となったのである。

 


■□■



 パーティが終了した後、私達は招待客達をお見送りしていた。

 最後の客が車に乗って帰っていくのを見送ると、私は大きく息を吐きだした。ようやく肩の力を抜けた気がした。なんたって主役だったからね。めちゃくちゃ緊張した。


「…疲れたな、部屋に戻ろうか」


 今日は遅くなるとわかっていたので、ここのホテルに部屋を取っている。ちなみに別々の部屋だよ。

 部屋に戻るように誘導しようと慎悟が私の腰に腕を回してきたが、私はハッとしてそれを止めた。


「ちょっとだけそこの庭散歩しない?」


 忘れちゃならない。今日この日のために私は準備してきたのだ。慎悟の腕に手を回すとグイグイ引っ張っていく。慎悟は訝しみながらも黙ってついてきてくれた。


 このホテルには立派な庭がある、今はライトアップされており、なんだかロマンチックな空間が広がっている。ライトの光が池の水に反射してキラキラ輝く。色鮮やかな錦鯉がスイスイ泳ぐ姿が視認できた。綺麗に整備された生け垣の間を縫うように進んでいき、行き止まりになっている場所にたどり着いた。

 そこにはブランコの形をしたベンチが設置されており、慎悟へそこに座るように促す。

 彼としてはなんのこっちゃといった感じなのだろう。疑問の表情を浮かべながらも、ゆっくりと腰を下ろした。


 私は持っていたポーチから、手のひらサイズの指輪ケースを取り出す。そして慎悟に向けてぱかっと開いてみせた。

 現在、私の左手薬指には慎悟から贈られた婚約指輪が輝いている。対して慎悟の指には何も嵌められていない。だから、私も彼に贈りたいとずっと前から考えていたのだ。


「…笑さん」

「慎悟に教わった株の配当金で買ったよ! ほらあの銘柄が爆発的に値上がりしたから!」


 慎悟に教えてもらいながら、地道に貯めたものだ。つい先日爆発的に増えたのでそのチャンスを見逃さなかったのだ。

 シンプルなシルバーの指輪を手に取ると、慎悟の左手を取ってその薬指に嵌める。

 うん、ぴったりだ。サイズを測っておいてよかった。彼の薬指に光る指輪。私はそれを見てなんだか満たされた気持ちになった。


「ずっと気になっていたんだ。今日の日のために用意していたの」

「…気にしなくても良かったのに」


 何言ってるの。

 私ばかり与えられるのは気になっちゃうよ。

 ストン、と慎悟の隣に腰掛けると、彼の左手に指を絡めた。慎悟がくれた指輪と私が贈った指輪の嵌められた指。

 なんだか照れくさくなってしまった私は彼の顔を下から覗き込みながらはにかんだ。


「…これで予約だね、未来の私の旦那様」


 自分で言っておいてなんかクサいセリフだなとますます恥ずかしくなっていると、絡めていた手をほどかれ、腕を広げた慎悟に抱き寄せられた。ぐりぐりと首に頭を擦り付けられてくすぐったい。

 慎悟ははぁーっとため息を吐くとこう言った。


「あんたはいちいち男前すぎる…」

「……そんな私のことが好きなくせに……」


 からかうようにささやくと、慎悟が奪うようなキスをしてきた。私は彼の首に抱きついてそれに応える。こんな夜に庭の奥の方まで人が来る訳無いと思っていたから少々大胆に口づけを交わしていた。

 だってここ最近忙しかったんだもん。いいじゃない、私達は婚約者なんだからイチャついても……

 さわさわと首筋から鎖骨にかけて手のひらで撫でられた。くすぐったい。キスをしながら私が笑っていると、ぐいっと腰を抱き寄せられて更に密着した。

 …なにか視線を感じて薄目を開けると慎悟と目が合った。キス顔を見るんじゃないよ、恥ずかしいな。

 

「こんなところで盛って恥ずかしくないの君たち」


 その声に私は一瞬で頭が冷えた。

 こ、この声は……!

 私と唇をくっつけたままの慎悟はじろりと上杉に視線だけを向けていた。そしてチュッと音を立てて唇を離す。


「…お前は興信所でも使って彼女を監視してるのか?」

「お祝いに来た人間に対してひどい言い草だね」

「あんたはパーティに呼んでませんけど!?」


 なんでここにいるんだ! なんでこんな時間うろついてんだ! 今何時だと思ってる、23時過ぎてるんだぞ!

 ラブな雰囲気が急にサイコホラーにかわったじゃないか! あぁぁ鳥肌立ってきた! 勘弁してくれよ!!


「はい、どうぞ」

「えっなに…盗聴器でも仕込んでるの?」

「人聞きが悪いなぁ…お祝いだって言っているでしょ。アネモネの花なんだよ」

「アネモネ…?」


 なんでいきなり花なんて……そういう気遣いとは縁がなさそうなのに……

 渡されたアネモネの花をまじまじと見つめていると、目の前に立つ上杉がニッコリと笑った。──ライトアップされた場所でそれはとてもサイコ……


「花言葉調べてご覧。……油断しないことだね。人の心はすぐに変わる」


 最初の言葉は私に、その後の言葉は慎悟に向けてかけられた言葉のようである。不快に感じたのか、慎悟は顔をしかめて上杉を睨みつけていた。

 用事はそれだけらしい。奴は踵を返すとあっさりどこかへと姿を消していった。

 ……いつホテルに来たんだ。どうして私達がここにいるとわかったんだ……怖い。結構長い付き合いになってるけど、未だにあいつの生態がよくわからない……


 手元でカサ、と包装用の透明シートが音を立てた。私はアネモネの花を見て思い出す。


「…花言葉を調べろってなんなの?」


 あいつからそんな事言われても、不気味な言葉にしか聞こえない。

 スマホを取り出してアネモネの花言葉を検索した私はぴしりと固まってしまった。


【儚い恋】【恋の苦しみ】【見捨てられた】【見放された】


「あいつらしいな」


 画面を覗き込んだ慎悟がボソリと一言。アネモネの花言葉は、私達に喧嘩を売っているような単語の羅列ばかりだったのだ。

 私は先程まで恐怖で震えていたのに、今では別の意味で震えていた。


「うえすぎ──っ!!」


 なんて不吉なことを!!


「今度大学で会ったら蹴りつけてやるからな!!」

「落ち着け笑さん、それじゃあいつの思うつぼだぞ」

「だけど!!」


 慎悟は悔しくないのか。今日は私達の婚約パーティがあったんだ。お祝いの日なのに、こんな……! 上杉の挑発に乗るなんて自分でも馬鹿らしいと思うよ? だけど腹が立つの。だってにんげんだもの!!

 熱り立つ私を慎悟はなだめようとする。なんであんたはそんな冷静でいられるんだ。私はこんなにも悔しいのに!


 フンフンと鼻息も荒く私がプンスコ怒っていると、慎悟は両手で私の頬を包み込み、顔を引き寄せると視線を合わせた。

 慎悟の瞳にライトの光が反射して輝いて、星空のようにきらめいている。怒りを一瞬忘れてあぁ綺麗だな…と見惚れていると、慎悟は苦笑いを浮かべていた。


「俺達の絆はそんな容易く切れるものじゃないだろ?」


 私は目を大きく見開いた。

 慎悟のその言葉にジン、と鼻の奥が痺れる。

 これまでのことを思い出したのだ。


 悲惨な出来事がきっかけだった。

 それは不幸な出来事で、一言では言い表せないくらい大変だった。苦しいこと、辛いことがたくさんあった。

 だけどそれがなければ、私と慎悟は今こうして一緒にはいないのだ。あの運命の日に私は死んで、別人の身体に憑依して今を生きている。


 本当にいろんな事があった。慎悟と恋仲になるまで、そして恋人になった後もドタバタと大忙しだった。…きっとこれからももっと忙しくなるだろう。

 そうだ、私達は生半可な覚悟をしたわけじゃない。お互いの手を取るために相当の覚悟をしたのだ。……簡単には私達の絆は引き裂けない。なにも不安になることなどないのだ。


 ──皮肉だけど、今の私はとても幸せだ。愛する人と出会えた私は、幸せなんだ。

 私は彼の頬に手をやるとその綺麗な形をした唇を親指でそっと撫でた。柔らかいしっとりとした慎悟の唇の感触が指越しに伝わってくる。


「……慎悟、しばらくパーティ準備ばかりで2人きりになれなかったから、早く2人だけになりたい…」


 私は柄になく甘えるように慎悟を誘った。

 自分からお誘いをするのはちょっとはしたないかなと思ったけど、たまには私から積極的に行ってもいいと思うのだ。

 慎みがないと注意されるかなと思ったけど、彼は私の腰を抱き寄せると、ゆっくり歩き始めた。


 ホテルのロビーにはパーティ関係者の姿はなかった。多分両親たちも各部屋で休んでしまっているのだろう。私達のことは何も心配していないらしい。

 むしろ遭遇しなくてよかった。いくら婚約してるからとはいえ、ばったり顔を合わせると気恥ずかしいものがあるからね。

 ──ふたつ部屋を取っていたのが無駄になってしまった。慎悟の部屋に連れ込まれた私は、そのままベッドになだれ込んだのである。



 その日から慎悟の左手薬指にはいつも私が贈った婚約指輪が輝き続けることになるのであった。


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