小話・婚約パーティ騒動! その薬指は私のものだ!【中編】
所詮婚約パーティだろうと思っていたけど、思いの外参加者が多かった。婚約でこれなら、結婚式のときはどのくらいの規模になるのか……
男女比は7:3といったところか。男性陣は暗い色のスーツ姿が多い中、女性は和装と洋装の人がいる。招待客らはおしゃべりに興じており、セレブだけでなく一般家庭出身らしき人も含まれている様子。それを見てちょっとだけ安心した。
さて、友人たちはどの辺りにいるだろうか……この人の群れの中から探そうと思ったけど、多すぎる。
「私はねっ、思うんですよ。そういった考えがこの日本国を動かすってね! 大事ですよそういうの!」
会場にいる人達を目で追っていると、すっごい元気におしゃべりをしているおじさんがいた。私のいる場所まで結構距離があるのだが、会話の内容が聞こえてきそうである。さてはあのおじさん、腹から声を出しているな。大きな声を出すのに慣れているとみた。
そのおじさんを観察していると、どこかで見たような既視感に襲われた。
「……テレビで見たような…他人の空似かな」
「多分そのご本人だと思うぞ。政治家の先生のこと言ってるんだろう?」
私の疑問に隣にいた慎悟がすぐに答えをくれた。
日曜の討論番組でよく騒いでいる人に似てるなぁと思ったらご本人だと。どっちの家の知り合いなのか知らないけど、セレブは政治家とも付き合いがあるのね。
さらに招待客を見渡していると、重鎮リストに乗っていた人の他に、芸能人らしき人もいる。なんたって放つオーラが違うからすぐに分かった。
「あの人は以前うちの会社の広告で採用したことがあるんだ。その時の縁で招待させてもらった」
あぁ、会社の広告ね。
…うん。
「……私、ちょっと油断してたわ。セレブのネットワーク広いね」
初めて社交パーティに参加したときよりも規模が大きいかもしれない。
「ネットワークは広ければ広いほど武器になるぞ」
慎悟は結構人脈づくり重要視してるもんね。打算はもちろんあるだろうけど、人脈は大事だよね。
規模が大きすぎて動揺が隠せないよ。
『──お集まりの皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます……』
司会の声が拡声器に乗って会場全体に行き渡る。おしゃべりを交わしていた招待客は話すのをやめて、壇上に立つ私達に注目してきた。
目、目、目、である。
人に見られることは慣れている方だけど、このパターンは滅多にない。お嬢様モードで作り上げた笑顔が引きつりそうになった。
耐えるのよ、笑。慎悟と生きると決めた時にはわかっていたことじゃない。義務からは逃れられない。
それに、進行の司会者が事を進めてくれているので、私達は挨拶をするだけで大丈夫。大丈夫……いざとなれば慎悟が、パパママがついているから……
ドックンドックンと心臓が耳の真横に存在するかのように、鼓動の音がやけに大きく響いた。
私の頭の中は緊張の一色であった。
二階堂のお祖父さんが堂々たる挨拶をしているのに、その話が左から右に流れる始末。
緊張がピークに達したせいか、その後自分がちゃんと挨拶できたかも記憶がおぼろげだった。慎悟は「ちゃんと挨拶できていた」と言ってくれていたが、不安で仕方がない。声、上擦ってなかったかな? 内容をど忘れして固まっていなかったかな? 自分で自分のしたことを覚えていなくて不安しかない。
あ、もちろん、慎悟はエレガントでスマートな挨拶を簡潔に述べていたよ。彼だけにスポットライトが当たったかのようで、まさに本日の主役って感じだった。
さすがファビュラス&マーベラスな男である。
■□■
「二階堂様、立派なご挨拶でしたわ!」
「言葉の端々に加納君への愛がこもってて、あんたらしかったよ」
友人たちを見つけたので声をかけると、阿南さんとぴかりんに手放しに褒められた。慎悟への愛って……やだ、私また惚気けていたの? 意識してなかった…
「緊張しているようにはとても見えませんでしたよ。こんな大勢の人に見られながらスピーチなんて、私だったら声が出なくなると思います」
「ありがとう幹さん…」
この婚約お披露目パーティに誘った際、一般家庭出身のぴかりんと幹さんはひどく恐縮していたが、会場内に同じような人間がいるとわかると少しだけ気が楽になったようだ。今では楽しそうにお食事をしている。パーティを楽しんでくれているようで何よりだ。
私も食事へ、と行きたいところだが、今日は無理そうである。婚約パーティに来てくれた招待客に挨拶して回らなきゃいけないのだ。
…人数が多すぎて全員回り切る自信がないけど。
「エリカさん」
「あ、西園寺さん。…来てくださってありがとうございます」
ぴかりんたちと一旦別れて、招待客とお話中の慎悟の元に戻ろうと歩を進めていると、西園寺さんから声を掛けられた。
元お見合い相手である西園寺さんはお祖父さんが招待した。なにも本人がお祝いに行きたいと声を上げたそうだ。お見合いの話がなくなったというのに、今では友人としてお祝いをしてくれる。本当にいい人だ。
彼は私を見て穏やかに微笑んでいる。
「公に発表されたことで、加納君との縁はより強固なものになりますね。…きっと彼なら大丈夫でしょう。彼はあなたを裏切ったりはしない」
彼の言葉に私は目を丸くした。
じわじわと、切ない気持ちが滲んできそうなところを私は笑うことで誤魔化した。
……この体の持ち主、エリカちゃんは婚約者に裏切られ、傷心のままこの世から逃げた。だから西園寺さんはその事を気にしてくれているのだろう。
「はい、私も彼ならきっと大丈夫だと信じています」
私が力強く頷くと、西園寺さんはニッコリと笑顔を浮かべた。
西園寺さんは私達の幸せを祈ってくれる。西園寺さんもいい人と巡り会えたらいいね。…いい感じの人はいないのだろうか? あれだったら微力ながら協力するけど…。
「あぁーら、二階堂さん? 婚約パーティだと言うのに、早速他の男性と不貞でもなさっておられるの?」
「そちらにいらっしゃるのは…西園寺様ではございませんか。なにも以前二階堂さんとお見合いなさったお相手とか…」
「二度目の婚約破棄のニュースを今か今かと待ち構えていたけれど…とうとうその日がやって来たようですわね! 二階堂エリカ!!」
彼女たちは今日も絶好調のようであった。
招待客の中にそれっぽい名前があったから嫌な予感はしていたが……全員集合できたか……
「でたな、加納ガールズ出張版…」
「……お友達ですか?」
西園寺さんは笑顔を維持しているが、こころなしかその笑顔が引き攣っていた。いかん、純粋培養な西園寺さんには少々刺激が強すぎたのかもしれない。
「違いますわ! 何故私達がそのような女狐とお友達になどならなきゃなりませんの? とんだ侮辱ですが!」
「ひどくない? そこまで言う?」
きれいな格好して会場でも目立っているのに、その態度と言動でマイナスになっている気がするぞ加納ガールズ出張版…。
会場の人に言ったらつまみ出してくれるだろうか……じゃなきゃ、私ボロ雑巾にされちゃうよ……
「またあんた達!? 性懲りもなく、まだエリカに絡んでるの?」
そこに割って入ってきたのはぴかりんだ。ご馳走の乗ったお皿を持ったまま駆けつけてくれたらしい。ぴかりんに続いて阿南さんと幹さんも加わった。
「…あなた方は……自分たちがどんなに醜い真似をしているか、今一度客観視してみたほうがよろしいかと…」
「お祝いの席なんですよ? …セレブなのにそれがどんなに失礼なことかもわからないのですか…?」
阿南さんと幹さんも引き気味である。加納ガールズに向けて憐れみの表情を浮かべているようにも見える。
「ここでも邪魔するつもりなの!? 女狐の手下どもが!」
「恋は戦争って言葉を知りませんの?! 好きな方を得るためにはどんな手段も選びませんわよ!」
「そうよ! 外野は黙ってなさいな!」
「なんだってぇ!?」
加納ガールズの罵声に反応したぴかりんが吠えた。
まずい。キャットファイトが始まってしまう。ここで喧嘩はやめてくれ。落ち着いてぴかりんと彼女の肩を抑えた。
ぴかりんもここで暴れてはダメだと思い直したのか、飛び出すのは止めたけど、その目は加納ガールズらを睨みつけている。
「二階堂様! やっと見つけましたわ」
「あ、丸山さん…と、」
「こんばんは。この度はお招きありがとうございます」
そこに新たに加わったのは丸山嬢とその交際相手の…なんとか君だ。名前忘れちゃった。
もう色んな人が寄ってきてシッチャカメッチャカだよ……彼らは修羅場が見えていないかのようにのほほんと声を掛けてきた。
そばにいる西園寺さんは加納ガールズの勢いにとうとうドン引きしているが……
「ちょっと、今は私達がその女と話をつけている最中ですのよ! 割って入ってこないで頂戴な!」
話が途中で中断されたのが気に食わないのか、巻き毛が丸山さんに向けて文句を付けた。それに対して丸山さんは呆れた様子でため息をつくと手で口元を抑えていた。
「…以前にも申しましたが、そのような振る舞いをされていたら慎悟様だけではなく、他の殿方にも忌避されますわよ?」
あっ、言っちゃった。
丸山さんって結構好戦的だよね。だけど彼女らは過激派だよ、まともに相手にしたら火傷するって……
「…なんですって?」
「何様のつもりですの? 慎悟様から別の男に鞍替えした女が偉そうに…」
「年下のくせに口の聞き方がなっておりませんわね。無礼な…」
案の定加納ガールズらは過敏に反応していた。三者から睨まれた丸山さん。気の弱い深窓の令嬢なら怖がって泣いてしまう場面かもしれない。…だけど彼女も負けてはいなかった。
「あ、ご紹介が遅れましたわ、私とお付き合いしてくださっている斎宮様です。私達も来春に婚約予定ですのよ」
丸山さんの電撃発表に、加納ガールズ出張版たちが固まった。
前からしたたかな女の子だなと思っていたが…丸山さん、一気に彼女たちの勢いを削いじゃったな。
そうか、婚約するのか。おめでたいな。
「乙葉さん、それはまだ未発表だから口外しないようにとお父様にいわれたでしょう」
「あらやだ。浮かれてつい。…ですので、二階堂様もパーティには絶対に来てくださいませね」
「う、うん…」
恋人さんに注意された丸山さんは小悪魔な笑顔を浮かべていた。完全に丸山さんのペースに流れ込んだ。すごい。これが、セレブ流の流し方か。
「ほらー、賢い後輩に先越されてんじゃん。適当な結婚できない立場なんでしょ。切り替えて他の優良物件探さなきゃ、あんた達まずいんじゃない?」
「やかましい! 庶民が偉そうに説教するんじゃなくてよ!!」
「慎悟様が悪夢から目覚めて、私を選んでくださるのを待ち続けてなにが悪いの!!」
ぴかりんの指摘に能面とロリ巨乳がカッとなって言い返していた。巻き毛は顔を真っ赤にしてわなわな震えている。
「いやいや、ないわ。お前ら周りの男からどんな目で見られてるか考えたほうがいいぜ」
「キィェェェ!」
ひょっこり現れた三浦君がこれまた火に油を注ぐと、とうとうブチギレた巻き毛がその黄金の右手を強く握りしめて、彼のみぞおちに叩き込んでいた。
ぐふぅ、と三浦君は呻く。巻き毛は八つ当たりをするかのように三浦君をボコボコにし始めた。
「イッテぇな、このっ暴力クルクル巻き毛女!!」
「あなたみたいな人間が慎悟様のそばにいるから、慎悟様はおかしくなってしまわれたのよッ! 無神経テニス馬鹿男ぉぉぉ!」
ここ、パーティ会場なのにそこだけが武道会になっているぞ…。巻き毛は三浦君の腹を中心に拳を叩き込んでいる。
…もういっそこの2人がくっついたらいいんじゃないかなと私は現実逃避することにした。
「…何だこの騒ぎ……」
友人をたくさん連れた慎悟が阿鼻叫喚な加納ガールズと三浦君を見て引き攣った顔をしていた。
他校に通ってる友人が何人か来るから紹介すると慎悟から言われていたなと思い出す。
……私は説明を放棄した。
「お友達? ごきげんよう。本日はお越し下さりありがとうございます」
ニッコリと笑顔を浮かべて慎悟のお友達にご挨拶をすることにした。未だに私の隣では阿鼻叫喚な光景が広がっているが、それから目をそらして。
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