小話・婚約パーティ騒動! その薬指は私のものだ!【前編】


 慎悟みたいな男性を美青年と表現するのであろう。私は慎悟以上に美しい男を目にしたことがない。

 線が細そうに見えるけど、その手はしっかり男の手だ。多分、私の手よりも大きいと思う。あ、松戸笑の手でって意味だよ? バレーしてるから大きさに自信はあったけど……身長差そんなにないのにな。男女差かなぁ。


「…いい子だから起きるなよ……」


 ベッドが軋まないようにそぉっとにじり寄ると、ベッドの上に投げ出された慎悟の左手薬指に細長い紙を巻きつけた。きゅっと輪っかを作ると、ペンで印をつけてそっと抜き取る。

 私だってこんなコソコソしたくないんだよ。やましいことしているみたいじゃん。

 だけどたまにはスマートにこなしてみたいのだよ。今回はお泊りデートの予定だったのでそのタイミングを見逃さずに、事前準備の上で早起きしたんだよ!


 ベッドから音を立てないように飛び降りると測定したものをかばんの中に押し込んだ。これを慎悟に見られたら、計画が水の泡になってしまうからである。


「う…ん……笑さん……まだ4時だぞ…」


 あぶね、起きちゃったよ。

 でもバレてない! 大丈夫!

 私は適当に「トイレ行ってた」とウソをつくと、一緒に眠っていたベッドに逆戻りした。慎悟は腕を伸ばして私を抱き込むと、むにゃむにゃ言いながら再び寝入ってしまった。その寝顔は麗しい。

 このスリーピングビューティーめ。…私はぬいぐるみか何かか。


 慎悟の腕の中にいるとポカポカして、徐々に私にも睡魔がやって来た。用事も済んだし、二度寝することにするか……ウトウトとまどろみながら彼の寝顔を眺めていた。

 長いまつげ、綺麗に通った鼻筋に、形の整った唇。毎日見ても見飽きない彼の美貌。相変わらず、お綺麗な顔ですこと……





 英学院大学部の経営学部に進学した私と慎悟はいつも一緒だ。

 …とは言っても、サークルは異なるのでその時は別行動だ。『いつも』というのは語弊があるな。

 私はバレー部に入ったが、慎悟は語学部に入った。大学でもテニスを続けると決めた三浦君からテニス部に一緒に入ろうと誘われていたが、語学スキルの幅を広げたいからと言って断っているのを見かけた。

 今はサークル内でタガログ語勉強中なんだってさ。どこで使うんだそれ。


 慎悟は真面目なサークルに入りそうだとは思ったけど、まさかの語学関連……そういうお前の英語力はどうなんだって?

 ……来年アメリカに語学留学予定だけど、不安しかない。むしろ私がタガログ語習ったほうがいいんじゃないかって感じだよ! 慎悟もこんな時まで勉強じゃなくて、好きな読書とか映画関連のものに入ればいいのにね。


 以前慎悟の所属サークルにちょろっとお邪魔したら、その日はインドネシア映画鑑賞会とかで……いつの間にか私はスヤスヤ。気づいたら慎悟の膝枕で眠っていた。

 だって映画って電気暗くするでしょ。あれがダメなんよ眠くなっちゃうんだよ。

 語学部サークルの部長さんには「お疲れなんですね。バレー部ってハードそうですもの…」と気を遣われた。…気まずいのでそういうことにしておいた。


 そんな感じで相変わらずな私達だけど、婚約1年目、そして大学1年生の私達は今日も仲良しです。




 婚約してからもうすぐで1年という時期に、婚約パーティをしてお披露目をしましょうと両家の親に言われた。

 婚約しても誰も何も言わないからてっきり結納の儀式だけで終わりだと思っていたのに、今になってパーティするのか。


 誰を誘うのかなと思って参加者リストを見ると、どこかで見たような名前がちらほら。……もしかして慎悟を狙う肉食系女子達を牽制するために…? 

 パーティ会場での惨劇・三度みたびとかなんないよね? やだよ主役なのにボロ雑巾みたいな格好で壇上に上がる羽目になるのは。


 過激派加納ガールズも同じ英学院大学部に在籍しているが、全員学部が違う。だけどどこからともなく出没しては、高校時代のように慎悟に群がってくる。

 他にも優良物件な慎悟に目をつけて近寄ってくる女がちらほら出没するが、私という婚約者がいるとわかると大抵の人は引いてくれる。

 それでもしつこい女はいるけど、このファビュラスA5ランク慎悟は私のことが大好きなので、どんな相手も素気なくあしらっている模様。

 周りの友人からいちゃつくなバカップルとからかわれるのも珍しいことではない。いいんだよ、私達は認められた婚約者同士なんだもんね! 仲が悪いよりはいいでしょ!



 婚約パーティの計画を立てている時に、『婚約パーティでも慎悟は誘蛾灯状態なのかな? 悪い虫をあしらうのも大変だよ』と私が軽口を叩くと、慎悟はジト目で私を見下ろして『あんたに言われてもな…相変わらず鈍いな』と呆れた口調で反論された。

 …どういうことだ。

 上杉のことならカウントするなよ、私だって頑張って奴を避けているんだからな。と言い返したけど、慎悟は『それじゃない…』と言葉を濁して何か言いたげな目をするのだ。

 私がなにが言いたいのか問うと『笑さんは周りの男からどんな目で見られているか自覚したほうがいい』と注意してきた。

 ──そりゃあ、こんな美人さんなエリカちゃんなら注目浴びちゃうよね? 美しさには定評があるもの、わかってるよと返したのに、なんか……どうしようもないアホを見る目で見られた。

 なんでそんな目で見るのよ。

 私は可愛い! …間違った、エリカちゃんは可愛いでしょ!?



 …それはともかく婚約パーティだ。油断は禁物である。

 パパママからお友達も呼んでいいよと言われたので、高校・大学の友人達にも招待状を送っておいた。特に、高校時代からの友人たちには多大な感謝をしているので、ぜひともパーティで美味しいモノを食べていって欲しい。彼女たちがいなかったら、私と慎悟はお付き合いすらしていなかったかもしれないもの。


 招待客に満足してもらえるよう、パーティ会場を選ぶ際は会場まで出向いて、施設の設備、料理の美味しさ、交通の便などをしっかりリサーチしてきた。

 できれば松戸笑の関係者も呼びたいけど、彼らも気を遣うだろうし、変な噂が立つのは困るので、報告だけにしておこう。慎悟も一緒に挨拶に行きたいと言っていたから日を改めて帰省しようかな。


 慎悟と私の仲は順調。たまに喧嘩はしても、ちゃんと仲直りするし、喧嘩した分だけ更に距離が縮まってますます仲良くなるのだ。

 生まれも育ちも性格も価値観も正反対な私達はどうしてもギャップと出会う。それを認めあって、時にぶつかり合って、私達はお互いを理解し、更に親しくなっていくのだ。


 私達の強固な絆は、誰にも引き裂けない、そんな気がするんだ。



■□■



 パーティ会場は一等地に建つ、某一流ホテルだ。条件のいい場所は他にもいくつかあったけど、ここが一番交通の便が良かったのだ。

 食事内容は和洋中オードブル形式で、そのどれも修行を積んだ料理人が手掛けてくれた。

 

 会場内には続々と招待客がやってくる。案内は会場の人がしてくれるけど、パーティ本番になれば私達ホストがおもてなししなきゃいけない。

 婚約しましたと内外にアピールするためのパーティ。加納家と二階堂家の晴れ舞台なのだ。失敗するわけにはいかない。恥をかかせてはいけないのだ……

 その事を考えていたら緊張しちゃって…あまり眠れなかっ……嘘だ、事前に受けたエステで私はぐっすり爆睡していたので体調は万全である。


 緊張しているのは私だけでなく、慎悟もだ。先程から落ち着かない様子で首元を飾るネクタイを調節している。


「大丈夫だよ、ちゃんと綺麗に結ばれてるから」


 それとも私が結び直してあげようか。私の母校誠心高校はブレザーにネクタイだったから、ネクタイの結び方なら知ってるぞ。

 私がネクタイを手に取って調節してあげていると、後ろでクスクス笑う誰かの声が聞こえた。


「そうしているとまるで新婚さんみたいね」

「えーそう? いってらっしゃいあなた、みたいな?」


 二階堂ママにからかわれたので、それにノッてみると、慎悟がほっぺたを赤くして照れていた。


「なに、こういうの好きなの?」

「……からかうなって」

「可愛いね」


 ここ最近はずっと慎悟に主導権を握られっぱなしだから、こうして可愛い部分を見ると、すごく愛でたくなる。

 愛でてあげたいが、頭は…セットが乱れるから駄目だ。綺麗なスーツにシワを作るのよくない……仕方がないので、慎悟のほっぺたを人差し指でツンツンしておいた。そしたらお返しに鼻を摘まれた。

 

 そんな私達を親たちは微笑ましそうに見つめていた。

 親の前でいちゃつくなと言われるかもしれないけど、親たちは仲よさげな私達を見ていると安心するようだ。



 今日の私は淡桃色のAラインドレスで決めている。勿論新しく新調したものだ。髪はハーフアップにして巻いた。そう、今日の私は巻き毛なのだ。ウルトラスーパービューティフル令嬢・二階堂エリカの出来上がりである。


 会場は先程よりも更に人が増えている。この大勢の人から注目される、今日の私は主役なのだ……

 私は戦場へ挑むような心境だった。あれだ、裁判所で証言する時とは違う意味で緊張だ。

 ふぅーぅと深呼吸をしていると、手を握られた。顔を上げると慎悟と目が合う。


 慎悟も明らかに緊張しているのに、私を気遣ってくれたのだ。

 私は彼の手を握りしめると、力強く頷いたのである。

  

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