お黙りなさい!


 二階堂4姉弟・末っ子の紗和さんと、その娘の美宇嬢は……お祖父さんの血を引いていない? それは……連れ子ってこと? いやいや、それならお祖母さんの言い分に矛盾が生じるな……


 ここに集まった来客たちも呆然としていた。

 そらそうだ。ビジネスで結ばれた相手へ新年の挨拶に来ただけなのに、お家騒動観覧に強制参加させられているのだ。ミーハーな人でない限り、観ていても楽しくないし、観せられても困るだけだ。


 この中で表情を変えないのはやはり、二階堂の上3姉弟だ。何もかもわかっている様子で、継母のお祖母さんをシラけた目で見つめているではないか。……その目がとっても怖い。

 一番ショックを受けたように見えたのは、末っ子の紗和さんだ。可哀想なくらい青ざめて、お祖父さんとお祖母さんを泣きそうな目で見比べていた。

 

 私が小さい頃、親戚のおじさんがふざけて弟の渉に「お前は拾われっ子だったんだよ。みかんのダンボールに入れられて河川敷に捨てられていたんだ」とからかって泣かせていたが、そういう意味合いではない。

 お祖父さんは本気で言っているんだ。


「な、なんてことを仰るの!? ひどい言いがかりだわ!」


 当然ながらお祖母さんは憤慨していた。彼女は顔を真っ赤にさせて怒りに震えている。

 一方のお祖父さんは冷めた目でそんなお祖母さんを観察しているようであった。


「妊娠の時期もだが出産までの日数も合わなかったから、最初から違和感があったんだ。…それに紗和と私は全く似ていない」


 たまたまでは…と言いたくなるが、母親似であろう二階堂パパは骨格や声、一部のパーツがお祖父さんと伯父さんと似通った部分があるので、間違いなく実子であろう。父親似の伯父さんはもちろんの事、伯母さんもどことなくお祖父さんに似ている。どこかしらに遺伝だなってわかる特徴が残っている。

 言われてみれば、紗和さんは上の兄姉とも全然似ていないな。


 妊娠出産の時期……お祖父さんには上に3人子どもがいるから、それで何かを感じ取ってしまったのか。


「血液型も違う。A型のお前とO型の私からB型の子どもは生まれないはずなのに、紗和はB型だ」

「紗和はあなたと同じO型です!」

「そうだな、お前はO型と言っていたが……お前が嘘をついていたのは知っていた。なにも血液型だけじゃない。DNA鑑定をすれば、もっと正確にわかると思うぞ」


 お祖父さんは何もかもわかりきっていたような話し方であった。

 つまり、紗和さんは不貞の上で生まれた不義の子……托卵されたってこと? お祖父さんの言っていることはそういう意味だよね? 生物の授業で組み合わせによって生まれない血液型があると習ったことがある。確かにその組み合わせじゃ……

 ……知っていて、お祖父さんはこれまで沈黙を守っていたのか……

 

「玲香はなんとなく気づいていたのだろう。だからアレに対する態度が刺々しく、ひどく嫌っていた。……お前たちには我慢ばかりさせているな。本当に悪かった」


 お祖父さんが二階堂3姉弟に謝罪すると、彼らは複雑な表情をしていた。長子の玲香さんは先程の能面のような無表情から少しだけ表情を取り戻していたが、その顔は嫌悪感でいっぱいであった。

 マジか。3人共知っていたのか。

 ……だけど、托卵された末っ子紗和さんはその事を何も知らない。…誰も、何も言わなかったのか。


「生まれてくる子に罪はないと、私は紗和を自分の子として認めた。お前の不貞にも目をつぶった。一度は夫婦になった相手だ、それなりに情もあるからな。……私にも至らぬ点があったとわかっていた。こんな男に嫁いだことへの罪滅ぼしのつもりでいたが……もういいだろう」


 なんてこったい。とんでもない昼ドラ一族だなこりゃ。

 えぇー、亡き前妻の鈴子お祖母さんの写真を燃やすわ、不貞して托卵するわじゃ…そりゃあ、うまくいくわけないよ。嫌いになる要素しかないよ。なんなの、お祖父さんとは無理やり結婚させられたの?

 何故新年早々そんなどろどろした実情を見せつけられなきゃならないの。私と慎悟の婚約発表が隅っこに追いやられているぞ。

 こんなんならもっと早く決着つけておけばよかったのに、なんでここでバラしちゃうのお祖父さん。元はと言えばお祖母さんがケチつけてきたせいだけどさ。


「金が欲しいなら、手切れ金を言い値で払おう。今からでも遅くはない、紗和の父親と一緒になればいい」

「違います! 紗和の父親はあなたです!」


 もう泥かけ試合だ。

 …何故お祖父さんもお祖母さんもこの場所でそんなことを言ってしまうんだ。たとえ本当でも、場所とタイミングがあるだろう…


「ママ…」


 祖父母が喧嘩をし始めたことに怯えた様子の美宇嬢が母親に助けを求めて近寄っていくが、紗和さんはそれどころじゃないようだ。

 今まで父親だと思っていた人は他人で、自分が母親の不貞で生まれた子なのだと知らされたらそれはショックだろう。紗和さんがいい年した大人だとしても、それはそれだ。その衝撃は計り知れない。

 血の繋がりだけが家族じゃないと私は思っているが、目の前の問題は全くの別物だ。紗和さんの心の中は修羅場間違いなしであろう。


「……血液型が私だけB型だってことは、気づいていたわ。美宇を妊娠した時に病院で調べたから」


 彼女はぼそりと呟いた。

 だけど静まり返った空間にその言葉は大きく響いた。この大広間に集まった人々の視線が紗和さんに集中した。

 紗和さんは俯いて、唇をぎゅっと噛み締めていた。眉間にシワを寄せて苦痛に耐えているように震えていた。


「……信じたくなかったから、それを見ないふりしてきたわ。私の父親はお父様だけだと信じてきたから。なのに……お母様、今まで私とお父様を騙していたの!?」


 紗和さんは涙を流して激高した。

 母親の裏切り、疑っていた自分の出生を明らかにされて、怒りと悲しみでいっぱいなのであろう。

 個人的に紗和さんにはあまりいい印象はないが、流石に気の毒に思えた。だってこの件に関しては、彼女には何の非もない。生まれてくる子どもは親を選べないのだから。


「違うわ! これはなにかの間違いよ!」


 お祖母さんが顔色を赤くしたり青くしたりして何やら弁解を始めた。

 だが身内からは白けた視線が送られるのみ。

 これは、もう収拾つかないな。二階堂3姉弟も静観に徹しているみたいだし、お祖母さんが何よりもテンパっていて、冷静に会話が出来ないと思われる。


 私は軽く息を吐くと、すうっと大きく息を吸い込んだ。


「托卵はともかく、子どもや孫は悪くないでしょう。…場所をお考えください。そのお話は後程、関係者だけでなさって下さい」


 私が声を張り上げて彼らを注意すると、お祖父さんが驚いた顔をして私を見てきた。

 エリカちゃんはそんなことしない? いいんだよ、今はエリカちゃんは私で、私がエリカちゃん、一心同体のようなもの。こんな状況でエリカちゃんのイメージを気にする場合ではない。

 お祖父さんに口ごたえするとは何事だと後で怒られるかもしれないが、その時はその時だ。


「お祖父様、お祖母様、今がどういった場なのかおわかりですか? 年始のお忙しい中いらっしゃったお客様方の前ですよ。何故ここで恥を晒す真似をするのです。個人的な恨み辛みはあるでしょうけど、場所を変えるべきでした」


 私も場所を考えずに、短気起こすことがあるから人のこと言えないけど、本当にこの状況はマズいと思うんだ。一旦落ち着いて、改めて2人で話し合ってくれないか。

 二階堂家は大きい家だ。こんなところで恥部をさらけ出したら、どこで足を引っ張られてしまうか。私だってこの数年間何も考えずに生きてきたわけじゃない。セレブにはセレブの大変さがあるのだとわかってるんだ。

 

 私が物申すとお祖父さんは先程までの厳しい表情をガラリと変え、眉を八の字にして情けない顔をしていた。小さく「…すまん」と謝罪されたが、謝るのは私じゃないだろう。


「まずはお客様に謝罪をなさってください。話はそれからでしょう」


 お祖父さんを注意すると、彼はしょぼしょぼしながら来客の皆さんに謝罪していた。

 どうしたお祖父さん、孫から注意されて傷ついたのか。でもね、ここで誰かが止めないと、この話ずっと続いたでしょう? 一旦解散させよう、話はそれからだよ。


「あなたが悪いんじゃないですか! いつまでも死んだ女のことを考えて! 上の子達もそう! 私が母親なのにいつまでも他人扱いして、私がどれだけ苦労したかわかっているのですか!?」


 この、ばあさん……話を蒸し返すとは何事だ。

 今私言ったよね? 聞こえなかったのかな? その話はお客様の前でする必要のある話ですか?


「だから! お客様の前だと分からないんですかあなたは! これ以上恥を晒さないでください!」


 お祖母さんが黙らないので、カッとなって大声を出してしまった。

 お祖父さんにも責任はあるだろうけど、苦労したからって托卵していい話はないぞ。何自分を正当化させようとしてんだ!

 だいたい今する話じゃないだろうが! セレブのくせにわからんのか!


 私が怒鳴るとお祖母さんはビクッと肩を揺らして固まった。やっと静かになったよ。

 

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