すみません、中の人は赤の他人なんです!


 私はお客さんたちの方へ身体を向けると、指をついて深々と土下座した。 


「皆様、お恥ずかしいところをお見せいたしまして申し訳ございません。代わりに私がお詫び申し上げます」


 気分は不祥事を起こした会社の社長の気分。これで同じことに遭遇しても安心だ。予行練習になるね。……いや、できればそんな事はしたくないけどさ!

 もうなんなの、なんで私が赤の他人の恥を謝罪しなきゃならないのって気持ちはあるけど、この場でずっと昼ドラ騒動を見せつけられるのは辛抱たまらん。

 メンドクサっ、私の周りのセレブ面倒くさい人ばっか! エリカちゃんの苦労お察しいたします!


 畳に頭を擦り付ける勢いで土下座していると、「いやぁ…まるで鈴子さんが生き返ったようだなぁ」と呟く声が聞こえた。

 私がぱっと頭を上げると、二階堂グループ関連会社取締役のおじさまがニコニコした顔でこちらを見ていた。この人は確か、お祖父さんが小さな会社を創業した頃からずっと一緒に働いてきた仲間で、会社が大きくなって分社化する際に別の会社を任された人だったな。

 そのおじさまは懐かしそうに私を見てくるが、その目は私…エリカちゃんを通して別の人物に向けている。


「確かに。案外エリカお嬢さんは鈴子さんの生まれ変わりなのかもしれないなぁ」

「今の啖呵にしても、謝罪の仕方にしても、鈴子さんそっくりだ。懐かしいなぁ。巌さんも鈴子さんには頭が上がらんでなぁ」


 故人の昔話に花を咲かせているおじさま方。多分場を和ませようとしてくれているのね。

 だけど私は和むことはなく、ただひたすら良心がチクチク痛むのみ。

 だって私元々赤の他人ですもん。エリカちゃんに憑依した一庶民(脳筋)ですもの…!


「お、ほほほ…そ、そうですか?」


 動揺を抑えようと笑って誤魔化そうとしたが、笑い方にも動揺が現れてしまう。落ち着け、余計なことを言わずにやり過ごすんだ。

 隣で静観していた(せざるを得なかった)慎悟がそっと私の背中を撫でてきた。すまん、私の動揺が伝わったのね。


「…二階堂様、発言をさせていただいてもよろしいですか?」

「あぁ、構わんよ」


 このタイミングで何故か慎悟はお祖父さんに発言の許可をとっていた。

 なんだ、私と一緒に謝罪でもしてくれるのか? 加納家の慎悟には全く関係のない托卵話だけど……私が不思議に思って隣にいる慎悟を見つめると、慎悟は私の目を見てうなずいていた。

 彼はこの大広間に集まった二階堂一族、それの縁戚、取引先の人々にざっと視線を送ると、一呼吸置いて口を開いた。


「ここへお集まりの皆様、新年あけましておめでとうございます」


 慎悟は全員に向けて改めて新年の挨拶をした。頭を下げる彼につられて頭を下げる人が数名。慎悟が発言し始めたことを不思議そうに見つめる人もいた。


「先程、こちらにいらっしゃいます二階堂様のご令孫である彼女との婚約を発表していただきました、加納慎悟と申します。改めましてよろしくお願い申し上げます」


 なるほど。ここで婚約の話に戻したのか。挨拶の仕切り直しをしてるのね。昼ドラ風味な空気を一新させるためにも、私達の婚約を内外にはっきりさせるためにも慎悟の行動は正しいな。私も慎悟に合わせてお辞儀して、居住まいを正した。

 ……慎悟は私の気持ちを気遣って、“エリカ”と呼ばないように気をつけてくれている。外で呼ばれる分は大丈夫と伝えているのに、こういうところ律儀だ。

 

「皆様の記憶にもまだ残っていらっしゃるかと思われますが、彼女は以前、不幸な事件に巻き込まれ……色々と、大変な目に遭いました。彼女と同じ学校に通う僕はただ傍観しているだけで、何もしてあげられませんでした」


 えっ?

 私は首を動かして隣にいる慎悟の顔を見たが、慎悟は正面をただ見つめていた。その目は真剣。──あの、始まりの日からのことを思い出しているようだ。

 傍観て……当時のことは別に責めてないよ? 憑依については私とエリカちゃんの問題だもの。婚約破棄の件だって慎悟は無関係だ。

 それに何もしてないだなんて、そんな事ないよ。あんたは何も事情を知らない内から私達を助けてくれていたじゃないの。なんでそんな自分を責めるような言い方をするのか。


「大変な環境の中でも彼女は強かったです。必死に生きて、残された人生を楽しもうと生きる姿が儚くも美しくて。……僕はそんな彼女が眩しく見えて、いつの間にか目が離せなくなりました」


 ──本当なら、私はここにはいない。

 いろんな偶然と、エリカちゃんの選択によって私はここに存在して、慎悟とその先の未来を共に歩こうとしている。

 思えば色んな事があった。楽しい事ばかりでなく、身が引き裂かれそうな辛いことや、悲しいことが山盛りだった。……あのまま死んで成仏したほうが心は楽だったと思ったことは何度もある。他人の体で生きられるわけがない、エリカちゃんの身体を奪ったんだ、私は幸せになってはいけないと自分に呪いをかけていたことだってある。

 

 ……今の私はちょっとずつ過去を乗り越えられている。  

 こうして前へ進みだせたのは、寄り添ってくれる相手が慎悟だからだ。彼がいなければ私はまだ自分に呪いをかけたまま、幸せから目をそらしていたはずだ。

 気持ちをまっすぐにぶつけてくれた慎悟のお陰で、私は前を見て歩けるんだ。


 彼は私に色んなものを与えてくれている。

 私が眩しいとか言うけど、私から言わせてみれば慎悟のほうがキラキラ輝いている。今だって慎悟を見ていると目が潰れそうなほど眩しくて仕方がないんだよ。


「……彼女を失いそうになった時に僕は初めて気づきました。彼女に恋をしていたと。もう二度と失いたくない……僕は彼女を手放したくありません」


 なんでこんなところで愛の告白なんてするのよ。私達のことをあまり知らない人達もいるのに……恥ずかしいでしょうが。

 目がじんわり熱くなってきて、慎悟の顔が歪んで見える。なんだか泣けてきそうで、涙が溢れそうになったけど私は堪えた。

 慎悟の真剣な告白の邪魔になってはいけないと思ったからだ。


「学生の分際で申し上げるのは生意気だと重々承知の上です。ですが僕は本気で彼女と一緒になりたいと考えております。彼女を何よりも大切にします。彼女と共に人生を歩んで行きたいと真剣に考えております。……その覚悟だけ、皆様に知っていただけたらと思います」


 恥ずかし…!

 顔だけと言わず、全身が燃えるように熱い。地獄の熱波よりも熱いかもしれないぞこれは。バクバクと跳ねる心臓が元気よく全身へ血液を送り出してくれるが、頼むから落ち着いてくれ。

 ……なんなのあんたは、なんでそんな格好いい事を正月早々皆の前で言っちゃうの。…惚れ直すに決まってるでしょうが!

 熱がこもった慎悟の瞳から目がそらせない。ここが二階堂本家でなく、周りの目がなかったら抱きついていたのに…! そんでもって慎悟が赤面する位に口説くというのに…!

 …私は自分の内なる欲望と戦っていた。このイケメン、後で覚えていろよ。

  

「いやぁこれはこれは…愛されてますなぁエリカお嬢さん! いいお相手と巡り会えて僥倖僥倖」

「うん、2人の将来が楽しみですな。よし、惚気でお腹いっぱいになったところで巌さん、そろそろ…」

  

 そう言ってお仲間さん達は風呂敷包みを持ち上げた。ここで飲み食いするために何かお土産を持ってきたらしい。おじさま達は場の空気が惚気によって暖められたと判断したのか、挨拶を終えて飲み食いしようと提案してきた。


「迷惑をかけたので、せめてものおもてなしを受けてくれ」


 さっきの騒動のことがあるのに? と思ったけど、このまま帰しても微妙だもんな。お祖父さんが隣の部屋へと来客たちを誘導していた。いつも立ち話して挨拶合戦する来客たちも空気を読んでぞろぞろと移動していく。


 大広間に残されたのは二階堂直系の姉弟とその家族、紗和さん達と例のお祖母さんだ。


「…行こうか。俺たちが残っていても何も出来ない」

「う、うん…」


 たしかにね。孫に当たるエリカちゃんにだって手に負えないよね……

 ゆっくり立ち上がった慎悟の手を借りて立ち上がると、私は大広間を出る前に紗和さんに近づいた。

 私が近づいたことに紗和さんは赤くなった目で訝しんでいたが、用があるのは彼女にではない。彼女の隣で涙目で固まっている美宇嬢に用があるのだ。


「…美宇ちゃん、あっちに行こう。大人たちだけにしてあげよう」

「……え?」


 戸惑う美宇嬢の腕を掴んで立ち上がらせると、私は手を引いて引き寄せた。


「後は大人たちでお話し合いをお願いします。話し合った結果だけ、お聞かせ願います」


 私が二階堂パパママに視線を送ると、うなずき返してくれた。多分お祖父さんがこの場に戻ってくるだろう。そこから大人たちだけで存分に話し合いをして欲しい。

 宴会の席はお仲間さんが取り仕切ってくれるであろう。ここに私達がいても何も出来ない。子どもにどぎつい話をあの場で聞かせるよりは、別室で大人しく待っていたほうが良い。


 彼らへ軽く頭を下げると、困惑した美宇嬢を連れて、私達は別室へと移動したのである。

 


 そこは、サンルームとも呼べる空間だ。小さなテーブルと、対面式のソファがあり、大きな窓の外には日本庭園がみえる。

 ソファにちょこんと座った美宇嬢はハンカチを握って、ドヨーンと沈んでいた。美宇嬢を苦手に思っている慎悟も流石に今回のことを同情しているのであろう。対面のソファに座って静かに彼女を見守っていた。


 本音を言えば二階堂本家のご馳走を楽しみにしていたが、こんな状況だ。諦めるしかない。

 二階堂本家のお手伝いさんにお願いして、子どもが好みそうな飲み物をお願いした。そうして特別に作ってもらったのはココアだ。


「熱いからフゥフゥして飲むんだよ」

「…美宇はそんな子どもじゃないわ」


 それは失礼。

 私達は特に会話することなく、ココアとお茶菓子を食べながら静かに過ごした。

 慎悟の8歳下である美宇嬢は10歳か。まだまだ子どもだけど……今日起きたことを理解しているんだろうな。母親の紗和さんも修羅場だし、父親は影が薄いし……大丈夫かな。


 彼女の隣に座った私は、その小さな頭を撫でてあげようと思ったのだけど「子ども扱いしないで!」と手を叩かれて拒否られた。

 …いつも人のことをオバサン扱いするのに勝手な小学生め。 


 美宇嬢のいつもの憎まれ口は健在かと思ったけど、その勢いはすぐに収まる。表情が曇ってしまった。

 …辛いな。托卵したとはいえ、美宇嬢にとっては血の繋がったおばあちゃんだ。自分をかわいがってくれたおばあちゃんなんだもんな。家族がばらばらになりそうで怖いのに、自分は何も出来なくて辛いよな。

 じわじわと目に涙を溜めた美宇嬢をそっと抱き寄せると彼女は少し暴れた。だけどその抵抗は弱々しくなり、最終的に彼女は泣きじゃくり始めた。そっと撫でた小さな背中は頼りない。

 私も慎悟も何も言わずに彼女が泣き止むのを静かに待った。



■□■



 たくさん泣いた美宇嬢は完全復活とは言わないが、少し元気になったようだ。

 大人たちだけで話し合いが行われたが、結局お祖母さんは自分の非を認めずじまい。産院で取り替えられたんだとか情けない言い訳を繰り返し、とうとう紗和さんも愛想尽きた様子だ。

 DNA鑑定で決着をつけて、その後どうするかをまた話し合おうということになったらしい。


 お祖父さんは優しい人だから、生活には困らないようにしてくれると思うし、お祖母さんの実子である紗和さんがなんだかんだで面倒見てくれるんじゃないかなと思ったけど……。長引きそうな気がする。早いところ認めたら良いのに往生際が悪いな。そもそも本当の父親はどこのどいつなんだ? 

 お祖父さんと紗和さんの関係はこれからどうなってしまうのかな。来年から挨拶の場にいなくなるのかな?


 

「ちょっとオバサン待ちなさいよ!」


 帰り際に、私は美宇嬢に呼び止められた。目の周りが赤く腫れてしまって、縄文土偶一歩手前だが、沈んだ顔よりも今の表情のほうが彼女らしくていいと思う。

 彼女は私を睨みつけるとビシと指差してきた。人に指差しちゃいけないよ。


「美宇はまだ認めたわけじゃないのよ! いつかあんたから慎悟お兄様を奪ってやるから!」

「その意気や良し、正々堂々と戦おう!」


 面と向かって戦うその姿勢は好きだぞ! 私も負けないよ!

 私が受けて立つ姿勢を向けると、彼女はムッとした顔で頬を膨らませていた。

 まだ小さいのに大人の都合に巻き込まれて大変だろう。でもあなたはあなたの人生を歩めばいいだけだからね。


「またね」


 美宇嬢の頭を撫でてあげると、美宇嬢はキィキィ喚いていた。「調子に乗らないで」「油断していたら後が怖いのよ!」と憎まれ口を叩いていたが、今度は私の手を叩き落とすような真似をしてこなかった。

 

   

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