発表いたします。この度私と慎悟は……えぇぇ?


「明けましておめでとうございます、お祖父様」


 新年明けての二階堂本家でのご挨拶はやっぱり緊張する。3度めになる参加だけど、今年は特別なのだ。

 私がゆっくり頭を下げると、目の前にいたお祖父さんが返事を返してくれた。


「明けましておめでとう。…今度バレーの全国大会に出場するそうだな、エリカ」

「はい。高校最後の春の高校バレー大会、悔いなく最後まで戦い抜きたいと考えております」


 お祖父さんの目は優しい。

 初めて会った時は迫力に圧倒されて、厳格な人なのかなと思っていたけど、お祖父さんは孫思いの優しいお祖父さんだった。

 先妻の鈴子お祖母さんが亡くなってから、上3人とはちょっとギクシャクしていたこともあったみたいだけど、決して険悪ではない。当時はお祖父さんも余裕がなくて悪いことが色々重なったせいなのだろうと私は考えている。

 そのお祖父さんは、孫娘の2度目の婚約に慎重だった。エリカちゃんの身に降り掛かったあれこれを心配していたのだろう。それは当然のこと。


 今日この日、お祖父さんの口から私と慎悟の婚約が発表されるのだ。親族・縁戚達の挨拶が全て終えてからの発表になるのであろうが、私は緊張していた。



 ──私には気になることがあった。

 お祖父さんの後妻であるお祖母さんはお祖父さんの隣に着くことを許されずに、末っ子である紗和さん家族の隣に座っているのだ。

 私が所定の席に戻ると、お祖母さんが忌々しそうに私を睨んできた。……多分、鈴子お祖母さんに生き写しと言われるエリカちゃんを疎んでいるのであろう。

 久々に会った伯父さんや伯母さんへ挨拶した際に「ますます母さんに似てきた」と声を掛けられたばかりである。…もしかするとそれを聞いていたのかもしれない。


 後妻であるお祖母さんは、故・鈴子お祖母さんが映る写真を燃やして処分して、お祖父さんや3姉弟の頭から彼女の記憶を消し去れたと思っていたのか。そっくりな孫娘が成長して…焦りを募らせているのであろうか……

 そんな事をしても思い出は消えない。亡くなった人は、残された人達の心の中でいつまでも生き続けるのだから。


 ……お祖母さんは、お祖父さんが好きだから、そんな事をするのだろうか? それとも、ただ居場所を奪われたくないだけ? ただの意地だろうか。

 チクチク刺さるお祖母さんの睨みに私は平然を装って気づいていないふりを続けた。ものすごく気まずいけどね。


「えっちゃん、こっちに座りなさい」

「う、うん」


 察したパパが私に席移動を命じた。

 場所を移動するとパパが壁になるように座ってくれたので、お祖母さんの視線から逃れられた。

 新年の挨拶の間ずっと、二階堂家の上3姉弟とお祖母さんの間には微妙な空気が流れており、私は居心地が悪くて身じろぎしてしまった。



 親族や縁戚一同のお祖父さんへの新年の挨拶が一通り終わると、お祖父さんが去年の反省と今年の目標を交えて皆へ挨拶を送った。

 お祖父さんはあまり饒舌なタイプではないので、要点だけをまとめて話してくれるのが有り難い。学校の校長先生とかめっちゃ話長いじゃん。私集中力ないから、短く簡潔に話をまとめてくれる人だと本当に助かる。


「それと、今日は皆に大事な発表がある。…エリカ、それに慎悟君はこちらに来なさい」


 お祖父さんの呼びかけに私はピーンっと背筋を伸ばした。

 粗相しないように腰を上げると、伯父さんと伯母さん家族の背後を回って、上座にいるお祖父さんの隣に座った。隣に座った慎悟も固く緊張している様子である。

 お祖父さんはいつも、上座の中央にひとりでデンッと鎮座して、みんなから注目されて緊張しないのであろうか。私は注目されて変な汗をかき始めたよ。


「もう既に知っている者もこの中にいるかもしれんが…次男坊・政文の娘、エリカと加納家の慎悟君の婚約を正式に認めることにした」


 お祖父さんの発表に、人々の反応は様々であった。知っていた人は反応が薄いし、初耳の人は少し驚いていたが「両家の絆がますます強固なものになりますね」といった声や、「惜しい、うちにも年頃の倅がいたのですが…」と狙っていた風な発言をする声が聞こえてきただけ。

 まぁ、お祖父さんや二階堂家一同の前で

『一度婚約破棄された傷物』

『殺人事件に巻き込まれた事故物件』

 とか言う馬鹿者は存在しないであろう……内心で思っていても、いい大人が喧嘩を売る真似なぞしないだろう。


「美宇は反対です! 慎悟お兄様は美宇の旦那様になられる方です!」


 大声で反対の意を述べたのは、慎悟に懸想している従妹の美宇嬢(10歳)である。

 彼女の反対は予想していた。だが小学生の子どもの言うことだ。大人たちは苦笑いしたり、あらあらと微笑ましそうに見るだけ。

 お祖父さんに物申すとは中々強いな美宇嬢。お祖父さんはため息をついて、「控えなさい」と彼女を注意していた。

 注意されたことにムッとした様子の美宇嬢は、隣に座っていたお祖母さんの腕を突いてなにやら助けを求めている様子である。泣きついているのかな。

 唯一、お祖母さんと血の繋がりのある孫娘・美宇嬢……いや、でもあのお祖母さんだって二階堂の一員なんだ。ここで口出すのは拙いってことわかるよね? 孫可愛さで反対するとか……


「正気ですのあなた!? その娘は婚約者に捨てられた傷物、それも忌まわしい事件に巻き込まれた難ありな娘ではありませんか! 加納家の方に失礼だとは思いませんの!?」


 言ったー!

 馬鹿者はお祖母さんだった。

 義理とはいえ、仮にも孫娘のことをよくもそんな言い方できるな! 二階堂家の事情を知らない人もたくさんいるだろうに…馬鹿なのこの人!


「加納の慎悟君が生涯の伴侶として望んでいるのはエリカだ。彼の口から懇願されて頭を下げられている。加納家の人間も承知の上で、この婚約を望んでいるんだ。何も問題はない」


 お祖母さんのヒステリックな言い分に、お祖父さんは淡々と返していた。…こころなしか……お祖父さんが怒っているように見える。私はお祖父さんの顔色を窺いながら、口を開かずに見守っていた。

 

 難ありな娘か……いやぁ、間違ってないけど、世間一般ではやっぱりそう見られてるんだな。

 でもそんな事言われても、中の人と婚約破棄は無関係だし、事件に関しては被害者だかんね。エリカちゃんも私も、何も悪いことしてないもん。

 周りの認識や反応を多少は気にする必要はあるだろうけど、目立たないように背を丸める必要はないと思うんだ。堂々としていたら良いのだ。

 私はぴしっと背筋を伸ばして、しっかり前を見た。恥じることはなにもない。


 だけどお祖母さんは納得できなかったらしい。なにが気に入らないのか、私に鋭い視線を送ると、美宇嬢の肩を抱いて必死に訴え始めたではないか。


「この美宇だって、彼に想いを寄せていますのよ? その恋心を無視して、可哀想だと思いませんの?」

「…慎悟君の気持ちは無視するのか? その方が失礼に当たる」


 情に訴える作戦に出たようだが、お祖父さんのほうが冷静だ。

 そりゃそうだ。当の本人の気持ちを無視するやり方は良くない。今の私と美宇嬢、二階堂に連なる娘であることは変わらないが、年の頃が丁度いいのは私、慎悟が望むのも私、これで決まったものなのだ。

 これでチェンジされたら、そちらのほうが加納家に失礼だ。多分婚約の話自体なくなると思う。私がここに居なかったとしても、他の家にも年の頃の丁度いいお嬢様が周りにたくさんいる。

 なにも、二階堂の娘に固執する必要はないのだ。慎悟にだって選ぶ権利がある。 


 お祖父さんの冷静な返しに、お祖母さんはカッとなった様子だ。多分、イチから丁寧に説明したところで、今のお祖母さんは反発するだけだろう。彼女は自分の感情だけでものを言っているもの。

 彼女は人目も気にせずに、「…あなたはいつもそう!」とヒステリックに叫ぶと、こう言った。


「あなたは! 血を分けた孫が可愛くありませんの!?」


 お祖母さんのその言葉に、お祖父さんの肩がピクリと揺れた。だけどそれに気づいたのは多分隣に座っていた私だけだと思う。

 あぐらをかいた膝の上に置かれていたお祖父さんの働き者の手がぐっと握られて、くっきり血管が浮き上がっていた。


 まずいぞ、お祖父さん怒っているぞ。

 孫が可愛いとか可愛くないの問題ではないと思う。お祖母さんはこうして集まっている人達の前で恥を晒していることに気づくべきだ。血の繋がっている美宇嬢が可愛いのはわかるけど、場所を考えなよ。

 来客たちが戸惑っているではないか。口も挟めずに、息を殺して状況を窺うしか出来ない彼らは困惑している。

 二階堂は決して小さな家ではない。その影響力をお祖母さんはわかっているはずだ。

 

 ここで口出しても許されそうな、二階堂直系である二階堂3姉弟たちに視線を向けた。そして私はぎょっとする。

 上座に一番近い位置に座っている、長女の伯母さんの顔が能面のようになっていたからだ。すべての感情を放棄してしまったかのようなその顔を直視してしまった私は息を呑んだ。お祖母さんを見つめるその瞳は軽蔑の色をしていた。

 ……恥を晒す継母に苛ついているだろうと勝手に想定して、その次に座る長男の伯父さん、次男のパパに助けを求めようとしたが、彼らも微妙な顔で、継母であるお祖母さんを見ている。

 なんだ? 何だその反応、どうしたんだ……。

 彼らの仲が微妙なのは知っていた。この家に訪問するたびに彼らの間には深くて埋められない溝があると気づいていた。

 ……今の3姉弟は、継母の言葉を白けたような、心底軽蔑したかのような顔で見下している風に見えたのだ。


 興奮して首まで紅潮させたお祖母さんが鼻息荒く、こちらを睨みつけている。お祖母さんに肩を抱かれた美宇嬢は顔を歪めていた。きっと強く握られた肩が痛むのであろう。

 このままこんな雰囲気で正月の集まりを解散するわけには行かないだろう。私は冷や汗をかいていた。婚約発表で美宇嬢は絶対に反対するだろうなとは想定していたが、まさかの伏兵。しかも声が大きいときた。

 どうする、どうすればいい? ていうか私になにが出来るんだ?


 私は考えた。この状況を好転させるなにかを。


 だけど、その前に隣にいたお祖父さんが大きすぎて威力抜群な爆弾を投下してしまった。


「……何を言っとる。美宇も紗和も私の血を引いていないだろう」



 ……は?


 私は口をぽかんと開けたまま、隣にいるお祖父さんを呆然と見上げた。目が点になってアホ面を晒しても今ばかりは許されるはずである。


 今、なんっつった?


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